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ただの使用人の女ですが、伯爵家次男の振りをして士官学校に入学します  作者: 睦見むに
二章

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褐色の美女


 山道を揺れる馬車の中。座っているのはカルディアとヴィンセント、それからレオだ。馬車は騎士達に護衛され、アストラ領までの道程を二週間がかりで進んでいる。


「約一週間後には、アストラ辺境伯の邸宅に着く予定です」

「そうか」


 レオはヴィンセントに短く返事をすると、窓枠に肘をついて眠たそうに外を眺めている。どうしてアストラ領に向かう一行の中にレオがいるのか。理由は簡単、これがヴィンセントの"頼み"だったからだ。

 アストラ領にも敵国カザールにも、魔法士はほとんど存在しないらしい。当然戦いにも魔法が用いられることはない。魔法戦に慣れていないカザールにとって、元来強力な魔法士であるレオは、天敵になり得るとヴィンセントは言った。「カルディアちゃんが言ったほうが、殿下も聞いてくれると思うんだよね」とヴィンセントに言われるまま、レオにアストラ領への同行を頼んだところ、案外あっさりと頷いてくれたのだ。


「本当に来てくれるとは思いませんでした。面倒だからって断られるかと」


 隣に座るレオについ本心を漏らせば、彼は不満そうにカルディアへと顔を向ける。


「あぁ、面倒くせぇことこの上ねえな。放っといたら戦場で死ぬだろう貧弱な奴の頼みじゃなけりゃ、間違いなく断ってた」

「それ、私のことですよね……」


 不服そうなカルディアを、レオは小馬鹿にするように笑った。彼の同行についてカルディアは、王族を戦線地帯に放りこんで良いのかと疑問に思ったものだが、そこは問題ないらしい。ウェリスタスでは、重要視されるのはあくまで国王個人であり、王家の一員というだけでは、高位の貴族と大して変わらない扱いとのことだった。


「この俺様を引っ張り出したんだ。お前も雑用なりなんなりして、馬車馬のように働け」

「殿下に言われなくても、雑用くらいはするつもりですけど……!」


 そんなくだらない言い合いをしばらく続け、すっかりレオに言い負かされたカルディア。そんな彼女を見て苦笑しながら、ヴィンセントが声をかけてくる。

 

「窓の外を見てごらん、向こうに見えるのがキュレニア。今日の滞在地だよ」


 ここまでの道中、途中の村や街で宿を取って休める時もあれば、野営を張って夜を明かすこともあった。だが窓の向こうに見えるキュレニアは、今までとは比にならないほどの大きな街だ。


「大きな街ですね……!」

「キュレニアは大規模な商業都市だからね。アストラ領に武器を送るための中継地点として栄えたんだ。今回の旅程では一番栄えている街だよ」

「やっとマトモな寝床にありつけるってことだ」


 そんな会話をしながらしばらく馬車に揺られると、半刻もしないうちにキュレニアに到着した。門を通り、馬車を預けてから宿に向かう。露店が立ち並ぶ街並みはどこもかしこも賑わっている。


「こちらが本日の宿です。明朝には出立しますが、それまでは自由にお過ごしください」

「俺は休む」


 ヴィンセントの話を受け、レオは早々に部屋へすっこむ。ヴィンセントはそんなレオを見送ると、カルディアに向かって笑いかけた。


「君はどうする?行きたいところがあるなら付き合うよ」


 確かに初めて訪れる華やかな街並みに浮き足立っていたし、この機に見て回りたいとも感じていた。しかし、これだけ人が多いと尻込みしてしまうのも事実。下手に騒ぎにするより、部屋で大人しくしていようと決めて首を振る。


「いえ、大丈夫です。私も部屋で休みますね」


 ヴィンセントに頭を下げ、荷物片手に部屋へと入る。こじんまりとした部屋だったが、掃除も行き届いているし、ベッドはふかふかで気持ちが良さそうだ。

 

(特にすることもないし、ちょっと横になろうかな)


