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ただの使用人の女ですが、伯爵家次男の振りをして士官学校に入学します  作者: 睦見むに
二章

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優しい時間


「この部屋です」


 カルディアはラディンを、アストラ邸で与えられた自室に招き入れた。仮にも敵国の人間である以上、目を離すわけにもいかないが、罪人でもないのに牢に入れるのは憚られる。そこで、自室で一緒に過ごしてしまえばいいと考えたのだ。しかし、案内されたラディンはなんだか困った様子だった。


「でもここ、カルディアの部屋だろ?同室ってのは悪いよ。アタシは牢屋でも馬小屋でもいいからさ!」

「遠慮しないでください。ベッドだって大きいから、二人で使えますよ」

「そ、それは流石に……」


 良い考えだと思ったのだが、ラディンはどうも歯切れの悪い様子だ。

 

(女同士だから問題ないと思うんだけど……。もしかして、周りの人が私を男だと思ってるから、そこを気にしてるのかな?)


「すみません、気が回らなくて。屋敷の人たちは私を男だと思ってるんだから、私の部屋にラディンさんがいるとおかしな目で見られちゃうかもですよね……」

「そ、そう!それだそれ!だからアタシは牢屋で――」

「でも、ラディンさんを要塞内に迎えたのは私ですから、貴女を見ておく責任もあると思うんです。誤解がないよう、屋敷の人たちにもしっかり説明しておきますから」

「えっ」

「着替えは……私のものだと小さいですよね?頼んで用意して貰いましょう」

「う、うん……」

「私が後で持って行きますから、先に湯浴みをしてもらっても大丈夫ですよ?」

「いや!待っとく!あと着替えは、こう、全身隠れる感じので頼む!」

「全身隠れる、ですか?分かりました」


 やけに動揺しているラディンだったが、着替えの用意が出来ると早々に湯浴みに向かった。お互いに寝支度を整えたところで、次は寝床についての言い合いが始まる。


「アタシはソファで良いって!」

「でもラディンさん背が高いから、窮屈じゃないですか?こんなに広いんですから、二人で寝ても余裕ですよ

「二人では駄目だ!絶対!」

「もしかして、私と一緒は嫌でしたか……?だったら私がソファで――」

「い、嫌ってわけじゃない……!でも兎に角、これだけは譲らねえ。アタシはソファで寝るから、アンタはベッドで寝ろ!!」


 ラディンは吐き捨てるようにそう言うと、シーツに包まりながらソファに寝転んだ。明らかに小さいその寝床からは、彼女の長い足が飛び出している。カルディアは、頑なに動かないラディンを横目に、ベッドに横になった。


 

 ラディンをミラフォッサ要塞に迎え入れてから、三日が経った。未だ前線に出ているフェンリル達が戻ってくる様子はない。他にすることもないので街を歩きながら、カルディアはラディンから例の"殺してほしい女"について詳しい話を聞いていた。女の名はニコレッタ。二年前に突如としてカザールに現れた彼女は、錬金術師を名乗ったという。


「私の力で、東部の反乱を止めてご覧に入れましょう。どうか私に、五人の兵士をお与え下さい」


 ニコレッタはカザール王にそう告げると、たった五人の兵を連れて東部へと向かった。そして一週間後、見事に反乱を鎮圧し、一人で帰還したという。


「アイツは兵を魔人に変えて、死ぬまで暴れ回らせた。……反乱兵なんて、大概が農民の寄せ集めだ。当然手も足も出ず、魔人達は理性を失ったまま、反乱地帯で殺戮の限りを尽くした。女子供含めて、生き残りなんて一人も居なかったって話だ」


 ラディンは暗い顔をしてそう語った。カザール王は反乱鎮圧の功を讃え、ニコレッタに"王室錬金術師"の称号を与えた。その後の王は、まるで狂ったようにニコレッタに心酔していき、他の臣下の言葉には耳も貸さなくなっていった。彼女は今、実質的にカザールの軍事と政治を牛耳っている状態らしい。


「あの女がいる限り、カザールに未来はない。アタシ一人で、カザール軍に守られるニコレッタをどうこうするのは不可能だ。だが、大陸最強と名高いフェンリル・アストラならって思ったんだよ。敵国の将に頼るなんて、正直悔しいけどな」


 ラディンは高く聳え立つ要塞の壁、その先にあるカザールの方角をじっと見つめている。


「なーんて、しみったれた話しちまったな。アタシ的には、ニコレッタさえどうにか出来るならそれで良いんだ」

「……フェンリルさんが頷いてくれると良いですね」

「あぁ、そうだな」


 そこで一旦会話が途切れ、なんとなく辺りを見回しながら歩く。すると露店を営む女性と目が合い、嬉しそうに手を振ってくれた。カルディアは照れ臭くなりながらも、小さく会釈を返す。その様子を見ていたラディンが、不思議そうに尋ねてきた。


「ウェリスタスじゃ、カルディアの容姿は嫌われてるんだよな。それにしてはここの奴ら、随分友好的じゃないか?」

「私も最初は驚いたんです。ミラフォッサ要塞の人たちは、黒髪金眼に悪印象がないみたいで……。あんまり居心地が良くて、ずっとここに居たくなっちゃうくらいですよ」


 冗談めかして笑うカルディアの顔を、ラディンは黙って見つめている。それから、何か良いことを思いついたかのような表情でカルディアの手を取ると、弾んだ声で言った。


「なあカルディア。全部落ち着いたら、アンタもカザールに来いよ」

「えっ?」

「確かにミラフォッサ要塞は、アンタにとっちゃ良いとこかもしれないけどさ。ずっとこの壁の中なんて息が詰まってしょうがないだろ?カザールだったら、国中どこに行こうと、アンタの容姿を悪く言う奴はいないぜ」

「ふふ、そう聞くと素敵ですね。でも流石に、一人異国の地ではやっていけないかも」

「安心しろって。アンタみたいなちまっこい女一人くらい、アタシが一生面倒見てやるよ」


 自信たっぷりにそう言うラディンに、カルディアもつい笑みが溢れる。カルディアを励ますための冗談めいた発言だろうとは思いつつ、その気持ちが嬉しかった。


「そこまで言ってくれるなら、いざとなったらお願いしようかな」

「あぁ、任せな。アンタに不自由はさせないからさ」


 ラディンは紫色の瞳でカルディアを見つめると、ニッと口角をあげて笑う。彼女のプラチナブロンドの髪が風に吹かれてなびく。その光景が、カルディアの目にはやけに美しく映っていた。



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