目的地まで
改めて入った酒場、テーブル席には山盛りの料理が置かれている。ラディンと名乗った目の前の女性は、豪快に酒を仰いだ。
「ぷはーっ!やっぱ酒は美味いな、アンタも飲めば良いのに」
「明日も早いので、控えておきます」
美味しい酒場料理に舌鼓を打ちながら、カルディアは答える。ラディンはなかなかの大食らいなようで、酒と一緒に料理もみるみるうちに減っていった。
「アンタはこの街の人じゃないだろ?旅でもしてるの?」
「えぇ、王都からアストラ領に向かう途中なんです」
話の流れで出た話題に答えれば、先ほどまで明るかったラディンの表情が少し曇った気がした。一体どうしたのだろうと様子を伺う。
「アストラ領か……。何だってあんなところに?カザールとの戦線地帯だろ」
「それはまあ、そうなんですが。色々と事情があって」
「事情、ね……」
何だか妙な雰囲気になってしまって、テーブルがしんと静まり返った。居た堪れなくなりながら水を口に運べば、隣のテーブルからの話し声が耳に届いてくる。
「じゃあ、カザール軍を押し戻したのか!」
「あぁ、戻ってすぐにな。流石は北の赤い狼だよ」
「国境が破られちゃ、キュレニアも危ないからな。我らアストラ領には優秀な領主殿が居てくださって、有難いってもんだ」
どうも彼らは、国境で繰り広げられるカザールとの戦いについて話しているようだ。聞く限り戦況は悪くないようでそのことに安堵しつつ、聞き慣れない言葉に首を傾げた。
「北の赤い狼?」
「……なんだアンタ、知らないのか?」
つい口に出た言葉に反応したのはラディンだ。彼女は手にしていたグラスを置くと、落ち着いた口調で話し出した。
「北の赤い狼、アストラ領領主フェンリル・アストラ辺境伯の異名だよ」
フェンリルにそんな異名があったとは。しかしどうしてそんな異名がついたのだろう。北と狼はまだしも彼に赤要素は見受けられない。そんなカルディアの疑問に答えるように、ラディンは言葉を続けた。
「戦線に出たら単騎で敵軍を壊滅に追い込み、美しい銀髪を返り血まみれにして戻ってくる。アストラ領に生息する銀毛の狼になぞらえて、北の赤い狼」
「か、返り血まみれに……」
フォルトゥナ神殿で一度会ったフェンリルは、静謐で寡黙な人という印象を受けた。まさかそんな恐ろしいエピソードがあるとはと面食らう。
「たく、忌々しい野郎だよ。そんな男に頼らなきゃならないってのも……」
「ラディンさん?」
「あぁ、いや、何でもない!変な空気にして悪かったな、ほらアンタも食え!」
先ほどまでの空気を振り払うように、ラディンは笑いながら料理の皿をカルディアへと寄せる。明るい雰囲気が戻り、世間話をしながら料理を食べ進めた。
「いやぁ、美味かったな!」
「お代本当に良かったんですか?私がお礼しなくちゃいけなかったのに」
「良いんだって!アンタに付き合って貰えて楽しかったしさ」
「それなら、せめて自分の分くらい払います」
「うーん……じゃあまた会うことがあったらさ、その時礼してくれよ。それでチャラってことでさ」
明朝にはキュレニアを立つ予定だから、きっとこれから先会うことなんてないだろう。ラディンもそれを分かってこう言っているのだ。ならば彼女の厚意を素直に受け取ろうと頷いた。宿まで送ってくれたラディンに頭を下げれば、彼女は大きな手でカルディアの頭を撫でた。
「またな、……って、アンタの名前聞いてなかったな」
「あ、そういえば」
今更ながら名乗ろうと口を開きかけて、ラディンに止められる。
「それも次会う時の楽しみってことにしとくよ。じゃ、今度こそまたな」
ラディンはそう言って背中を向けると、ひらひらと手を振りながら離れて行った。
*
キュレニアを出て一週間後、目的地まで目と鼻の先の所まで来ていた。北に近づくにつれ気温は低くなり、馬車の中でも震えるほど寒い。カルディアは体を腕で抱き込み摩りながら、隣に座るレオに声をかけた。
「で、殿下は、寒くないんですか……」
ガタガタと震えながら言うカルディアに、レオは意地の悪い笑みを見せる。カルディアと違い、寒さなど微塵も感じていない様子だ。
「寒さなんて魔法でどうとでもなる」
「私にもかけてください……」
「はっ、ヤダね。お前はせいぜい着込んで、丸っこくなってろよ」
レオが素直に頷かないのなんて最初から分かりきっていたことだ。もう二、三回頼めば行けると踏んで口を開こうとすると、向かいに座っていたヴィンセントに声をかけられた。
「俺の上着を貸そうか?」
「いえ!それじゃあヴィンセントさんが寒くなっちゃいますし」
「俺は北の出身だから、寒さには慣れてるんだ。ほら、おいで」
ヴィンセントはそう言って、隣の座面を叩いてみせる。カルディアが立ち上がり隣へ座れば、そっと上衣を肩にかけてくれた。重たい上着は少し体温が残っており、寒さを和らげてくれる。
「俺、体温が高いから。隣にいるだけでも少し良いと思うよ」
そう言って差し出された手を握ってみれば、手袋越しでも確かに温かい。ヴィンセントはすぐに手を離してしまったが、できるならずっと握っていたかったくらいだ。
(上着を借りてマシになったけど、やっぱり寒い……もう少し近づいてもいいかな?)
怒られはしないだろうと少し身を寄せる。触れ合う左側が温かい。うん……温まってきた、心なしか暑いくらいだ。本当に、暑いくらいで……。
(なんか、すごく暑い!)
じわじわと温まってきたと思ったら、少し汗ばむくらいになっている。思わず上着を脱いでしまう。一体何事だろうかと見回せば、不機嫌そうなレオと、おかしそうに笑うヴィンセントが目に入った。
「殿下、ご厚意はありがたいのですが、暑さに弱い私には少々きつい温度ですね」
「やっぱり暑いですよね?殿下の仕業だったんですか」
「仕業とは何だ。やさしい俺様がお前の要望に応えてやったんだろうが」
「流石にこれは暑すぎます」
「そいつから離れたら、ちょっとはマシになるんじゃねぇか」
レオはヴィンセントを見ると、意地悪く笑いながら言った。言われなくてももう離れている。
「私に嫉妬とは、殿下も年相応なところがおありだ」
「あ?何ふざけたこと抜かしてやがる」
「自覚がおありでないようですね。それは少々たちが悪い」
何だか、二人の間にバチバチと火花が散っているように感じる。カルディアは何とかレオを宥めすかすと、馬車の温度を適温にしてもらい、ヴィンセントに上着を返した。
(この二人、相性悪いのかな?)
今日までの旅路で、何度かこう言う場面に遭遇したことを思い出す。間に挟まれるこちらとしては、それなりの心労なので程々にして欲しいものだ。そんなやり取りをしているうちにも馬車は進み、昼過ぎにはフェンリル・アストラ辺境伯の邸宅に到着した。