 アストラ領までは後一週間はかかる予定だ。次いつベッドで眠れるかも分からないし、今のうちに身体を休めておくべきだろう。上着と靴を脱いで横たわれば、すんなりと眠りに落ちていった。


「ふぁ……」


 どれくらい眠ったのか。目を覚ませば、部屋は真っ暗になっていた。窓の外を見れば、酒場の灯りや街灯がぽつぽつと辺りを照らしている。人通りもずいぶん少なくなっているようだった。


(……今なら、少しくらい街を歩いてみても良いかも)


 目覚めたばかりでどうせしばらくは眠ることもできないだろうし、散歩がてら行ってみようと部屋を出る。夜風に当たりながら歩いていると、酒場から良い香りが漂ってきた。そういえば、ここへ来てから何も食べていなかったと思い出す。


(何か持ち帰れるものを買っていこうかな)


 酒場に入り、カウンターに向かおうとしたその時、背後からどしっと何かがのしかかってきた。慌てて振り返れば、酔っ払った男が大口を開けて笑いながらカルディアの肩に腕を置いている。抜け出そうとするが、肩を組む力は強くなかなか動けない。


「お前さん見ねえ顔だなぁ!観光かい?」

「え、えぇ、まあ」


 カルディアは瞳を見られないように俯きがちで答える。男が酒臭い顔を頭に擦り付けてくるのを感じながら、どうこの場を切り抜けようかと思考を巡らせていた。


「俺らと飲んでけよ!カミさんと喧嘩してさぁ、パーっと飲みたい気分なんだ!!俺が奢るからさ」

「お酒はちょっと……。そろそろ失礼します」


 今度こそ抜け出そうと男の腕を掴むが、腕の拘束は先ほどよりも強くなったようだった。それどころか、断られたことに気を悪くした男が、大声で怒号を浴びせてくる。


「なんだ、お前?その迷惑そうな顔はよぉ!」

「なっ、離してください!」


 実際迷惑なのだが、そう言葉にするわけにもいかない。ギリギリと締めつけてくる腕に苦言を呈すが、男の気はおさまらないようだった。騒ぎに気づいたのか、店員やカウンターに座っていた女性もこちらに目を向けている。


「おいクソガキ、あんま人を怒らせると――」


 男は空いていた手でカルディアの頬をガッと掴むと、無理やり顔を上向かせた。前髪がはらりと落ち、男と目が合う。先ほどまで怒りに染まっていた男の目が、怯えの色を宿して震えた。これは面倒なことになるぞ、とカルディアは心の中でため息をつく。


「ひいっ!!ばけ、化け物め!」


 カルディアの金眼を見た男は、ドタドタとテーブルに向けて後ずさった。これはもう、さっさと店を出たほうが良いかもしれない。そう考え踵を返そうとしたカルディアの目に映り込んだのは、衝撃的な光景だった。


「く、黒髪金眼の、化け物が!しね、死ねぇぇ!!」


 錯乱したであろう男が、カルディア目がけて酒瓶を振り上げていたのだ。あまりに唐突なことに、目を見開き立ち尽くすことしかできなかった。当たる、そう思った瞬間。背後から飛んできたべつの酒瓶が、男の頭に綺麗に直撃した。ゴン!と鈍い音がしたと同時に、男の体がゆらりと傾く。男はそのまま床に倒れ込んでいく。頭を打って意識を無くしているようで、起き上がる気配はなかった。


「えっ?」


 何が起きたか理解できず、酒瓶が飛んできたであろう背後を振り返った。騒然とする店内でただ一人だけ、こちらへ歩み寄ってくる者がある。先ほどまでカウンターに座っていた女性だ。


