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ただの使用人の女ですが、伯爵家次男の振りをして士官学校に入学します  作者: 睦見むに
二章

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騎士団長の誘い


「無事で良かった、本当に良かったわ!」


 ジュリアは涙と鼻水で顔を濡らしながら、カルディアを出迎えてくれた。


「ジュリア、先に手当をした方がいい」

「えぇ、そうね。サイラス様、これお返しするわ」


 カルディアはジュリアから手渡された指輪を首にかけ直した。ジュリアを手当てし終えた後、少し待って到着した馬車に三人で乗り込む。ジュリアを家へと送ってから、神殿まで戻る馬車の中は、セシルとカルディアの二人きりだった。神殿までもうしばらくの地点、ジュリアが降りてから続いていた沈黙を破ったのはセシルだ。


「……礼を言う」

「え?」

「ジュリアを守ってくれたことだ。彼女が無事でいるのは、お前のおかげだ」

「い、いえ。そんな……」

「これまでのお前に対する無礼も、詫びさせてくれ」


 セシルはカルディアに対して、真摯に頭を下げた。まさか彼がそんなことをすると思わなかったカルディアは、呆然としてしまう。そして、一つの疑問が湧き上がった。


「……ジュリア様は、貴方を優しい人だと言っていました。黒髪金眼だからというだけで、弟を嫌うような人ではないとも」

「…………」

「正直、彼女の言葉を信じることはできなかった。……でも、今のセシル様を見ていると」


 セシルはただ静かに、目を逸らさずカルディアの言葉を待っていた。カルディアも、ゆっくりと言葉を選んで続ける。


「ジュリア様を助けた私に、そんなふうに言葉をかけることが出来るのに……。彼女のことを、そうまで愛することが出来るのに……。どうして、実の弟を、同じように愛することが出来なかったんですか?」


 今となっては、黒髪金眼は理由にならない。サイラスはただの黒髪金眼だが、カルディアは咎の娘なのだ。そんな彼女にこうして真摯に接することが出来る彼が、唯一の兄弟にあそこまで冷たくする理由が分からなかった。


「サイラス様は、お優しい方でした。私にも、分け隔てなく接して下さった。セシル様のことも、『いつか兄上と仲良くなりたい』と、幼いながらに仰っていました。なのに……貴方はどうして」

「……あいつが生まれたときは、嬉しかった」

「えっ」


 セシルは窓の外を眺めながら、ぽつぽつと語り始めた。


「父上は、黒髪金眼の子を疎んでいたが、俺は兄弟が出来たことが嬉しくてしかたなかった。……母上も、あいつを愛おしそうに見ていらしたな」


 母上。レーラント夫人は、カルディアが屋敷に来る前に亡くなっており、肖像画でしか姿を見たことがない。彼女の話を聞くのも初めてだった。


「しかし、母上に対する周囲の風当たりは厳しかった。呪いの子を産んだ、レーラントに災いをもたらす毒婦だと。母を罵る声はどんどん大きくなり、もともと体の弱かった母上はみるみるうちに衰弱していった。父上も、見舞いにはこなかったな」

「……」

「俺はそんな母上をどうにか元気づけようと、庭の花を摘んで会いに行った。だがあの日、弟の泣き声だけが響く部屋で、母上は亡くなっていた。俺を抱きしめてくれた腕は、骨のように細くなっていて……。八つ当たりだと、自分でも分かっているんだがな。サイラスが生まれてこなければ母上は元気でいらしたのだと、あいつが俺から母上を奪ったのだと。幼心に芽生えた憎しみが、今になっても消えないんだ」

「セシル、様」

「お前に冷たく当たっていたのも、同じだ。行き場のない怒りを、そうして発散させていた。こうやって口に出すと、本当に……愚かなことだな」

「……申し訳ありませんでした、事情も知らず無神経な物言いを」

「よせ、お前が謝ることじゃない」


 とても長く感じられた帰路の終わり、馬車はいつもよりゆっくりと止まった。馬車から降り、礼をして立ち去ろうとするカルディアを、セシルが呼びとめる。


「士官学校が休校になると聞いた。……だがお前は、レーラント領には戻るな」

「えっと、何かすべきことがあるんでしょうか」

「いや、違う。父上はおそらく、お前を呼び戻すだろう。だが戻るな。もう二度と」

「それはどういう……」

「本来、サイラスが士官学校に入学すると同時に、お前を異端審問会に引き渡す予定だった」

「えっ」

「サイラスが失踪したことで、一度は流れたが……。あいつに代わり士官学校に通うという役目を失えば、最早お前を屋敷に置いておく意味はない。父上はすぐにでも異端審問会に連絡を取るだろう」


