悪役令嬢、どこにいる?
シェイティ・フォーレンは商家の生まれだ。
子供のころ、近所のガキ大将たちと走り回って遊んでいた際、すっころんで頭を打ち、一時意識不明の重体になった。そしてご多分に漏れず、前世の記憶とやらを思い出したわけだ。
シェイティはまず状況を確認した。思い出せる前世は三十歳まで。その後も生きていたはずなのだがまったく思い出せない。けれどそこまでで経験してきた【熱中した記憶】は状況を把握するには十分だった。
【君と幸せな恋を】。キミコイと略される乙女ゲーム。イケメンな令息たちを相手に恋の駆け引きを楽しむ恋愛シミュレーションゲームだ。学生のころからオタクとして人生を謳歌していたシェイティの前世は、お気に入りの絵師やシナリオライターのものを好んでプレイしていた。その中で、イラストが刺さって始めたゲームだった。
よくあるシナリオの一つだった。学園に入学、気になる男子生徒と恋を育み、卒業式で恋人に。ちょっとした恋のライバルは居ても婚約者などではなかったので、変な話、育てたヒロインでライバルヒロインと魅力で殴り合うような不思議な好敵手感を覚えた。ルートによって現れる女子の違いはあれど、皆が皆、好きな人に振り向いてほしいという努力が大人の目線から見ると微笑ましい。一人だけ、ラスト好感度が足りないと惚れ薬を用いてくるヤバイ奴はいるが、そこに至るまでの努力はお互いに見ている。それに、何がいいかというと、ステータスが足らずに令息と恋人になれなくても競い合った令嬢たちと親友になれるルートがあったことだ。エンドのスチル、いわゆる思い出写真のようなもので一緒に避暑地に遊びに行っていたり、パジャマパーティーをしていたり、そういったものを「いいよね」とプレイヤーたちは好意的に受け入れていた。女性が対象という強みを生かし、リアルパジャマパーティーや、元々流行っていたアフタヌーンティーを乙女な女子会に、と少し凝った景観と装飾で催す大手ホテルが現れ、密かに一大ブームなどを築いてもいた。
明らかにお邪魔虫がお邪魔虫として描かれていない。努力さえすれば、自分磨きさえすればステータスが魅力となって攻略対象を振り向かせ、友人を得られる。努力が報われるシナリオにはシェイティの前世も好感を抱いた。そして大手ホテルの思惑にも乗って、友人たちと騒いだパジャマパーティーも、お嬢様言葉縛りでやったお茶会も大変楽しかった記憶がうすらぼんやりとある。いい年をした大人だからできた贅沢だった。
そしてついでに、いや待てよ、そもそも、乙女ゲームってこうだったよな、と前世が腕を組んだ。
――私はいったいいつから悪役令嬢がいると思っていた?
シェイティ目を覚ましたのね、と泣きながら頬擦りしてくる母親の頭をよしよし撫でながら難しい顔をした子供はおかしく思えたのだろう。父親が翌日神父を呼んで悪魔祓いされることになった。当然ながら前世は悪魔ではないので、とりあえずその後、シェイティは子供らしくキャッキャすることにしておいた。子供なので実際遊ぶのは楽しかったので問題はなかった。十歳まで虫も素手で掴めた。
商家である実家を手伝いながらシェイティはめちゃくちゃ勉強した。ゲーム内にシェイティという名の女学生がいたかどうかは知らないが、家の手伝いをすると知っている名前の令息、令嬢たちが同い年だということに気づいた。
まさかヒロインなんて子がいて、まさか誰かを悪役令嬢に仕立て上げたりしないだろうとは思いつつ、特待生枠というヒロインっぽい手段を使って【キミコイ】の舞台である聖ミリエント学園に潜り込んだ。
あら、すごい綺麗! という驚きはあった。ゲームの中だとイラストすごーい、などと思っていたけれど、実際目にすると少しアンティーク感もあるような、歴史を感じる素晴らしい建造物。だというのに水回りは最新、手入れも行き届いている。こういう都合のよい発展具合を素直に受け入れる気持ちと、なんでやねん、とツッコむ前世が居る。一先ず今世が勝って、やるじゃない、と感想を抱きながら入学式を迎え、とりあえずイベントが起きるかどうかでゲームとの整合性を取ることにした。
