兄妹の事情
騒動から数日。イザベラが目覚めたという話を聞き、カルディアはその日のうちに彼女のもとを訪れた。イザベラはベッドに座り、窓の外を眺めている。身体中傷だらけで、包帯が巻かれていた。
「あら、レーラントさん」
イザベラはカルディアに気づくと、弱々しい笑みを見せた。
「王女……。体は大丈夫ですか?」
「えぇ、傷は痛むけどそれだけよ。……それよりも貴方には、謝らなくてはならないわね」
自身が暴れていた時の記憶は、全て残っているのだと話すイザベラ。「傷つけてしまってごめんなさい」と覇気のない声で呟いた。
「私は見ての通り、もう大丈夫ですから。王女が無事で良かったです」
「…………」
イザベラは大きな目をさらに見開いて、カルディアを見ていた。その眼には、うるうると涙が溜まっている。
「お、王女?どうなさったんですか」
「貴方、優しいのね。……目覚めてもう半日以上経つけれど、誰もお見舞いになんてこなかったのよ。それにお医者様も、わたしに怯えていたわ」
異形に変わり、暴れ回った王女。彼女を見る周囲の目は、以前とは全く違うものになっていた。可愛らしい理想のお姫様から、人ではない何かを見る目へ。
「暴れていた時の記憶があると言ったでしょう?あの時も、みんなわたしを化け物だと叫んで、逃げ惑っていた。……当然のことでしょうけど。でも貴方だけは、わたしを王女と呼んでくれたわね」
「……」
「貴方を演劇に誘った時のこと、覚えているかしら?あの時も、随分無神経なことを言ってしまったわ……」
「気にしないでください、慣れていますから。それに、王女は私を見るといつも気兼ねなく話しかけてくれました。だから私は王女のこと、嫌いじゃなかったんですよ」
イザベラは驚いたように目をぱちぱちとさせ、それからはにかんだ。傷だらけだが、それでも可愛らしい笑顔だ。
「ふふ、ありがとう。そう言ってくれると救われるわ」
「その、王女……。どうしてあんなことになったのか、お伺いしても?」
カルディアの問いに、イザベラは頷いて話し始める。
「あの日は魔法術の実技試験で……。魔法を発動させた途端に、力が抑えきれなくなったの。わたし、もともと魔力は高い方じゃないのだけれど、その時はどんどん溢れ出してきて……。気づいたら、あの姿になっていたわ」
そこまで話して、イザベラは深く息を吸った。震える手を押さえつけながら、言葉を紡ぐ。
「でも、直接的な原因はきっと……。あの腕輪よ」
イザベラはぐっと右手首を握り締め、ここに至る経緯を話し出した。
*
イザベラはその日、父に会うため王宮に出向いていた。美しいドレスを身に纏い、王の私室へと向かう。扉の前に立ちノックしようとしたところで、向こう側から扉が開いた。
「……まあ!フェンリル様!」
王の私室から出てきたのは、フェンリル・アストラ辺境伯だ。イザベラの心は、この偶然に弾んでいた。幼い頃、王宮の庭で美しい銀髪銀眼の彼を見てから、彼女はすっかりフェンリルに懸想していたのだ。いわゆる、一目惚れという奴だった。
「王女殿下」
「こんな所で会えるなんて、思ってもみなかったわ。よろしければ、少しお話ししない?お茶を用意させるわよ」
「……せっかくのご招待ですが、これから所用がありますので」
フェンリルは深々と礼をすると、その場から立ち去ってしまう。イザベラは残念な気持ちになりながらも、入室の許可を得て王の私室へと入った。
「ねぇお父様、フェンリル様と何を話していたの?」
「…………」
王は頭を抱え、深いため息をついた。何か思い悩んでいるのだろう、愛娘の言葉も聞こえていないらしい。
(何よ、お父様ったら。まあいいわ、今日の本題はそれじゃないし)
イザベラがわざわざ神殿から王宮に足を運んだのは他でもない、王に大切な用があったからだ。イザベラはソファに座ると、改めて父へと声をかける。
「ねえ!お父様!」
「……!あぁ、なんだい?ベラ」