「なあアンタ、大丈夫?」


 女性は目の前に来ると、カルディアの顔を覗き込んでそう言った。カルディアより頭一つ分ほど背の高い彼女は、褐色の肌に紫の目を持つ、エキゾチックな美女だった。


「えっ、あ……はい!ありがとうございます」


 慌てて頭を下げるカルディアの頭をわしわしと撫で、女性は笑った。


「そっか、なら良かった!それにしても災難だったな、変なのに絡まれて。アイツ、頭どうかしてたんじゃないの」


 女性は倒れ伏す男を横目にそう言う。同意したい気持ち半分、カルディアの容姿が原因のため安易に頷けない気持ち半分で、曖昧に微笑む。


「まっ、ヤな事は忘れてさ。アンタも美味いもんでも食っていきなよ」

「えっ、でも……」


 女性はカルディアの手を引き、店の奥に入ろうとする。そんな彼女を、店員がおずおずと引き止めた。


「な、なぁお客さん。ソイツを店に入れられちゃ困るんだが……」

「はあ?何言ってるんだよオッサン。困りモンなのはあの酔っ払いだろ」

「いやいや、黒髪金眼なんかが居たんじゃ、商売にならないんだよ。坊主も分かったら出てってくれ」

「は、はい」

「なっ、待てよアンタ!」


 小走りで店を離れるカルディアを、女性は慌てて追いかけてくる。酒場から離れて少ししたところで、カルディアは改めて礼を言おうと立ち止まった。


「さっきは本当にありがとうございました」

「いや……それはいいんだけど。なんなんだ?アンタもあの店の奴らも。意味分かんないんだけど」


(あの男が黒髪金眼と叫んでいたのは、彼女も聞いていたはず。この容姿からして、もしかして……)


「もしかして、ウェリスタスの方じゃないんですか?」


 カルディアが尋ねれば、女性は驚いたように短く声を上げた。それからこくりと頷く。


「そうだけど、何でそんなこと聞くんだ?」

「ご存知ないかもしれませんが、ウェリスタスで黒髪金眼は不吉の証とされているんです。だから、あの人たちの反応も普通というか……」


 カルディアの言葉に、女性はあからさまに顔を顰めた。くだらないとでも言いたげな表情だ。


「不吉な容姿ってだけで、大の男がこんなちまっこい女を酒瓶で殴るのか?とんでもない国だな」

「流石に酒瓶で殴られるなんてことはそうそう――」


「ないですよ」と言いかけて、女性の発言に目を見開く。カルディアは勢いよく顔を上げると、女性の顔を凝視した。


「おん、女!?今、女って……」

「え、なに?どうしたの」

「な、何で私が女だって分かったんですか!?」


 勢いこむカルディアに、女性は困惑した様子で答える。


「なんでって……どう見ても女だろ?」

「どう見ても、女……?」

「色気は微塵もないけどな!あはは!」

「あ、あはは……」

 

(服だって男物だし、さっきの店員さんだって坊主って呼んできたのに……。本当に、どうして分かったんだろう。ヴィンセントさんにも最初からバレていたし、分かる人には分かるってこと?)


 もしかしたら、彼女が異国の人だからかもしれないと予想してみる。ウェリスタス神国の国民は、黒髪金眼の女は咎の娘としてすぐ殺されるのだから、こうして元気に生きているはずがないと思うのだろう。男の服装さえしていれば、黒髪金眼のカルディアが女のはずがないと無意識に考えるのかもしれない。


「その、私が女だということ秘密にしてもらえますか?」

「べつに良いけど、なんで?」


 事情を説明すれば、女性は「アンタも大変だな」と言って頷いてくれた。そんな風に言われるのは初めてで、なんだか新鮮な気持ちだ。


「良かったら何かお礼をさせてください」


 彼女には助けてもらったし、このまま別れるのもどうかと思って提案すれば、女性は嬉しそうに頷いた。


「おう!もちろん!だったらさ、別のとこで飲み直そう。アンタもそのつもりで店に来たんだろ?」

「私は何か食べ物を買おうと思って」

「そうなの?じゃ、飲むのはオ……アタシだけだな。アンタはたらふく食べなよ!」


 そう言ってにかっと笑う女性に手を引かれ、夜のキュレニアを歩き出すのだった。



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