どの攻略対象を選んでも開幕の出会いはここ、寮へ向かう廊下の一つ、人通りの少ないここで迷子になったヒロインが声を掛けられるシーンだ。誰が声を掛けてくるのかは、事前にヒロインの夢で行われる傾向診断によって変わる。もちろん、シェイティはそんな夢を見たことはない。間違っても自分に声を掛けられないよう、わざわざ外から回り込んで窓枠の下にしゃがみ込む徹底ぶり。伊達にガキ大将たちと隠れん坊で鍛えてはいない。雲隠れのシェイティとは私のことだ。もう少しわかるところに隠れなさい、と理不尽に叱られたことを思い出した。解せぬ。
シェイティはじっと息を殺して待った。しかし、待てど暮らせど誰の足音もせず、あっという間に夕方になった。出会いの時間の幅は午前中から午後四時まで。先ほど鐘が五つ鳴っていたので既に五時。食堂で夕食を頂かねばなるまい。すっくと立ちあがり、シェイティはぐぅ、と情けなく鳴った腹を撫でながら食堂を目指した。
「つまり、まだ誰も出会いは始まっていない、ということよね」
探偵のように難しい顔をして歩くシェイティに自然と人が道を譲る。いい匂いに誘われて入った食堂は白い壁と大きなアーチ形の窓、モザイク調の明るいタイルと綺麗な空間だった。奥の厨房ではコックコートを着た多くの料理人たちが忙しなく鍋を振り、包丁を小刻みに動かし、手際よく仕事を進めていた。この食堂、学生は食べ放題だというので食い意地のはったシェイティはメニューを全制覇する気でいる。もちろん今日だけではなく、この在学中に、という意味だ。送り出してくれた両親は「シェイティは食事の噂を聞いて聖ミリエント学園に入るために死ぬ気で努力した」と思っている。おうちでもたくさん食べてごめんね、食費すごかったよね、でもお母さんの作るクッキーさくさくほろほろで美味しかったなぁ、とクッキーとエンゲル係数について思いを馳せながら食事を受け取った。
お盆に乗った食事はド定番、温かい具だくさんのクリームシチューにパンにサラダにオレンジジュース。とても美味しそうだ。きょろりと見渡して空いている席を探し、窓側が空いていることに気づいた。ほんわかと柔らかいオレンジ色の夕陽が室内の明るさといい塩梅に滲み合っていて、シチュエーションとしてなかなかいい。こういうのは大事だ。いそいそと席について窓から吹き込む爽やかな春の夜風に頷いてから手を合わせた。つい、前世が顔を出すのだ。
「いただきます!」
まずはクリームシチュー。やや黄色がかったシチューをスプーンで掬い、庶民丸出しでぱくりと大きな一口。貴族の通う学校なので少しだけざわめきも聞こえていたが、こんな美味しいものをちょびちょび食べるなんて勿体ないとも思った。がっつくことだけはないように、ぱくぱくといただく。
とろりとした濃厚なミルクを感じるシチューは、小麦粉の玉などどこにもなく、丁寧に仕上げられている。隠し味はチーズだろう。わかるほど大量ではなく、いるか、いないか、この絶妙な加減にプロの技を感じた。ほくほくのジャガイモはとろりとシチューを身に纏い、土の仄かな香りを隠れたワイルドさに変えて、野性味すら持った白騎士のよう。ころころと暖色を放つニンジンは隣にいる今にも溶けそうな玉ねぎとともに口の中を甘い幸せで満たしてくれるマリアージュ。そしてまさかの登場人物、ブロッコリー。そのたわわに実った緑の中に、たっぷりのシチューを抱え込んで、焼けるような熱に浮かされてしまう。スプーンに大きな塊が乗った。次は私の番だと言わんばかりの圧倒的存在感、ジューシーな脂をくつくつと体から溢れさせ、その情熱を見せつけてくる。
――鶏肉、今、あなたを迎え入れます。
あぁ、やっぱり、あなたは美味しい。よく仕込まれた、いいえ、育てられたのでしょう。しっかりと下拵えをされているからこその柔らかさ。煮込んでなおその身に残る芳醇な香りとこの甘い脂。ほふ、と思わず唇を開いて新鮮な酸素を取り入れながら、頬の内側を撫でていくその身を味わう。やはり肉は本命。こくりと受け入れたその身を私の糧にしよう。
シチューを味わい、パンをつけて食べていれば、シチューから微かに香るブラックペッパー。商家だから知っている、高級食材だ。時折パキ、と音を立ててからふんわりと存在をアピールされて、あぁ、私、恋をしそう。
「ふふ、とても詩的に召し上がるのね」
