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ただの使用人の女ですが、伯爵家次男の振りをして士官学校に入学します  作者: 睦見むに
二章

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22/38

目的地まで


 改めて入った酒場、テーブル席には山盛りの料理が置かれている。ラディンと名乗った目の前の女性は、豪快に酒を仰いだ。


「ぷはーっ!やっぱ酒は美味いな、アンタも飲めば良いのに」

「明日も早いので、控えておきます」


 美味しい酒場料理に舌鼓を打ちながら、カルディアは答える。ラディンはなかなかの大食らいなようで、酒と一緒に料理もみるみるうちに減っていった。


「アンタはこの街の人じゃないだろ?旅でもしてるの?」

「えぇ、王都からアストラ領に向かう途中なんです」


 話の流れで出た話題に答えれば、先ほどまで明るかったラディンの表情が少し曇った気がした。一体どうしたのだろうと様子を伺う。


「アストラ領か……。何だってあんなところに?カザールとの戦線地帯だろ」

「それはまあ、そうなんですが。色々と事情があって」

「事情、ね……」


 何だか妙な雰囲気になってしまって、テーブルがしんと静まり返った。居た堪れなくなりながら水を口に運べば、隣のテーブルからの話し声が耳に届いてくる。


「じゃあ、カザール軍を押し戻したのか!」

「あぁ、戻ってすぐにな。流石は北の赤い狼だよ」

「国境が破られちゃ、キュレニアも危ないからな。我らアストラ領には優秀な領主殿が居てくださって、有難いってもんだ」


 どうも彼らは、国境で繰り広げられるカザールとの戦いについて話しているようだ。聞く限り戦況は悪くないようでそのことに安堵しつつ、聞き慣れない言葉に首を傾げた。


「北の赤い狼?」

「……なんだアンタ、知らないのか?」

 

 つい口に出た言葉に反応したのはラディンだ。彼女は手にしていたグラスを置くと、落ち着いた口調で話し出した。


「北の赤い狼、アストラ領領主フェンリル・アストラ辺境伯の異名だよ」


 フェンリルにそんな異名があったとは。しかしどうしてそんな異名がついたのだろう。北と狼はまだしも彼に赤要素は見受けられない。そんなカルディアの疑問に答えるように、ラディンは言葉を続けた。

 

「戦線に出たら単騎で敵軍を壊滅に追い込み、美しい銀髪を返り血まみれにして戻ってくる。アストラ領に生息する銀毛の狼になぞらえて、北の赤い狼」

「か、返り血まみれに……」


 フォルトゥナ神殿で一度会ったフェンリルは、静謐で寡黙な人という印象を受けた。まさかそんな恐ろしいエピソードがあるとはと面食らう。


「たく、忌々しい野郎だよ。そんな男に頼らなきゃならないってのも……」

「ラディンさん?」

「あぁ、いや、何でもない!変な空気にして悪かったな、ほらアンタも食え!」


 先ほどまでの空気を振り払うように、ラディンは笑いながら料理の皿をカルディアへと寄せる。明るい雰囲気が戻り、世間話をしながら料理を食べ進めた。


「いやぁ、美味かったな!」

「お代本当に良かったんですか?私がお礼しなくちゃいけなかったのに」

「良いんだって!アンタに付き合って貰えて楽しかったしさ」

「それなら、せめて自分の分くらい払います」

「うーん……じゃあまた会うことがあったらさ、その時礼してくれよ。それでチャラってことでさ」


 明朝にはキュレニアを立つ予定だから、きっとこれから先会うことなんてないだろう。ラディンもそれを分かってこう言っているのだ。ならば彼女の厚意を素直に受け取ろうと頷いた。宿まで送ってくれたラディンに頭を下げれば、彼女は大きな手でカルディアの頭を撫でた。


「またな、……って、アンタの名前聞いてなかったな」

「あ、そういえば」


 今更ながら名乗ろうと口を開きかけて、ラディンに止められる。


「それも次会う時の楽しみってことにしとくよ。じゃ、今度こそまたな」


 ラディンはそう言って背中を向けると、ひらひらと手を振りながら離れて行った。



 キュレニアを出て一週間後、目的地まで目と鼻の先の所まで来ていた。北に近づくにつれ気温は低くなり、馬車の中でも震えるほど寒い。カルディアは体を腕で抱き込み摩りながら、隣に座るレオに声をかけた。


「で、殿下は、寒くないんですか……」


 ガタガタと震えながら言うカルディアに、レオは意地の悪い笑みを見せる。カルディアと違い、寒さなど微塵も感じていない様子だ。


「寒さなんて魔法でどうとでもなる」

「私にもかけてください……」

「はっ、ヤダね。お前はせいぜい着込んで、丸っこくなってろよ」


 レオが素直に頷かないのなんて最初から分かりきっていたことだ。もう二、三回頼めば行けると踏んで口を開こうとすると、向かいに座っていたヴィンセントに声をかけられた。


「俺の上着を貸そうか?」

「いえ!それじゃあヴィンセントさんが寒くなっちゃいますし」

「俺は北の出身だから、寒さには慣れてるんだ。ほら、おいで」


 ヴィンセントはそう言って、隣の座面を叩いてみせる。カルディアが立ち上がり隣へ座れば、そっと上衣を肩にかけてくれた。重たい上着は少し体温が残っており、寒さを和らげてくれる。


「俺、体温が高いから。隣にいるだけでも少し良いと思うよ」


 そう言って差し出された手を握ってみれば、手袋越しでも確かに温かい。ヴィンセントはすぐに手を離してしまったが、できるならずっと握っていたかったくらいだ。


(上着を借りてマシになったけど、やっぱり寒い……もう少し近づいてもいいかな?)


 怒られはしないだろうと少し身を寄せる。触れ合う左側が温かい。うん……温まってきた、心なしか暑いくらいだ。本当に、暑いくらいで……。


(なんか、すごく暑い!)


 じわじわと温まってきたと思ったら、少し汗ばむくらいになっている。思わず上着を脱いでしまう。一体何事だろうかと見回せば、不機嫌そうなレオと、おかしそうに笑うヴィンセントが目に入った。


「殿下、ご厚意はありがたいのですが、暑さに弱い私には少々きつい温度ですね」

「やっぱり暑いですよね?殿下の仕業だったんですか」

「仕業とは何だ。やさしい俺様がお前の要望に応えてやったんだろうが」

「流石にこれは暑すぎます」

「そいつから離れたら、ちょっとはマシになるんじゃねぇか」


 レオはヴィンセントを見ると、意地悪く笑いながら言った。言われなくてももう離れている。

 

「私に嫉妬とは、殿下も年相応なところがおありだ」

「あ?何ふざけたこと抜かしてやがる」

「自覚がおありでないようですね。それは少々たちが悪い」


 何だか、二人の間にバチバチと火花が散っているように感じる。カルディアは何とかレオを宥めすかすと、馬車の温度を適温にしてもらい、ヴィンセントに上着を返した。


(この二人、相性悪いのかな?)


 今日までの旅路で、何度かこう言う場面に遭遇したことを思い出す。間に挟まれるこちらとしては、それなりの心労なので程々にして欲しいものだ。そんなやり取りをしているうちにも馬車は進み、昼過ぎにはフェンリル・アストラ辺境伯の邸宅に到着した。



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