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ただの使用人の女ですが、伯爵家次男の振りをして士官学校に入学します  作者: 睦見むに
二章

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19/38

出かけ先で


「えー、大変心苦しいお知らせになりますが、昨今の情勢を鑑み、士官学校が休校することとなりました」


 教師からもたらされた突然の知らせに、教室中が騒然とする。士官学校の休校措置なんて、まさしく前代未聞の事態だった。なんでも、王都を含めた国内各地への魔物の出没や大量発生する瘴気が原因らしい。決め手となったのは王女イザベラの魔物化騒ぎ。安全を保障できないことと、各々領地に戻り貴族として事態の対処に貢献すべきという判断とのことだ。


「休校って、再開はいつになるんですか?」


 生徒の一人が尋ねる。

 

「現時点では何とも言えませんが……。今期の皆さんは、今月いっぱいで卒業扱いというのとになります」


 卒業扱いということは、学校が再開してもここに戻ることはないということだろう。元々フォルトゥナ士官学校は、卒業したというステータスのために通う生徒がほとんどだ。一年制だから大幅にズレるわけでもなし、卒業資格さえ取れれば皆異論はないようだった。


「お前どうすんの、来月からは実家に帰るのか?」


 隣に座るレオに尋ねられるが、正直カルディアもどうすればいいのか分からない。少なくともレーラント伯爵は、【戴冠せし者】選出で息子であるセシルを支援させるためにカルディアを送り込んだのだ。【戴冠せし者】か決まっていない以上、ここに留まることになる可能性もあるだろう。


(とにかく、セシル様に伺ってみよう)


 そう思って、セシル・レーラントのもとを尋ねたはずだったが……。カルディアは現在、初対面の女性と馬車に乗っていた。


「こうして貴方に会えるなんて、思わなかったわ。セシルったら、全然会わせてくれないんだもの」


 向かいに座る茶髪の女性の名は、ジュリア・カルデローニ。子爵令嬢で、セシル・レーラントの婚約者だ。


「将来弟になる方ですもの。会いたいって何度もお願いしていたのに、ずっと実現しなくて……。でも、士官学校にいるのは知っていたから、時間がある時に探していたのよ」


 セシルを尋ねるため、神殿を出ようとした時に捕まり、こうして馬車に乗せられている。何でも神殿の出入り口に張り込んで、黒髪の少年に片っ端から声をかけていたらしい。驚くべき行動力だ。


「今日は色々お話ししたいわ。もうしばらく行ったら、見晴らしのいい場所に出るの。そこでお茶でもどうかしら」

「は、はい」


 そうして連れてこられた高台で、ジュリアはそれは楽しそうに話し続けている。そのほとんどがセシルの話で、彼がいかに素晴らしい人で、彼女がどれだけ彼を愛しているのかを、うっとりとした瞳で語っていた。


(ジュリア様の話すセシル様は、私の知っているセシル様とはまるで別人だな……)


 ジュリアの話に相槌を打ちながら、カルディアはそんなことを思った。セシルはカルディアを……というより、黒髪金眼を酷く嫌っているようで、屋敷にいた頃から、カルディアへの当たりが強かったのだ。しかし、カルディア以上に彼に嫌われていたのは、サイラスだろう。


(私は所詮他人に過ぎないけど、サイラス様は肉親だから……。思うところがあるんだろうな)


 当たりが強いとはいっても、セシルは下手にこちらから近づきさえしなければ無害な人だ。しかし、サイラスはその姿を見せただけで、お前を見ると不快になると怒鳴りつけられているのを見たことがある。


「ねぇ、サイラス様。……私が貴方に会いたかったのは、セシルがあんなにも嫌う貴方がどんな人なのか、知りたかったからなの。優しい彼が、黒髪金眼だからというだけで、自分の弟をああまで嫌うはずがないと思っていたから」

「優しい、ですか……」

「ふふ、信じられないって顔ね。だから私、貴方に会うまでは、一体どんな極悪人の弟なんだろうなんて思っていたのよ。でも、違ったわね……。貴方は普通の人だった」


(ジュリア様……)


 彼女の目の前にいるのは、サイラスではなくカルディアだ。当然、その事実を彼女に伝えることはできない。しかし、カルディアは知っていた。本物のサイラスは決して、極悪人なんかではないと。幼い頃、隠れて一緒に庭で遊んだ彼は、間違いなく普通の優しい男の子だった。


「私はね、セシルが貴方を嫌う理由が分からないわ。でも、これだけは言わせて。彼は、悪い人じゃないの。……不器用なところはあるけれど、悪い人じゃないのよ」


 カルディアは何も答えなかった。彼女の言葉に答えるべきなのは自分じゃなく、サイラスだと思ったからだ。


「なんだか、暗い雰囲気にさせちゃったわね。そろそろ日も落ちてくるし、神殿まで送るわ」

「ありがとうございます」


 ジュリアに促されるまま立ち上がる。すると目の前にいるジュリアの向こう側、見通しの悪い森のほうに、黒い靄がぶわりと立ち込めるのを見た。


「っ!?」

「さぁ、行きましょ。……サイラス様?」


 来る、そう思った瞬間、カルディアはジュリアを抱き込み地面を蹴った。二人して、側方にゴロゴロと転がる。先ほどまで立っていた地面には、鋭く黒い棘のようなものが突き出ていた。


「な、何……?」

「魔物です、逃げましょう!」


 混乱するジュリアの手を取り、馬車へ向けて走り出す。今にも馬車に届くかという所で、また黒い棘がカルディア達を襲った。棘はカルディア達の先にある馬車にまで突き刺さり、客車の部分はバラバラになってしまった。


(これじゃ馬車に乗れない……!)


