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村の記録  作者: 山谷麻也


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第5話 カントリーロード

挿絵(By みてみん)

 その1


 埼玉では四国に帰ることをおくびにも出せなかった。スタッフにも明かさなかった。

 ただ、組合の役員にまで黙っているわけにはいかなかった。任期は二年。次期限りで退任したい旨を申し出た。


 組合の内部では小杉が四国に帰ることは広く知れるところとなった。患者さんには伝わっていなかったので安心していると、専門学校時代のクラスメイトから電話があった。

「小杉爺よ。四国に帰ると聞いたんだけど」

 長老からだった。情報源は、地獄耳で名高かった女の級友だった。三人で会い、専門学校の近くで飲んだ。

「オレも、信州に帰ることは考えていたんだ」

 長老は都内の整形外科でマッサージのアルバイトをしている。持病を抱え、元気がなかった。小杉はいずれ四国から、信州に会いに行くことを約束して別れた。


 何か月かして、長老の訃報が入った。

 長老は都内にひとり暮らしていた。若くして奥さんと離別し、娘さんとはたまに連絡を取り合っているようだった。長老の携帯の通話履歴を見て、娘さんが報せてきた。


 小杉は斎場に赴いた。受付はなく、関係者・参列者の姿も見えなかった。閑散とした部屋に一人、長老はダビに付されるのを待っていた。

 長老と切磋琢磨した三年間が蘇って来た。

「信州で会いたかったよ」

 後は言葉にならなかった。

 長老の死は、小杉に四国に帰る準備を急がせた。



 その2


 四国の土地購入が決まり、埼玉の土地と建物は売りに出した。

 周囲に家が建てこみ、陽当たりは悪くなっていた。その上、築二〇年と古く、買い手は付かなかった。

(このままではダブルローンになるな)

 やきもきしていると、不動産屋から希望者が現れたと連絡があった。間取り・方角が気に入ったという。風水をやっている人だった。

「ただし、一月七日に入りたいと言われてるのですよ」

 一二月も半ばになろうとしていた。


 連夜遅くまで片付けた。正月もなかった。それでもはかどらない。リビングに山のように積まれた不用品を前に、小杉はため息をついた。

「これ、間に合わないぞ」

 それでも治療院のスタッフ、子供たちの友人などの応援を得て、なんとか期日に明け渡したのだった。


 近所にアパートを借りて越した。そこで三か月住んだ。春になって、小杉は治療院の近くに借りた部屋に移り、妻と次女、愛犬・ミニチュアダックスフンドのシモンは四国へと旅立った。

 四国の寓居(ぐうきょ)は2DKの古アパートだった。妻は近くの病院に勤め、小杉は水曜から日曜まで四国、月曜火曜は埼玉で仕事をすることになった。


 四国では自宅兼治療院が完成するまでの間、往診した。また、母校の小学校跡で廃校活用事業が行われていたので施術所を開設し、土曜日は一日、保健室で患者さんを待った。


 毎週、埼玉と四国を往復する小杉を見て、患者さんは気づき始めた。

「まさか、四国に行っちゃうんじゃないでしょうね」

 問われるたびに、小杉は苦しい嘘をつき続けた。



 その3


 一六年の正月は新居で迎えた。

 いい家を建ててやると豪語していただけのことはあった。

 庭には雨水利用のために土管が立てられ、自然石を敷いたアプローチが玄関に続く。通りに面した治療院の壁には巨大なひまわりのモザイク画、土管が赤青黄色でペイントされていることもあって、いやがうえにも目を引く。建築士の目指した「ランドマーク」そのものだった。


 内部も凝っていた。

 玄関の壁には明り取りに、カラーのガラス玉が数個はめ込まれている。

 吹き抜けになったリビングの壁には、色とりどりのガラス玉。その間を、天井に向かって、細長い、三角形のオブジェが伸びる。


「あれが北斗七星や。こっちのが銀河鉄道や」

 建築士が指さした。

 確かに、ガラス玉は七つある。外から幻想的な、七色の光が差し込む。彼方から、SL(蒸気機関車)の汽笛が聞こえてきそうな気配さえある。


 治療院のドアには、明り取りに二つの透明のガラス玉がはめ込まれている。

「ええか、下がお前の過去や。上が未来やで」

 幼馴染みの思いのたけが込められていた。



 その4


 日曜の昼過ぎに特急で岡山に渡り、新幹線で移動した。月曜はI市の治療院に出て、火曜は市の福祉センターで夕方まで施術、休む間もなく東京駅に向かう。四国に着くのは深夜だった。