くすくすと柔らかい声を掛けられ、パンを頬張った顔で振り返ってしまった。長い金髪を綺麗にまとめた美しい少女が頬を赤らめて、笑いを堪えきれずに小さく、ごめんなさい、と謝ってきた。ライバル令嬢の一人、公爵令嬢のユリアーネ。イラストでも可愛かったけれど、実物はこんなに可愛いのかと思わず見惚れてしまい、ユリアーネはゆっくりと眉尻が下がっていった。
「ごめんなさい、失礼でしたわね。あまりにも美味しそうに召し上がるから、つい……」
「あ、いいえ! こちらこそごめんなさい! すごく可愛い、いや、美人だったので見惚れちゃって」
まぁ、と桃色に染まる頬。抱きしめたい。なぜかお互いに少しもじもじした後、シェイティは思い切って尋ねてみた。
「よかったら、一緒に食べませんか? 私、商家の生まれで庶民ですけど」
「よろしいの? ぜひ。それに生まれなんて、この学園ではないも同然ですもの、気にしませんわ」
本当にそうやって言って、実際に態度を変えない貴族令嬢がいるのだな、と驚きつつ、嬉しくなってありがとうございます、とお礼を言った。そこからの食事は楽しかった。実家が小さいながらも質の良いものを扱っているのでユリアーネの実家である公爵家にも実は何度か行ったことがある。客先にはさすがに父しか出られなかったが、搬入などで行った家の素晴らしさは知っている。同時に、そこの冷たさもよく知っている。
家庭教師からいくら褒められても、良い点数を取っても、ユリアーネは家族に愛されることはなかった。それでも凛と背筋を伸ばし、顔を上げて歩く姿にイラストとはいえ胸を打たれた。イラストレーターの腕の良さもあったかもしれないが、シェイティの前で美しい姿勢と所作で食事を楽しむ少女を見れば、間違いではなかったと思う。
授業が始まって、特待生として入学したシェイティのクラスは当然のように一番上のAクラス。ユリアーネもそうだ。他の攻略対象、ルートによって親友になる令嬢たちもほとんどがここで、出会わないのは隠しルートのキャラたちだけだ。既に十五歳である彼ら彼女らが婚約者を持たない理由はないはずだ。二か月はじっくり友情を育んでからシェイティは婚約者の有無についてユリアーネに尋ねてみた。
「あんまりみんな話題にしないけど、婚約者とかってどうしてるの?」
「まぁ、シェイティ、気になるかしら?」
うふふ、と口元に指先を置いて笑うユリアーネの柔らかい表情が友人としての意味で好き。ユリアーネは時々、妹が欲しかったのよ、とシェイティのふわふわの髪を撫でてくるのだが、この時もその動作がくっついてきた。
曰く、婚約者はいる。ただ、あまり公にはされていないらしい。それでは婚約者がいるかどうかわからず、好きになってしまうことがあるのではないかと首を傾げれば、そうね、とユリアーネは微笑んだ。
「でもね、シェイティ。そういう背後関係や人間関係、力関係を調べられない人が、貴族として民の上に立ち、王家に仕えるのはどうかと思わない?」
「確かに……! あ、じゃ、じゃあ、私まずくない? 知らないよ!?」
「うふふ、あなたって本当に愛らしいわね。あなたの御実家がしっかりしている証拠だわ」
どういうことかと目を瞬かせ、ユリアーネはその間も髪を撫で続けていた。
「きっとあなたの御両親は御存じのはずよ。ただね、王家主催のパーティーで婚約発表が成されるまで、婚約はあってないもの。それを口に出して噂にする商人なんて、信用ならないもの」
父よ、だから商談の席から私を外したのだな? それならそうと言ってくれ。
「なるほど、そうなんだね」
「それに、これは私たち当事者へもセーフティーなの」
トントン、とユリアーネが膝を叩く。これは膝枕をさせろの意だ。シェイティは自らの髪がふわふわしている癖毛なのは自覚しているが、まさか憧れの公爵令嬢から猫のように扱われるようになるとは思わなかった。そよそよお天気のいい昼下がりのベンチ。よっこら寝転んでいい匂いのする柔らかい膝に頭を乗せれば、待ってましたと言わんばかりにユリアーネの手が髪をふわふわと撫で始めた。
「お茶会だとか、ちょっとしたパーティーで顔は合わせているけれど、どうせ同じ学園に行くことはわかっているのだもの、友人を前にした相手の人柄も見えるでしょう? 隠れて何かをしても誰かの目があるでしょう? もしそれで眼鏡にかなわないのなら、在学中であれば破談も可能なの。……まぁ、その後の婚約者探しは大変とは聞いてるけれど」
