五月 夜明けには、赤い宝石のお茶を
五月。
バジルの種を撒いた。
ペリウィンクルがあちこちで花盛り。小鳥の歌声が楽しげに響く。チャイブには、ねぎぼうずの花がついた。ラベンダーに、薄紫の花が咲く。
そうしてムーンガーデンでは、溢れんばかりに咲き乱れる白いパンジー。細かな泡のように咲く、白いアリッサム。ガーデン中央に、青く青くあるロベリア。
夜には朧月がかかる。ぼんやりと霞む夜空に、滲むように輝く月。
暑くなったかと思うと、急に雨が降って寒くなる。体の調子もそれに振り回されて、どこか疲れ気味。
昨日、野いちごの花が咲いていた。
白くて小さな花。今年はどれぐらい、赤い実が採れるだろう。
朧月の元、ムーンガーデンは白く輝く。
ほのかに、歌うように、花の香りが漂う。
月光の元の静かな庭園。小さな箱庭。
どこかで鳥が鳴いた。
夜明け。夜の間に雨が降ったらしい。
朝もやが立ちこめていた。
肌寒い。
白く霞む世界の中で、ムーンガーデンの花々は、しっとりと濡れ、顔を上げている。
生命の美しさ。
力強さ。
そこにただあり、あり続ける潔さ。
儚い花々でできた庭なのに。伝わってくるのは、それ。
世界は薄明かりの中にある。太陽が昇ってしまえば、この静けさは消えてしまうのだろうが。
息をひそめ、足音を忍ばせて、野いちごの実を探してみた。
緑の葉が繁る中、身をかがめ、目を凝らす。
赤い、宝石のように輝く赤い実が。ひとつ。
一粒だけ収穫できた野いちごの実を見つめ、どうしようかと考える。
ジャムにはできない。一粒では。
お菓子にするにも、少な過ぎる。
「紅茶に入れてしまおうか」
いちごに合う茶葉は、何だろう?
水を汲んでケトルを火にかける。
キャンディか、ディンブラか。どちらも穏やかで、ブレンドをする時に使いやすい味の茶葉だ。ディンブラの方が少し、香りがフルーティで渋みが強い。
迷ってから結局、ディンブラを選んだ。ワイルドないちごには、こちらの方が良いだろう。
ティーポットとカップを温め、茶漉しももちろん湯通しして。茶葉をはかってポットに入れる。
小さな赤い粒を切って、薄いスライスを作る。三分の二ほどはつぶして、カップの中へ。グラニュー糖を、さらさらとかけておく。
ポットに勢い良く湯を注ぐ。これで三分。
さて、香りが出るかな?
葉が開いた。出来上がった紅茶を漉しながら、カップに注ぐ。
綺麗なオレンジ色。金色の輪が、カップにできている。
つぶしたいちごが、湯で温められて、香り立つ。いちご、いちごと主張するわけではなく。私はここにいますよ、と、控えめに言っているかのよう。
スライスしておいた分を、そっと浮かべる。
葉陰で見つけた、赤い宝石のお茶。
ムーンガーデンを眺めながら、くるくるとスプーンでかき混ぜて。そう言えば、いちご畑に住んでいる、小さなおばあさんの絵本があったなあと思い出す。いちごの季節になると、赤い絵の具をかかえ、地面の底から階段を昇って畑に出かけ、いちごに色を塗っていた。
朝もやが、ゆるやかに退いている。太陽の熱が、世界を温め始めた。小鳥の声がにぎやかに響き始める。
しっとりと濡れるパンジー。アリッサム。ロベリア。
今年初めて見つけた赤い宝石のお茶を飲みながら、青さを増してゆく空と、ガーデンの花々に。『今日も良い日であるように』とささやいた。
※ 『いちご畑の小さなおばあさん』著:わたりむつこ/福音館書店
食べ物を扱った絵本は、子どもの印象に残りやすいようです。他に私が好きなのは、たんぽぽのコーヒーが出てくる『た、たん』著:かさいまり/ひさかたチャイルド、にんじんのジャムを扱った『いいたくない』著:かさいまり/(『た、たん』の続編。でも絶版。残念)
※ ワイルドストロベリー(野いちご)
ワイルドストロベリーを種から育て、実がなるまで世話をすると、幸せがやってくる、という言い伝えがあります。市場で良く見かけるいちごより、粒が小さくて酸味があります。緑の葉の影に見つけると、宝石のように見える。
蛇苺と間違えないように注意。
※ ストロベリーティー
本来は半分に切ったいちごをつぶし、茶葉と一緒にポットに入れて蒸らし、香りを立てる。ここではいちごの粒が小さいので、そのまま全部、カップに入れて、最後に食べられるようにしました。
野いちごは粒が小さいので、スライスができない場合は、まるごと全部カップに入れてしまおう。