六月 夏至の夜に、古い歌を
エッセイの場合は、夏至が過ぎてから書くものですが。これはエッセイ風SS。と言う事で、過去の夏至の時の話も交えて書いています。
六月。
夏至が近づくと、大気が少しざわついて感じられる。ムーンガーデンはアリッサムがあふれだして、植木鉢からはみ出している。近づくと、蜂蜜に似た甘い香りが漂う。
セントジョンズワートの様子を見る。今年は成長が良くない。
「花、咲くのかな」
昔からセントジョンズワートは、夏至の夜更けに摘むのが良いとされている。科学的に分析すると、セントジョンズワートの有効成分は太陽の光に影響されていて、強い光を浴びると成分が多くなるのだそうだ。夏至は、太陽が最も強く輝く日。言い伝えにもそれなりに、理由があったという事だろう。
夜更けに摘むのは、ハーブが疲れないように。日が高く昇ってからでは、どんな薬草も成分が蒸発を始めてしまい、疲れてしまう。普通は朝早くに摘むのだが、このハーブは魔法に関係するとされてきた。恋人を見つけたい若い娘が、夜の森に摘みに行くハーブでもあった。
落ち込み気味の時に飲むと、穏やかに作用し、気持ちを明るくしてくれる。
家に入った。それほど暑くはないと思うのに、日差しは強い。長く戸外にいると、意外に疲れる。
喉がいがらっぽいので、水だしで、ブルーマロウのお茶を淹れた。喉に良いとされるハーブの花。ねばねばした成分が出るので、どことなく葛湯のような飲み物になる。けれどこのハーブは、湯で淹れると、ねばねばが出ない。水だしにしないといけないのだ。
青紫の花をガラスのポットに入れて、ミネラルウォーターを注ぐ。しばらく待つと、夜明けの空の色をしたお茶になる。その色を楽しんでから、レモン汁と蜂蜜を少し入れると、お茶はさっとピンク色に変化した。
* * *
六月半ば。
セントジョンズワートは、まだ咲かない。
「ミッドサマーまで、待つかな……?」
夏至は二十一日だが、『ミッドサマー・ナイト』と呼ばれる聖ヨハネの日は二十四日。聖ヨハネの草も本来は、この日の前日に摘む事になっている。
梅雨入りをしたので、雨が続く。強い雨ではなく、しとしとと降る感じだ。水やりをさぼれるのは良いが、夏至の日にも雨が降っていたら、何となく寂しいかもしれない。
夏至は一年に一度しかない。節目の日だから。
野いちごが毎日、少しずつ実を結ぶ。朝、摘んでおいて冷凍する。
買い物に出たついでに、冷凍もののブルーベリーを買ってきた。
夏至の前日。
サマープティングを作り始める。
夏に採れる様々なベリーとパンで作るこのお菓子は、簡単だが美味しい。
ワイルドストロベリーを冷凍庫から出す。一気に使う。とは言え、一つの家で育てている程度では、たかが知れているのだが。
知り合いからいただいたさくらんぼを見て、首をかしげる。ふむ。
サマープティングは通常、『ベリー』と名前のついたものしか使わない。
使わないのだが……。
「入れてしまえ」
さくらんぼの果柄を取り、細い箸でついて種を押し出す。
全ての果物を鍋に入れ、砂糖と一緒に弱火で煮た。
果汁が出てくる。ある程度煮ると火を止めて、煮汁をすくってバットに入れる。耳を落とした食パンを浸し、適当な器に押し込む。
煮たベリーとさくらんぼを、続いて入れた。
最後に器からはみ出たパンの部分を折り曲げて、上にもう一枚、パンを載せてふたにする。ラップをかけて、重しを置く。これで一晩、冷蔵庫で冷やす。
「よいしょっと」
麦茶を入れるガラスのピッチャーに、紅茶の茶葉を入れた。お茶パックにウバの葉をつめて、ミネラルウォーターをどぼどぼと注ぐ。
これで三時間も置いておけば、水だし紅茶が出来上がっている。
* * *
夏至の夜。
虫の声を聞きながら、夜更け。サマープティングをつつき、ウバのアイスティーを飲んだ。
バニラのアイスを添えた、甘酸っぱいサマープティング。ウバ特有の清涼感が穏やかに喉を通る、ほどよく冷えたアイスティー。
ムーンガーデンからは、甘い香り。
昼と夜が、手をつないでいる。それを感じる節目の日。
時は輪を描く。
ふと、古い歌を歌いたくなった。
「Are you going to Scarborough Fair?(スカボローの市へ行くのですか)
Parsley,sage,rosemary and thyme(パセリにセージ、ローズマリーにタイム)
Remember me to one who lives there(そこに住むあの人に、よろしくと伝えて下さい)
For once she was a true love of mine(その人はかつて、私の真実の恋人だったのです)
Have her to make me a cambric shirt(あの人に願っている。麻のシャツを作って欲しいと)
Parsley,sage,rosemary and thyme(パセリにセージ、ローズマリーにタイム)
Without a seam or fine needlework(縫い目もなく、針の跡もないシャツを)
And then she’ll be a true love of mine(そうすれば、私たちは真実の恋人に戻れるのです)