家同士が釣り合うから、血が薄まらないから、様々な理由はあれど、思ったよりもこの国の寛容さを見た気がした。シェイティはここまでそれを調べずに、ただただ学園に入るために勉強漬けだったことを少し反省した。
「ユリアーネの婚約者、発表の時に楽しみにしてるね。あの、まずユリアーネのお眼鏡にかなえばだけど」
「ふふ、いい子ね」
いずれこの膝枕はその婚約者のものになるのだなと思い、シェイティは幸せになれよ、と父親のような気持ちを胸中で呟いた。
まぁ、卒業までにはいろいろあった。平民出のシェイティによくある嫌がらせもあったし、ユリアーネの言っていたとおり親元から離れてはっちゃけ、下位貴族をいじめるような奴らもいた。シェイティはユリアーネが傍に居たので直接そうした暴力は受けなかったが、やはり気づくといい気はしない。前世の三十歳がひょっこり顔を出して「あんたたち、恥ずかしくないの!」などとやってしまい、大喧嘩にもなった。特待生とはいえ貴族相手によく退学にならなかったと思う。一緒に居るとユリアーネも変な目で見られて噂されるかも、と離れようとしたら、
「まぁ、わたくしにそんなことができる人がいるのかしら。楽しみだわ」
と穏やかに、よく響く声で食堂で歌うように言い、全てを収めていた。最強すぎる。
じわじわと友人も増えた。ユリアーネと接点を持ちたい目的だった他の令嬢たちも、ユリアーネの努力家なところを知って、皆で勉強会をしたり、夏休みには避暑地にお呼ばれもしてパジャマパーティーもした。その中で実は、と女子らしい告白を経て誰が婚約者なのかを知り、それを発表まで沈黙することで自分の信用を勝ち得るのだとシェイティは沈黙を誓った。
中には相容れない人もいたが、ゲームではないのだからそれも当然だとシェイティは思っていた。ただ、シェイティは男子に対しては常に緊張感を持つ羽目になった。カミングアウトされている人以外、誰が誰の婚約者かわからずじまいだったからだ。皆が幸せであってほしい。シェイティはそのメンバーの中で恋をするつもりは毛頭なく、どこかで出会いがあればいいなと思う程度だった。
時に痴話げんかにも巻き込まれた。だいたいその理由が「シェイティを可愛がり過ぎていて婚約者が一緒にデートに行ってくれない」だとか「シェイティに贈るリボンはピンクがいいかブルーがいいか」だとか、大変の迷惑で平和なものだ。
前者の争いに関してはほぼユリアーネが悪い。婚約者、予想通り王太子が今度のお祭りでお忍びでデートをしようと誘ったにもかかわらず、シェイティと行きます、いろいろ美味しいものを教えていただくんです、と良い笑顔で言ったもので、その場にいたシェイティに直接文句が言われ、喧嘩になった。いや、頼むからそこは婚約者を優先してあげて、とシワシワした顔でシェイティが言い、渋々ユリアーネが折れた。シェイティはシェイティで別の人に誘われたので、お祭りの日は屋台でユリアーネと出会い、お互いにウインクして分かれた。
後者は誰も悪くないとシェイティは思った。また別日、お忍びでデートに行ったらしいユリアーネと王太子はいつものようにシェイティにもお土産を買ってきてくれた。シェイティが嫌がるので本当に小さなものだ。とはいえ、それは血税では、と震えるのだが、ポケットマネーよ、と微笑まれれば受け取らざるを得ない。そのお土産というのが今回はリボンだったのだ。
ユリアーネはピンクとイエローのリボンを買ってきてくれて、シェイティは好きな色に喜んだ。王太子も差し出してくれたが、それはブルーとグリーンのリボンだった。それも素敵なリボンだったが、青は茶色い髪色のシェイティでは少し合わせにくい。でも、服のワンポイントに結ぶのはありかも、と受け取れば、ユリアーネが王太子に文句を言ったのだ。「シェイティの柔らかい髪色にはその色合い、どうかと思いますわ」と。そこは「自分以外の女に贈り物をするなんて」と怒ってほしい。
もうそこからはシェイティを放置して喧々諤々楽しくやり始めたので放置して寮に帰った。もはや名物、もはや隠すつもりのない関係性。女子寮で友人たちに「お疲れ様、二人のペット、猫のシェイティ」と慰められるのも卒業を控えた頃には様式美だった。可愛がられているのでよしとする。