「【戴冠せし者】についてだけれど、そろそろ選んで欲しいわ。もう待ちきれないもの」
「……選出の課題をこなしたものは、まだいない。選びようがないのだよ」
「そういう建前はいいから!もうみんな知っているわよ?今回の選出が、わたしの婚約者選びだって」
父王から直接そう言われていたわけではなかったが、イザベラもその噂を信じて疑っていなかった。兄二人と比べて、自分を溺愛している父だ。それくらいのことはするだろうと思っていた。しかし、王の返答は予想外のものだった。王は渋い顔でイザベラを見つめると、諭すような口調で話し出す。
「いいかい、ベラ。何を勘違いしているのか知らないが、【戴冠せし者】の選出はお前の婚約者探しなどではない。優れた王を選び取るための、神聖な儀式なのだよ」
「え?でも……。何を言っているの、お父様。お父様は、私を王妃にするために――」
「私が一言でも、そんなことを言ったか?世間がどう思っているかは知らないが、今回の選出にそんな思惑はない。ウェリスタスの存続をかけた、大事なのだよ」
イザベラは、信じられない気持ちでいっぱいだった。ある程度の時間をおいてお茶を濁したら、彼女が慕うフェンリルが【戴冠せし者】に選ばれ、自分がその妻となる。そうだとばかり思っていたのだ。父は兄たちより自分を愛していて、その為に決めたことだと。
「そんなはずないわ!!だって、だって……」
「ベラ、お前をそこまで増長させたのは、私の責任だ。一人娘のお前が可愛くて、甘やかしすぎたのだろうな」
「……」
「いいかい、私がお前と比べて、ダンテやレオに厳しく接していたのには理由がある。あの二人はいずれ為政者として、この国を背負い立つ者に育って欲しかったからだ。やり方は違うが、私は我が子に等しく愛情を注いできたつもりだ。それをお前にも、教えておくべきだったのだろう」
(何を言っているの?お父様は、私を一番に愛していたのではないの?お兄様たちより、私を……)
そんな思いは言葉にならず、ただ頭の中でぐるぐると回る。黙りこくるイザベラに、王は優しく声をかけた。
「分かったら、今日はもう下がりなさい」
「……はい、お父様」
部屋から出て、重い足取りで廊下を歩く。
その聡明さと誠実さゆえに、君主に相応しいと誰もが言う長兄。歴史上稀に見る魔法の才覚と、並ぶ者のいない魔力量で天才と褒めそやされる次兄。イザベラは幼い頃から、二人と比べられ、劣等感を抱いていた。王が寵愛していた妃が死に、政治的な理由で後妻に納まったイザベラの母。イザベラが容姿以外に何の取り柄もないのは、母親が違うからだと揶揄する声も少なくなかった。
(お母様はいつも冷たくて……。後妻の娘など王には愛されないとみんなに言われた。だから私は、お父様に愛されようと必死で……)
ようやく手に入れたと思っていた父の愛。何をしても勝てない兄たちと比べて、自分が唯一持っているもの。周囲の人間が、王は王女を寵愛しているというたびに、心にのしかかった重しが消えていくような感覚だった。それなのに、全部勘違いだったなんて。イザベラは、特別に愛されてなんかいなかったのだ。今にも溢れそうな涙を堪え、廊下を歩き続ける。しばらく歩くと、ぼやける視界の先に銀色の髪を持つ後ろ姿が映った。
(フェンリル様?)
あの美しい銀髪は、おそらくフェンリルだろう。先ほどは用があると言って立ち去ったのに、まだ王宮内に居たのか。……彼の顔を一目見たら、少しは気分も落ち着くかもしれない。イザベラは、こっそりとフェンリルの後を追った。
(……一体どこに行くのかしら)
フェンリルは迷いない足取りで歩き、廊下の角を曲がる。しかしそちらには、もはや不用品の物置きとしてしか使われていない部屋がいくつかあるだけだ。フェンリルは、突き当たりの部屋に入って行く。イザベラはその扉の前に立つと、音を立てないように少しだけ扉を開き、中を覗き込んだ。
(……いない?)