Have her find me an acre of land(願っている、私のために、一エーカーの土地を見つけて欲しいと)
Parsley,sage,rosemary and thyme(パセリにセージ、ローズマリーにタイム)
Between the sea foam and over the sand(海の泡と、砂が果てる間の場所に)
And then she’ll be a true love of mine(そうすれば、私たちは真実の恋人に戻れるのです)」
続きを歌おうとしたが、歌詞が思い出せなかった。仕方がないので、『la』で歌った。
「la la la ……」
女性歌手が歌う時は、 her がhimになっていたな、と思い出す。
スカボロー・フェア。古いメロディ。
歴史の上で、この歌は様々に形を変えて受け継がれてきた。かつての名は「妖精の騎士」であったと言う。その頃には、歌にスカボローの地名はない。歌の中に、スカボローという町の名が入るようになったのは、十九世紀に入ってからだ。
スカボローでフェア(市)が開催される事がなくなってから、百年が過ぎていた。
はるかな昔から交易がにぎやかに行われていた町、スカボロー。夏には四十日以上にも渡って、にぎやかに市が開かれた。けれど政治的な力の綱引きの狭間に落ちて、十八世紀を最後に市は閉じられた。人が集まらなくなれば、町も衰退する。スカボローは次第に、静かで小さな町へと変貌していった。
それでも歌い手は歌う。スカボローの市へ行くのかと。開かれるはずのない市に出かけて行く人に、実現不可能な願い事を、伝えてくれと託す。
この世ではあるはずのない事。
決してかなう事のない願いを、この歌は歌っている。
「la la ……」
歌いながら、時を思った。かつて良く知っていた、今はもう遠い人々を思った。
幸くあるように。
おぼろげな面影に、そう願いながら歌う。
幸くあるよう。幸運がいつも、あなたの周囲にあるように。
平和が豊かに。あなたを支えるように。
「……」
時は巡る。時は手をつなぐ。時は輪を描く。
この世にはない出来事を歌いながら、歌い手の願いはしかし、きっと本物だっただろう。
幸くあるように。
それだけは。
だから、私の願いも。きっと彼らに届くに違いない。
* * *
少し眠った。夜明けに目を覚ます。
薄紅と金に彩られ、刻々と色を変える東の空を眺める。
外に出ると、セントジョンズワートが咲いていた。黄色い花が一つ。
「明日か、明後日には刈り込もうか」
時は、今日も輪を描いている。
※参考文献「想い出のポプリ」著:熊井明子
ハーブやポプリを日本に広めた第一人者のような方です。シェイクスピアをハーブの観点から調べ、まとめた本を記されています。この本では、「伝統の香り」の章で、スカボロー・フェアについて書かれています。
※スカボロー・フェア
吟遊詩人が伝えたため、各地に少しずつ違った歌詞やメロディのものが残されています。今回使用したのは、イギリス民謡として残っていたもの。サイモン&ガーファングルのものとも少し違います。
※ハーブ
香草とも。朝に摘みます。太陽が高く昇ってからでは、薬効成分が葉から蒸発してしまいます。
※セントジョンズワート(セイヨウオトギリソウ)
気持ちを明るくするハーブ。ただし、この植物は薬の効き目を強くしたり、阻害する作用も持っています。血圧を下げる薬を飲んでいる方は、使用を控えて下さい。併用すると下がりすぎます。
☆★ウバの水出しアイスティー 作り方★☆
1) 500mlのお水に、ウバのティーバッグを2個入れて、冷蔵庫で3時間抽出する。
2)出来上がり!
ウバ特有の爽快なメントールは、水出しで低温抽出することにより、ホットで淹れるよりは、まろやかな仕上がりに~。
「セイロン紅茶専門店ミツティ メルマガ
アレンジ部 部活レシピより」
※1リットルで作る時には、量を二倍にして下さい。
☆★適当サマープティング 作り方★☆
材料
小粒のいちご、ラズベリー、ブルーベリー、ブラックベリーなど、5カップ
砂糖大さじ3
蜂蜜大さじ1
食パン8~9枚(6枚切りぐらい? 耳は取る)
水1/2カップ
いちごが大きい場合は切ります。
1)フルーツを砂糖と合わせて、水を加え、鍋で五分ほど煮る。
2)食パンは半分にカット。
3)バットに煮汁を少し取り、パンをひたす。ボウルに隙間なくきっちり並べ、フルーツをどさっと入れ、余った上部を折り曲げる。
4)ふた用の食パン(ボウルに合わせて丸く切るのがベストだが、もう何でも)を乗せ、上から煮汁をまわしかける。
5)ラップして、重しをのせ、冷蔵庫で一晩冷やす。
6)出す時には、皿を当てておいて、えいやっとひっくり返して出す。切り分けてホイップクリームを添える。いちごに余りがあれば、飾りにする。ミントを飾っても。
適当に作っても、それなりに美味しい。
一応、ボウルは20センチのボウル。ない場合は、大きめのお椀を使ってみよう。
崩れてしまっても、切り分けてティーカップに入れたり、クリームを添えればOK。
ウバの水出し紅茶はサワヤカでした。