そんな楽しくも慌ただしい毎日を過ごしていれば、あっという間に卒業式だった。
シェイティはこの学園で学んだ愛嬌と経営学で実家の商家を本格的に引き継ぐ。卒業生代表として王太子とユリアーネが祝辞を述べ、シェイティは思わず泣くことになった。
よくある定型文から始まり、お堅い言い回しで教師陣、来賓への感謝と、共に勉学に励んできた友人への労い、そして、ユリアーネの視線がシェイティを見た。
「それから、頑張り屋さんのわたくしの友人にも感謝を伝えたいです。聖ミリエント学園に特待生という数少ない席で入学し、その後も勉学に励み、ともに研鑽し、時に無茶をして先生方へお騒がせもしましたけれど、わたくしの学園生活にもっとも彩を添えてくださった大事な親友、シェイティへ心からの感謝と、一生の友情を誓いますわ。これからもよろしくね。シェイティ、大好きよ」
周りの友人から拍手を贈られ、ユリアーネの柔らかな微笑みを向けられ、シェイティはぼろぼろ泣きながら私も! と叫び手を振ってしまい、厳格な卒業式でなんてことを、とその後叱られたが、それもまたいい思い出になった。
ユリアーネはその後王太子と正式に婚約発表、政務、公務に二年従事して正式に王家に嫁ぐ。
シェイティは王家御用達となるように家業に精を出し、仕入れに他国へ向かうこともあったが、学園で学んだことが多くの場面で生かされた。
友人となった多くの令嬢たち。最後まで仲良くなれなかった令嬢たち。途中退場した令嬢も、令息も、様々な人の歩き方があった、広くて狭い学園という世界で、シェイティはそこに生きる人々を見た。
意地の悪い奴はどこにでもいる。分かり合えない奴だってどこにでもいる。元はゲームの先入観だったけれど、友人を猫のようにかわいがる公爵令嬢が居ることを今は知っている。誰かが誰かの道を邪魔する時、それが悪役令嬢と呼ばれるのなら、そんなものは存在しない。
「さぁ、今日も稼ぐぞぉ!」
目指せ王家御用達。ここまで這い上がってきなさいと微笑んだユリアーネの前に、自信をもって立つために。
「――そういえば、彼とはいかが?」
商売が関係なければ親友になるユリアーネが優雅な手つきでティーカップを持ち上げて尋ね、シェイティは目が泳いだ。これは、怒っている。いや、このところ忙しく、けれど手紙は書いただろうに、直接の報告が遅くなったことを叱られるやつだ。
彼とは、学園入学の初日、食堂で語ってしまった食レポが切っ掛けで厨房の青年から感想が聞きたい、とちょくちょくおやつをもらっていたら、いつの間にか胃袋を掴まれていて、気づいたらその美味から逃げられなくなっていて、俺は料理人だけれどあんたの食べてる顔が好きだ、美味い飯を食い続けてくれ、という訳の分からない理由で告白され、学生の頃から付き合っている人のことだ。お祭りに一緒に行ったのもこの人だった。ちなみに、食堂のメニューは制覇している。
その彼は今、シェイティの実家で両親ならびに従業員の胃袋をも掴み、その地位を確固たるものにしている。頼むから逃がさないでくれと従業員から泣かれるのだからこれもまた意味が分からない。
シェイティは咳払いをしてから膝の上で両手を組んだ。
「あのぅ、今度、正式に結婚することになりましてぇ……」
「まぁ! 素敵! やっとなのね! それでお式はいつかしら? もちろん招待状はいただけるのよね?」
「ユリアーネ、私たち、そんな大々的にはやらないつもりで……」
「じゃあ、わたくしが大聖堂を用意するわね」
「家の前でよければ小さいけど式をやるのでお忍びで来てもらえると嬉しいな!」
うふふ、ぜひ、と微笑む親友に少しだけ苦笑を浮かべてからシェイティは笑った。
幸せになってほしいと願った人が、家の中では辛くても、学園生活からその先の未来で幸せになったのなら、それだけで嬉しい。そより、王城の中庭もまた、心地よい木漏れ日が注がれて、穏やかな風が流れている。
「わたくし、シェイティと出会えてよかったわ。きっとあの時からわたくしの何かが変わったの」
そんな御大層なものではないけれど、少しでも助けになることができたなら。
「私も、ありがとうユリアーネ、これからもよろしくね」
前世の私とハイタッチを決めるのだ。
食事シーンだけは外せなかった。