 どうするべきかと振り返ると、ジュリアが足を抑えて蹲っている。棘が刺さったのだろう、鮮やかな血がドレスを濡らしていた。どうするべきか、回らない頭で必死に考える。馬車は壊れたが、馬はある。しかし、御者は意識を失っているようだった。


(ジュリア様を馬に乗せるのは、この傷じゃきっと難しい……。私は馬には乗れないし、どうしたら……)


「サイラス様、貴方だけでも逃げて!」

「む、無理です!そもそも私、馬には乗れないし」


 取り繕う余裕もなくそう言えば、ジュリアは黙りこくってしまった。しかし、何か思いついたように顔を挙げると、髪につけていたリボンを外す。


「これと……あそこに生えているお花を馬に!」

「え?」

「このリボン、セシルに貰ったものなの。あの花は、ここに来るたび私が摘んで帰る花!あの子に括りつけて!」


 カルディアは困惑しながらも、言われた通り花をちぎり、リボンと一緒に馬の首に括り付けた。手綱を外して強くお尻をたたけば、馬は一目散に駆け出していく。


「あれを見たら、セシルは気づいてくれるはずよ」

「それは、見たら良いですけど……。そもそもセシ、兄上のところまでたどり着くか」

「大丈夫、あの子セシルが大好きだから。今まで何度も脱走したのよ」


 ジュリアは痛みで脂汗を流しながらも、軽い調子でそう言う。少し先には、真っ黒な影のような、人の形をした魔物がゆっくりと歩いていた。


「セシルが来るまで、頑張りましょう」

「……ですがジュリア様、その足では……」

「心配しないで!あんなにゆっくりしか歩けないんですもの、怪我してたって大丈夫よ」


 ジュリアはそう言ってみせるが、それが虚勢なことは見るからに明らかだ。いくら動きが遅いといえ、ろくに歩けもしないジュリアが逃げられるものではない。しかも、あの黒い棘の攻撃は、走らないとかわせない速さだ。


「……ジュリア様、これを」


 カルディアは首にかけていた指輪を外し、ジュリアの首にかける。イザベラとの戦いで指輪の魔力は尽きてしまったが、ちゃんとレオに頼んで魔力を込め直してもらっていた。


「これは?」

「お守りです。私があの魔物の相手をしますから、それを持ってここでじっとしていて下さい」

「相手って……、何を言っているの!危険よ!」

「あんなにゆっくりしか歩けないんです、怪我をしてない私は絶対大丈夫ですよ」


 さっきのジュリアと同じ言葉を言ってみせる。そうして地面に落ちていた石を手に取ると、魔物に向けて思い切り投げた。


(これで私に意識が向くはず)


 投げたと同時に、森の中へと走り出す。ここからは、助けが来るまで鬼ごっこだ。やることはイザベラの時と大して変わらないが、身を守ってくれる指輪はない。そう思うと、走る足が震えそうになった。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ」


 あれから二十分程経っただろうか。カルディアは森の中、魔物の攻撃から逃げ続けていた。


(動きは遅い。注意しなきゃいけない棘の攻撃も、微かに瘴気が強まったタイミングで避ければ、まず当たらない)


 イザベラと戦った時と比べれば、大したことない相手だ。掠り傷こそ出来ているが、まあそれも気にするほどじゃない。しかし、一つだけ問題があった。


(普通に、疲れた……!!)


 全速力で走っているわけではないが、体感二十分以上は動きっぱなしなうえ、全神経を尖らせて瘴気を見ている。カルディアは、今日ほど自分の体力のなさを恨んだことはなかった。


(も、もう無理かも。流石に死んじゃうかも)


 集中が途切れかけたその時、この森の中、全速力で馬を駆る音がした。ハッと顔を上げれば、首にリボンを巻きつけた馬に、赤髪の男が乗っている。馬は、ノロノロ歩く魔物にあっという間に追いついた。


「はっ!」


 短く声を上げ、赤髪の男――セシル・レーラントが剣を薙ぐ。ノロマな魔物はその体を一刀両断され、どさりと地面に倒れ伏した。


「セ、セシル様」

「…………乗れ、ジュリアがお前を心配している」

「あ、申し訳ありません。私、一人じゃ馬に乗れなくて……」

「……なら歩いて着いてこい」


(やっぱり優しくはない……)


 流石に手を貸してくれる程甘くはなかった。疲れ切った体に鞭を打ち、森の中を歩く。逃げ回っているうちに元の場所へ近づいていたようで、案外すぐにジュリアの所まで戻ってくることが出来た。



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