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ただの使用人の女ですが、伯爵家次男の振りをして士官学校に入学します  作者: 睦見むに
一章

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死刑宣告


 細い路地をひたすら駆け、視界の先に見える黒い外套を追った。息が上がるし、脇腹も痛い。疲労を訴える体をなんとか叱咤して前へ進む。先を走る男の脚が、徐々に速度を落とす。そうして、ついに立ち止まった。行き止まりだ。


「…………」

「はぁ、はぁっ……」


 肩で息をするカルディアとは対照的に、男は息一つ乱していない。たまたま行き止まりに当たらなければ、追いつけなかっただろう。男はゆっくりと振り返った。深く被ったフードで顔は隠れている。


「どうして追ってきた?」

「あなたの、腕……」


 まだ息が荒く、思うように話せない。男はじっと黙って言葉の続きを待っていた。カルディアは何度か深呼吸をして息を整えると、男を真っ直ぐに見据えた。


「あなたの腕に、魔物と同じ瘴気が見えた」

「…………」

「王都の、それも城下町にいきなり魔物が出るなんて普通じゃない。……あなたの仕業?」


 男が外套に隠れていた右腕を差し出す。黒く硬質なその腕は、どう見ても人のものではない。そしてやはり、黒い靄が重く纏わりついていた。


「お前の予想は、半分当たりで半分外れ。確かにこの腕に絡みつく瘴気は魔物と同じものだけど、王都に魔物を呼んだのは僕じゃない」

「"僕じゃない"ってことは、他に犯人がいるってこと?」

「……意外と賢いね」


 この口ぶりからするに、男はその犯人とやらを知っているのだろう。


「犯人は誰なの、あなたの仲間?」

「それは言えない。でも、こういうことはこれから増えるよ」

「あなたは一体――」


 問い詰めようと口を開きかけたところで、男がしーっと人差し指を口に当ててきた。


「カルディア、残念だけど時間切れだ」

「!? 待って、どうして――」


 どうして自分の名前を知っているのか。慌てて男の外套の裾を掴んだのと同時に、胸部に鮮烈な痛みが走った。胸元に目を向ければ、男の黒い腕が、カルディアの胸を深々と突き刺し、貫通していた。膝が折れ、体がずるりと地に落ちていく。視界が霞んでいく。背を向け歩き去っていく男に、地に這ったまま手を伸ばせば、男はふと立ち止まり振り返った。


「……最後に忠告してあげるよ。フェンリル・アストラは――」


 カルディアの視界を、真っ暗な闇が覆った。どんどん意識が遠くなっていく。男に向けて伸ばしていた手は、いつの間にか地面に落ちていた。



 ヴィンセントは人混みを抜け、瘴気の発生源である魔物へとたどり着いた。魔物の膝元へと駆けながら、右に提げていた剣を引き抜く。狼のようなその魔物が、自分めがけて振り下ろしてきた鋭い爪を剣で受け流しながら、背後へと回った。そのまま後ろ脚の腱を斬りつければ、魔物はキャンと鳴き声を上げ体勢を崩した。倒れ込んだ魔物の首を、上から一息に突き刺す。


「団長!」


 騒ぎを聞きつけたのだろう。巡回中の騎士が数人、早足で駆け寄ってきて。


「負傷者の保護及び周辺の確認を。お前は本部に待機している騎士を動員、魔物の死体を異端審問会に引き渡せ」

「「はっ」」

「団長、周囲で不審な人物を発見したため、拘束しました。こちらも異端審問会に引き渡しますか?」

「ひとまず本部に移送。牢屋に入れておけ」

「了解しました」


 王都で魔物が出るなど、あってはならない事件だ。人的被害も確認されており、これは忙しくなりそうだとため息をつく。ヴィンセントは剣についた血を振り払い、鞘に戻した。ふと、人混みの中に見知った顔を見つけた。


「フェンリル」


 ヴィンセントが歩み寄れば、フェンリルは魔物にちらりと目を向けながら言う。


「酷い瘴気だな」

「郊外ならともかく、王都に魔物が出るとは……。騎士団もだが、異端審問会は対処に追われるだろうな。あぁ、そうだ、お前に一つ頼みがあるんだが」


 ヴィンセントがここを離れるのには、もうしばらく時間がかかりそうだった。置き去りにしてきたサイラスをこれ以上待たせるのも忍びないし、かといってこの状況で一人帰らせるわけにもいかない。幸い、目の前には腕の立つ暇人がいるときた。


「向こうの酒場の前当たりに、サイラスを待たせてるんだ。俺はしばらく戻れそうにないから、お前が代わりに神殿まで送ってやってくれ」

「……分かった」


 フェンリルが去ったのを見届けて、改めて魔物に向き直る。狼のような姿をしたそれは、普通の狼よりも数段大きく、禍々しかった。とはいえ、魔物として特異な点は見られない。


(なぜこんな街中にいきなり出没したのか……。現状では判断できないな)

 

 その後も部下への指示出しや、報告を受けるのに時間を使っていた。そうして半刻程経った頃、フェンリルがヴィンセントのもとへと戻ってきた。側にカルディアはいない、神殿に送り届けてきたのだろうか。


