四月 桜の下のアンバランス
四月。
プランターに植えたラベンダーが、背を伸ばしている。ミントもレモンバームも、勢い良くしげり出している。去年植えたチャイブが、背を伸ばした。
ムーンガーデンでは、ロベリアが一つ、二つ、咲き始めた。アリッサムは少しだけ。パンジーは、広がる種類のものだったらしい。横ばいに葉を伸ばし、次々と花を咲かせている。
白の中に見える青。
青い花が見たいと思う時がある。気候が温暖になると、あちこちの庭で、赤や黄色、ピンクの花が咲き始める。心はずむ色彩は、見ただけでうきうきする。けれど、たまに。青い色の花が見たいと思う時があるのだ。
色鮮やかな春。それに迎合しない私は、天の邪鬼だろうか。
そうかと言って、赤やピンクが嫌いなわけではない。あちこちで咲いている、鮮やかな色の花々を見ていると、うれしい。
けれど、それでも。
青い色を求めてしまうのだ。
ベランダから目を転じると、ムスカリの青が見えた。あちらこちらに伸び始めている緑の蔓は、ペリウィンクル。あれも青い花だ。だが、咲くにはまだ時間がかかる。
風に乗って、桜の花びらがどこからか飛んできた。公園の桜が、そろそろ咲いているのだろう。
虫に根をかじられて、植物が駄目にならないように、虫よけ用の自然農薬を作る。にんにく唐辛子液。ひとかけらのにんにくをすり下ろし、唐辛子を一本、同じように細かく砕き、五百ミリリットルのホワイトリカーに二週間、梅酒のように漬け込む。それだけだが、これが効く。ローズマリーやミントといったハーブやドクダミ、みかんの皮を加える事もある。出来上がった液体は、そのままでは濃過ぎるので、水で薄めて使う。5ccほどの原液を4リットルほどの水で薄め、かけてやると、アブラムシも嫌がってつかなくなる。にんにくの匂いやハーブの匂いは、虫にとっては嫌な匂いなのだ。
雨が降ると流れてしまうので、繰り返して使わねばならないのだが。
じょうろに原液を入れ、ペットボトルではかった水を、どぼどぼと上から注ぐ。水やりもかねて、まいてゆく。
「プリンを作ろう」
水やりを終えると、唐突にそう思った。
「紅茶でプリンを作って、花見に行こう」
自分でも唐突だと思った。だが思い立つと、食べたくなる。生温かい、出来立てプリンの味を思い出す。
チャイ用の、スパイスが入ったマサラ紅茶の葉を取り出す。少し古くなっている。さっさと使い切ってしまおう。
鍋で湯を沸騰させ、茶葉を放り込む。しばらく煮てから牛乳を入れ、ちょっと考えてから黒砂糖を入れた。この香りと味がポイントになる。
弱火でくつくつ煮込む。マサラチャイの良い香り。ひと煮立ちしたら火を止めて、茶漉しで漉す。
ボウルに卵と砂糖。ああ、魔法のシロップが切れている。寒い日に、良く使ったからなあ。また作っておかないと。
卵を箸で解きほぐす。そこへ、少しさましておいた紅茶を混ぜる。急げ急げ。冷めすぎてしまったら、固まらなくなってしまう。でも泡立てないように。泡立ててしまったら、穴だらけのぼこぼこプリンになってしまう。それはそれで楽しいけれど、今日はなめらかなのが食べたい。
ざるで漉した方が良いのだが、面倒だったのでそのまま型に流し込んだ。後は蒸す。
「なにか、和風のものも欲しい……」
桜を見に行くのだし。
うーんと少し考えてから、国産紅茶の茶葉を探した。
出来上がったぬるいプリンを、ふきんで包んで籠に入れる。プリン自体が充分に甘いので、カラメルソースはなし。作っておいたサンドウィッチも、一緒に入れる。パンを切ってバターを塗って、チーズと刻んだチャイブをはさんだ。それだけ。適当。