確かに入って行くのを見たはずなのに、そこには誰の姿もなかった。中に入ってみるが、ただ物が乱雑に置かれているだけで、やはり誰もいない。気が動転して、幻覚でも見たのだろうか。戻ろうと足を踏み出した時、誰もいない部屋の影から低い声が響いた。
「やあ、お姫様」
「っ!誰!?」
「そんなに慌てて見回しても、私の姿は君には見えないよ。……それより、随分辛そうな顔をしているね。何かあったの?」
「な、何なの!出てきなさいよ!」
「そう怖がらないで。力になってあげたいんだ……。王からの寵愛を受けていると思ってたのに、それはとんだ勘違いだった……あぁ、辛いよね」
「……なんで、そのことを」
イザベラは恐ろしくなって、部屋から出ようと扉の取手を握った。しかし、押しても引いても扉は開かない。
「頭脳でも、剣でも、魔法でも……兄たちには到底及ばない。君の可愛らしい容姿も、二人の兄の前では霞むだろう。同じ父親のはずなのに、君だけが出来損ない……。やっぱり、母親が違うからかな?」
「……さぃ、うるさい、うるさい、うるさいっ!!」
思わず両手で耳を押さえて蹲る。ボロボロと涙を流すイザベラに、影は猫撫で声で話しかけた。
「そんな可哀想な君を、助けてあげたいんだ。……君の魔法が、第二王子よりもずっと強いものになれば。王の寵愛がなくても、みんな君を認めるはずだよ」
「そんなの、そんなの無理よ!!お兄様に魔法で勝つなんて、夢の中でも不可能なことだわ!!」
「あぁ、泣かないでイザベラ。そんなことはない。君は素晴らしい力を手に入れられる……。ほら、この腕輪をあげよう」
カタンと音を立て、どこからか現れた腕輪が床に落ちた。見た目には、なんの変哲もないように見える。
「それさえ付ければ、君は今までになかった力を得られる。使うかどうかは君に任せるよ……でも覚えておいて。王からの愛を失った今の君は、何も持たないガラクタだよ」
一方的に腕輪を押し付けると、影は消えた。扉も開くようになっている。イザベラはしばらく悩んだ後、腕輪を持って部屋を出た。
*
「腕輪を付けてみたら、確かに強い魔力が湧いてくるのを感じたわ。でも、それと同時に自分がどんどんおかしくなっていくような気がした。特にお兄様に会うと……憎しみや嫉妬で押しつぶされそうになった」
そうして、いざ魔法術の試験で魔法を使うと、力が暴走してああなってしまったらしい。カルディアは、じっと黙ってその話を聞いていた。何と声をかけるべきか迷っていると、後ろで扉が開く音がする。
「あら、お兄様」
「殿下」
「……なんだ、お前もいたのか」
レオは、ベッド脇に座っていたカルディアを見てそう言った。席を外すべきかと思うが、先ほどの話を聞いた後だと、二人きりにしない方が良いのかとも思う。そんなカルディアの迷いを察したのか、イザベラが「大丈夫よ」とでも言うように微笑みかけてきた。
「……私はそろそろ失礼します」
兄妹を置いて、カルディアはその場を後にする。本当に大丈夫かな?なんて、少し不安な気持ちだった。
*
「何話してたんだよ」
まさか他人に興味のない兄が、そんなことを聞いてくるとは。意外な気持ちで、イザベラは目を瞬かせた。
「ふふ、内緒。お兄様には関係ないもの」
「……見舞いに来てやったお兄様に対して、関係ないはねぇだろ」
「私とレーラントさんの秘密だもの」
腕輪を貰った経緯などは、隠しておくわけにもいかないだろう。だがサイラス以外の人に、兄たちへの嫉妬とか、父への思いとか、そういう詳しい話をするつもりはなかった。
「お兄様って、レーラントさんのこと好きなの?」
「はぁ!?お前、いきなり何言ってくるかと思ったら……」
「だって私が暴れた時、あーんなに必死に庇っていたじゃない。それにその慌てよう、図星でしょ?」
「いいかイザベラ、別にそういう趣向の奴を否定する気もねぇが、俺が好きなのは女だ。アイツは男だろ」
「それって、レーラントさんが女性だったら好きだったってこと?大体お兄様、彼には何だか甘いわよね。大事な指輪まであげちゃって」
「テメェな……」
明らかに苛立っている兄がおかしくて、イザベラは笑ってしまう。こんなに余裕のないレオを見るのは初めてだった。
「でも残念。お兄様の言う通り、レーラントさんは男性だもの。わたしの方がずっと有利ね」
「は?お前――」
「魔法でも勉強でも、負けてばかりだったけど……。次こそは勝つわよ、お兄様」
虚を突かれたような表情の兄に、とびきり可愛らしくウィンクしてみせる。全てを失ったはずのイザベラの心は、全てから解放されたように晴れ晴れとしていた。
この話で一章完結になります。
評価・ブクマ・リアクションなど励みになっております。今後もよろしくお願いします( ˃ ᵕ ˂ )




