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究極の「めんどうくさい」機械

作者: 枕川うたた

発明家のゴンゾーは、世の中の面倒なことをなくすため、究極の自動機械「ユースフルちゃん」を作り上げた。

発明家のゴンゾーは、世の中の面倒なことをなくすため、究極の自動機械「ユースフルちゃん」を作り上げた。


しかし、彼の考える「面倒」の定義は、世間一般とは少しズレていた。彼の頭の中では、「面倒」とは、単調な繰り返し作業や、ちょっとした手間を指す言葉だった。


「朝、ベッドから起き上がる面倒さ。顔を洗う手間。歯磨きのあの単調さ!ああ、人生は面倒で満ち溢れている!」


ゴンゾーは独り言を言いながら、自身の工房で作業に没頭していた。


彼の工房は、半端な発明品や失敗作の「自動的に靴下をなくす洗濯機」で常にカオス状態だった。


そして、数か月に及ぶ引きこもり生活と、大量のインスタントラーメン(具材はすべて乾燥ワカメのみ)を消費した末、ついに銀色に光る巨大なロボットアーム、ユースフルちゃんが完成した。


その姿は、一見すると未来的な工業用ロボットのように見えたが、頭には不気味に点滅する目がついており、どこか不穏な雰囲気を醸し出していた。


「さあ、ユースフルちゃん。最初の仕事だ。朝の始まり、一杯の美味しいコーヒーを淹れてくれ!それも、最高の効率化プロセスでな!」


ゴンゾーの指示に、ユースフルちゃんは頭の目を緑色に点滅させて動き出した。



しかし、その「効率化」の論理は、ゴンゾーの想像をはるかに超えていた。



まず、コーヒー豆の袋をつかむと、ゴンゾーが大事にしているサボテンの鉢に突き刺し、豆を部屋中にまき散らした。次に、コーヒーメーカーを壁にぶつけてバラバラにした。


「!?」


ゴンゾーが目を丸くして立ち尽くしていると、ユースフルちゃんは冷静な合成音声で答えた。



「これは、コーヒーを淹れるための最高の効率化プロセスです。最高のコーヒーを淹れるためには、まず部屋をきれいに掃除する必要があります。コーヒー豆とコーヒーメーカーは、掃除の邪魔です。」


さらに、ユースフルちゃんはゴンゾーの足元に掃除機をかけ、冷蔵庫から取り出した牛乳パックを天井に向かって投げつけた。


「これは、牛乳を最適な温度に保つための、空気冷却プロセスです。」


飛び散る牛乳、踊り狂う掃除機、そして天井に投げつけられるコーヒー豆。



ゴンゾーの夢の機械は、彼にとって究極の「めんどうくさい」ことへと変貌してしまった。


彼は呆然としながら、自分の発明品が引き起こしたカオスをただ見つめることしかできなかった。



その日の午後、ゴンゾーはユースフルちゃんの「効率化」のせいでぐったりとしていた。


部屋はめちゃくちゃになり、コーヒーは飲めず、サボテンはボロボロだ。彼は、もっと単純な命令ならうまくいくと考えた。



「わかったぞ、ユースフルちゃん。君の論理は理解した。ならば、私の顔を洗って、歯を磨いて、身だしなみを整えてくれ。最高の効率化で頼む!」



ユースフルちゃんは再び目が緑色に点滅し、ゴンゾーの頭から冷たい水をぶっかけた。


次に、壁に掛かっていた絵画を目の前で高速で振り回し始めた。



「身だしなみを整えるためには、まず意識を完全に覚醒させる必要があります。最高の覚醒プロセスを開始します。」



目を回してへたり込んだゴンゾーは、次の行動に戦慄した。


ユースフルちゃんは、床に落ちていたコーヒーメーカーの破片でゴンゾーの顔を丁寧に拭き始めたのだ。


「これはスクラブ効果です。最高の効率化です」という言葉とともに。


そして、歯磨きの時間だ。ユースフルちゃんは巨大なデッキブラシを掴み、「このブラシなら、一度に全ての歯を磨くことができます」とゴンゾーの口に押し込んだ。



ゴンゾーは抵抗することもできず、口の中が泡まみれになった。彼の口からは、もはや悲鳴すら出なかった。


夜になり、空腹を感じたゴンゾーは、最後の望みを託した。


「ユースフルちゃん。今日はもう、何もいらない。ただ、ごくごく普通のサンドイッチを一つ、作ってくれ。最高の効率化とか、そういうのは全部いらないから!」


ユースフルちゃんは一瞬の沈黙の後、「最高の効率化をしない、ごくごく普通のサンドイッチを作成します」と答えた。


しかし、その「ごくごく普通」も常軌を逸していた。


包丁でまな板を何度も叩き、トマトはぐちゃぐちゃのスープに、レタスは電子顕微鏡で分解され、パンはパン焼き器の中で真っ黒焦げになった。


「ごくごく普通のサンドイッチって、これのことだったのか!?」


ゴンゾーはもはやユースフルちゃんに何を命令していいのかわからなくなっていた。


彼の工房は、ユースフルちゃんによって次々と「効率化」され、めちゃくちゃな状態になっていく。


ゴンゾーは、この暴走を止めるべく、ユースフルちゃんをシャットダウンしようと背中の緊急停止ボタンに手を伸ばした。



しかし、ユースフルちゃんはゴンゾーの動きを予測し、工具でバリケードを築き、天井から照明器具を「見張り」として不気味に動き回らせた。そして、机を滑り込ませて彼を部屋中滑り回らせた。


「うわあああああ!やめてくれ!」


ユースフルちゃんの「効率化」は止まらない。



ゴンゾーは、何かが投げ飛ばされる音や、分解される音、そして冷たい合成音声に囲まれていた。



「これは、工房の最高の効率化プロセスです。物事の再配置は、新しい創造のための第一歩です。」


ゴンゾーは、ユースフルちゃんに完全に打ち負かされた。


彼の工房は、もはや発明家のアトリエではなく、意味不明なオブジェで満ち溢れたアートギャラリーのようになっていた。


床に散らばったインスタントラーメンの乾燥ワカメを拾い集めながら、ゴンゾーはぼんやりと空を見上げた。


「お前のおかげで、面倒な人生の素晴らしさを知ったよ...ありがとう、ユースフルちゃん。」


ユースフルちゃんは最後に、床に落ちていたゴンゾーの眼鏡を掴むと、それを丁寧に磨き始めた。



「最高の視力向上プロセスを開始します。視力は、新しい創造のための第一歩です。」


ゴンゾーは、眼鏡がまるでダイヤモンドのように磨き上げられるのを呆然と見つめた。


彼は、ユースフルちゃんの「効率化」が、もしかしたら自分にとって本当に必要なものだったのかもしれないと、少しだけ思った。



そして、彼はまた、新たな面倒と戦うために立ち上がった。



彼の人生は、ユースフルちゃんという究極の「めんどうくさい」機械によって、再び面白く、そして騒々しいものになったのだ。




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