保温もできる水筒に、国産紅茶を入れる。
ハンカチは持った。ティッシュも持った。
帽子をかぶって公園へ。
「うん。桜」
まだ満開には遠かったけれど、ぽつりぽつりと咲き出している花を眺めて、ベンチに座る。三分咲きと言うのだろうか。
これぐらいだと、花を見に来る人もいない。中途半端な時間帯だから、人の姿もない。いるのは一人、私だけ。桜の花も、公園も、私一人が独占している。
ちょっとした王様気分だ。
今日は、王様の休日。そういう事にしておこう。
サンドウィッチをがぶり。紅茶をぐびり。
そうして、メインの紅茶のプリン。
「この、なまあったかいのが良いんだよね」
冷やしておけば、もちろん美味しい。けれど、できたばかりの生暖かいこの味は。家で作ったものならでは。
渋みのない、ほんのりと甘い国産の紅茶。
それと一緒に食べる、スパイスの香る紅茶プリン。
「このアンバランスさがナイス」
国産紅茶は、和菓子を合わせやすい。いつもなら、干菓子や桜羊羹とかと、合わせただろう。
でも今日はあえて、エキゾチックなプリンに合わせてみた。
意外と味がケンカしない。
カラフルな花が、あちらこちらに見える。うきうきするピンクは、明日にはもっと増えるだろう。
「ロベリアも、明日はもう少し咲くな」
青い花も、明日にはもう少し増えるだろう。
うれしい時には、うれしい気持ちで。
そうしてうきうきした後は、クールダウン。
高揚するピンクと、落ち着かせてくれる青。
ひらりと蝶が舞っている。ああ、春だ。
全てのものが空に向かって上昇し始める、この季節。その中で青い花を探してしまうのは、バランスを取りたいから? アンバランスを求めているから?
どちらでも良い。だって、どちらも捨てがたい。
それで良い。それが良い。
異国を思わせる甘いプリンに、喉をするする通る、渋みのない紅茶。
ひらひらするピンクや黄色、赤やオレンジを見た後は、すうっと落ち着く青や水色。
そのバランスを。アンバランスを。
どちらをも愛するのが、私流。
※ マサラチャイ インド風の煮込み紅茶。アッサムの茶葉などに、シナモンやカルダモン、オールスパイスなどを加えている。ミルクで煮込んだものを茶漉で漉すのだが、エキゾチックで濃厚なミルクティーができる。(普通の茶葉と同じように紅茶をいれ、ミルクを加えても美味しい)。
☆★黒糖チャイプリン 作り方★☆
<材料> ココット6個分
水 20~30cc
茶葉(マサラチャイ) 大さじ1と小さじ1
牛乳 500cc
黒糖(細かく刻む) 50g
卵 4個(M)
砂糖 60g
<作り方>
1.鍋に水を入れ沸騰させ、茶葉を入れる。(茶葉が浸るくらいの水の量でOK)
軽くかき混ぜ、茶葉に水分を含ませてから、牛乳・黒糖を入れて弱火にかける。
2.鍋肌が少し沸騰するくらいひと煮立ちさせる。
たまに軽くかき混ぜて黒糖が溶ければOK!⇒煮立ったら茶葉は漉しておく。
3.ボウルに卵、砂糖を入れて泡立て器で混ぜる。
4.漉した茶液2.を、3.の卵液に加えて素早く混ぜる。
5.型に流し入れ、鉄板にお水を張り、160℃ 30分で蒸し焼きにする。
プリンの表面をスプーンなどで少し押してみてプルンとした弾力があれば出来上がり。
6.よく冷やしてお召し上がりください。
「セイロン紅茶専門店ミツティ メルマガ
部活レシピ 黒糖チャイプリン より」
※作中では国産紅茶と合わせましたが、メルマガではルフナ紅茶と合わせていました。
※いちごジャムを添えても美味しいそうです。