「随分早かったな。わざわざ戻ってくるなんて、用でもあるのか」

「いや、見つからなかった」


 フェンリルは相変わらずの無表情でそう言うと、続けて口を開く。


「一帯を探したが、どこにも居ない。聞き回ってみたところ、黒髪の人影が路地裏に入るところを見た人がいた」

「路地裏に?」

「これから見に行く。念の為、話に来た」

 

 そう言って背を向けるフェンリルを呼びとめると、ヴィンセントは部下へ声をかけた。


「俺はもう離れる。本部に戻り次第情報を取りまとめ、今日中に報告しろ」


 部下が返事をしたのを聞き届け、ヴィンセントもフェンリルに続いて歩き出した。


「仕事はいいのか」

「異端審問官が到着したからな。死体を引き渡したら、あとは不審人物の移送くらいだ。指示はしてあるから、俺がいなくても問題ない」


(……連れ出したのは俺だからな、何事もなければいいが)


 それからフェンリルに案内されるまま、サイラスが入っていったという路地裏に足を踏み入れた。二人でしばらく辺りを探し回る。そうして行き着いた行き止まりに、サイラスは一人倒れ込んでいた。


「サイラス!」


 駆け寄って、膝をつき体を確認する。外傷は無く、呼気もある。見たところ問題はなさそうだった。神殿に運びこむため抱き上げようとしたところで、黙ったままの同行者が気にかかった。


「おい、フェンリル。俺が運ぶから――」


 お前もついてこい、そう続けようとした言葉は、無意識に喉奥へと呑み込まれた。背後に立っていたフェンリルは、銀色の目を大きく見開いて、信じられないものでも見るような目でサイラスを見つめている。その異様な雰囲気に、ヴィンセントはサイラスを抱えようとしていた手を、つい腰の剣にかけていた。そのまま数秒にも、数分にも思える時間が過ぎる。漂う静寂を破ったのはフェンリルの方だった。


「……彼を運ぶんだろう」


 そう言ったフェンリルの様子は、いつもと全く変わらないものだ。ヴィンセントは違和感を覚えながらも剣から手を離すと、改めてサイラスを抱える。腕の中のサイラスはぐったりとしており、まるで死人のようだった。


「どうしてこんな所に倒れていたんだろうか」


 ヴィンセントが小さく呟く。目が覚めた本人に話を聞かない限り、真相は分かりそうにない。後ろを歩くフェンリルも、神殿までの道すがら特に何か口にすることはなかった。神殿に着くと、サイラスを騎士団の救護室に運び込んだ。


「彼が起きたら、知らせてくれ」


 ベッドに横たわるサイラスを見ながら、フェンリルは言った。そうしてヴィンセントの返事も待たずに部屋を出て行ったのだった。




 うっすらと目を開けると、カルディアは自分が自室ではないどこかに寝かされていることに気づいた。慌てて起き上がり、サラシを取って胸元を確認する。そこにあるのは、生まれつきの傷跡だけ。それどころか痛みもない。外套の男の腕が、確かに突き刺さったはずなのにと混乱してしまう。一体どういうことなのかと考えていると、背後でガチャリと扉を開ける音がすした。カルディアは慌てて身なりを整え、居住まいを正す。


「あっ、目が覚めたんだね」


 入ってきたのはヴィンセントだ。早足でベッド際に歩み寄ると、隣に置いてあった椅子に腰掛けた。


「ここは騎士団の養護室だよ。ちゃんと診察出来るところに連れて行くべきだと思ったんだけど、ちょっと難しくて……。大丈夫?何か体に変なところとかないかな?」


 黒髪金眼を診察してくれる医師が見つからなかったんだろうと納得する。しかし、カルディアにとっては好都合だった。下手に診察なんかされて、性別がバレたら大変だからだ。


「はい、大丈夫です」

「そっか……。でも、もし何か異常があったらすぐに言ってね。その時は、引きずってでも医師を連れてくるよ」


 苦笑いで応えるカルディアを、ヴィンセントはじっと見つめている。なんだか居心地が悪いなと足先を擦り合わせた。


「起き抜けに悪いんだけど、聞きたいことがあるんだ。君がどうしてあんな路地裏で倒れてたのか、教えてくれる?」


 努めて優しい口調で言うヴィンセントに頷くと、カルディアはことの経緯を話し始めた。ヴィンセントを待っている時に怪しい男を見つけ追いかけたこと、男がどういう人物で、どんな話をしたか。


「男は、私のことを知っているようでした。どうして知っているのか問い詰めようとしたんですが、その途端に、男の腕に胸を貫かれて……。貫かれた、はずだったんですけど……」


 カルディアの体には、現在何の異常もない。もし本当に貫かれたのだとしたら、今こうして普通に話しているはずがないのだ。あれはもしかして、夢か幻だったのではないかとすら思えてくる。


「……記憶が混乱している可能性もある。ひとまず体は問題なさそうだし、油断せず経過を見ていくことにしよう。それより俺は、その男が君のことを知っていたってことの方が気になるな」


 ヴィンセントの瞳が、初めて会った時と同じように、スッと冷たい色を帯びた気がした。その目に見つめられると、無意識に呼吸が浅くなってくる。


「この際だから、もう一つだけ聞かせて欲しい」


 ヴィンセントは、躊躇うように一度口を結んだ。そうして少しの間を空けて、また話しだす。


「どうして女の君が、"サイラス・レーラント"として士官学校に通っている?」


 ヴィンセントが発した言葉は、まさに死刑宣告のようにカルディアの耳に響いていた。



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