 強行軍ながら、旅を満喫できた。新幹線と在来線の特急では、たいていほろ酔いだった。しかし、一年足らずで預金は心細くなっていた。仕方なく、夜行バスに切り替えた。


 日曜の夜に四国を出て、月曜の早朝、新宿着、火曜の夜に新宿を出て水曜の早朝、四国に戻った。バス停へは妻が送迎してくれた。


 この生活を一年続けた。晴れて組合役員の任期が明けた。ただ、治療院を任せるには、スタッフが育っていなかった。

「もう一年だけ、このシフト続けようか」

 小杉が告げると、スタッフは喜び、妻は落胆した。


 組合を離れたので、福祉センターに詰める必要はなくなった。月曜・火曜と治療院での施術に専念できる。アパートは解約し、月曜の夜だけ、ビジネスホテルに宿泊することにした。


 一年後、スタッフは自信がなさそうだった。

(恩返しに、もう一年だけ通うか。ただし、埼玉は一日だけにするよ)

 小杉は結論を出した。

 月曜の早朝、新宿に着き、夕方まで仕事をして、夜九時発の夜行バスに乗る生活が始まった。


 この間も、勉強会は続けていた。月一回、日曜の午後に小杉の治療院に集まった。

 勉強会のある日は変則的な日程を組み、対応してきた。程度の差はあれ、全員が視覚障害者だった。同じ専門学校の出身であり、結束はことのほか固かった。



 その5


 実際の年月以上に、小杉には長い旅路に思われた。

 気が付くと、通い慣れたはずの治療院の周囲で道に迷うことがあった。往診し、患者さんの家の庭でも迷った。

 四国でも往診の帰り、山道に迷い込んだ。慣れてきたので近道をしようとしたのが、そもそものミスだった。過疎地ゆえ、人の気配は皆無、タクシーを呼ぼうにも、位置が不明だった。たまたま目印になりそうな建物に行きついて、タクシーを回してもらい、大事に至らずに済んだ。

 また、秘境に往診し、白杖が空を切ったこともあった。立ち止まって確認すると、下は断崖絶壁だった。人生であんなに肝を冷やしたのは初めてだった。


 もう限界だった。隠し切れなかった。

 打ち明けると、涙を流した患者さんもいた。


 最終日は新幹線を利用することにした。

 編集プロダクション時代から付き合いのあったカメラマンが、東京駅で見送ってくれた。彼もまた地方出身者だった。


 小杉は完全に田舎の人になった。

 勉強会の仲間が秘境観光を兼ねて、訪ねてきてくれた。

 スケジュールの最後に、治療院でささやかなパーティーを開いた。

 プレゼントがあった。

「ずいぶん見えなくなっているみたいだから」

 と、差し出されたのは卓上音声時計だった。

 勉強会で顔を合わせ、気づいていたのだ。


 一行の中に盲導犬(注六)ユーザーがいた。

「危ないところが多いみたいじゃないですか。絶対、盲導犬が必要ですよ」

 彼は熱心に勧めてくれた。


 仲間を駅まで送った。

(出会いと別れの多い人生だったな)

 小杉はしみじみと思った。


 特急がそろそろと動き出した。小杉は涙が流れるに任せていた。



(注七)盲導犬:身体障害者補助犬法(二〇〇二年施行)において、盲導犬、介助犬および聴導犬を補助犬とし、それらの訓練、使用、認定、衛生、同伴などに関する措置を定めている。公共施設や不特定多数が利用する施設では補助犬同伴の利用を原則として拒んではならないとされる。また、補助犬を清潔に保つとともに、予防接種および検診を受けさせ、衛生を確保するものとされている。

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