 咎の娘を告発した者は、国防に多大な寄与をしたとして、山のような金銀財宝を与えられるらしい。レーラント伯爵がカルディアを見逃すはずがないと、セシルはキッパリと言い切った。


「これは餞別だ」


 セシルは懐から貨幣袋を取り出すと、カルディアに投げ渡した。ずっしりと重たいそれには、金貨が数枚とたくさんの銀貨が入っている。


「えっ、こんな……いただけません」

「だったら今日までの給金と思え。十数年分となると、随分安く使われたことになるがな」


 貨幣袋を手にあたふたとするカルディアに、セシルはこう言い募る。


「サイラス・レーラントの名は、捨てるも使うも好きにしろ。……せいぜい上手く逃げ回れ」


 カルディアの返事を待たず扉を閉めると、セシルを乗せた馬車は止まることなくその姿を消していった。



 一週間後。ほとんどの生徒が帰途につき、閑散としてきた神殿を歩く。そうしてカルディアが訪れた場所は、騎士団本部だ。


「へえ、セシルの奴がそんなことを」

「このまま神殿に留まるわけにもいかないので、どこか行き先を決めなくちゃと思うんですが……」


 ここを出ることの報告と、あわよくば良い逃避先を教えてくれないかという欲もこめて。唯一事情を知るヴィンセントに会いに来たのだ。


「俺個人としては、この状況で君を一人にするべきではないと考えている。外套の男についても、まだ何も掴めてないしね」

「でも私、王都は早く離れたくて」


 なんといっても王都は、異端審問会の本拠地だ。神殿内に引き篭もれるうちは良かったが、普通に街中を歩くとなると問題がある。そこら中に異端審問官がいる王都に留まりたくはない。


「それはそうだよね。そこで提案なんだけど、俺と一緒に北に行かない?」

「北、ですか」

「そう。俺とっていうか、正しくは騎士団とかな。どうも北部の戦況が芳しくないみたいでね。明後日には増援のため騎士団の一部を率いて、北の要地アストラ領に向けて出立する」


 アストラ領といえば、フェンリル・アストラ辺境伯の治める大領地だ。長きに渡って隣国カザールとの戦線を担っている。


「でも、【戴冠せし者(レガリア)】の選出はどうするんですか?候補者はフォルトゥナ神殿に滞在する決まりじゃ」

「国内各地で魔物や瘴気が頻発している今、【戴冠せし者(レガリア)】候補たちを神殿に留めおくわけにはいかないと王からのお達しだよ。選出の見通しも立っていないし……。実際、フェンリルはひと足先に領地へ戻ってる」

「でも、騎士団の方々は王都を守らなきゃいけないんじゃ……?」

「王立騎士団は本拠を王都に置いているだけで、王都を守るための組織じゃないからね。そこは王国軍と近衛兵に任せるよ。……本題に戻るけど、カルディアちゃんの答えを聞きたいな。一緒にアストラ領に行ってくれる?」

 

 カルディアは答えに窮して押し黙った。ヴィンセントの提案を受けるべきか否か。しかし、あの脅迫めいた手紙のこともある。咎の娘として異端審問会に告発されない為にも、ヴィンセントから離れない方が良いかもしれない。


「俺たちに同行すれば旅費もかからないし、現地ではフェンリルの屋敷に滞在すればいい」

「そこまで言ってくださるなら、同行したいです。……戦いではお役に立てず申し訳ないんですが」

「あー、そのことなんだけど。……お役に立って貰わなきゃいけないかも」

「えっ」


 剣も魔法も使えないカルディアに、一体何を求めているのだろう。どういうことかと尋ねれば、ヴィンセントは真剣な顔つきで言った。


「まだ確かなことは言えないんだけど、君の目を使わせてもらう可能性がある。……とはいえ、君を危ない目に遭わせる気はないから安心してほしい」


(私の目を……?魔物や瘴気が絡んでくるってことかな)


「まあこれについては、今は深く考えなくていいよ。それとは別に、カルディアちゃんに頼みたいことがあるんだ」

「頼み……。はい、私にできることでしたら」


 迷いなく頷くカルディアにヴィンセントが告げた頼みは、かなり意外なものだった。



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