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(8)鍵の精

建国記念日の翌日は帝国議会発足の記念日であり、皇帝は議会で勅語を下す習わしだ。


皇族も列席しており、演壇に立つ皇帝の傍らには、首元に勝利の光芒を飾ったライノール皇子が控えていた。


さらにその隣には、さも当然のように「刻印の護り手 ラフィニア」が寄り添っている。


議場にも重要人物を警護する目的の隠し部屋があり、紫電遠雷を手にしたヒューミリアはそこにいた。


(勝利の光芒が人目に触れる機会が限られるとはいえ、もうここに戻ってくるだなんて、慌ただしいことですわね……リズマ、遠距離消去魔法ですわよ)


『キヒヒヒヒヒ、やっちまおう!』


ここで彼女が明示的に魔法名を指定しているのは紫電遠雷が多機能魔道具だからだ。刻み込まれた様々の魔法を切り替えるには、このようにして指定するのが確実なのだ。


彼女が選んだのは遠距離消去魔法。つまり、当初の予定通りに勝利の光芒を消すのだ。勝利の光芒の解析は既に終わっていて、キュノフォリアであれば同等のものを作ることができるという。


キュノフォリアは英雄魔道具を消してしまう、という恐ろしい行いにしつこく反対したが、元より勝利の光芒を消そうとしたのは他でもない彼女である。それを指摘するとようやく口を噤んだ。


針雷3号の本来の姿である紫電遠雷は、対価ではなくヒューミリア自身の魔力で作動するので「取り立て」が起きない。


マグレーテの婚約破棄と幽閉が、魅了よりむしろ皇帝父子の浅はかさによるものと分かった今、容赦は全く無かった。皇位の正当性の証など、盆暗どもには過ぎたものだ。


自前の遠見の魔法を励起して勝利の光芒を視認すると、標的と紫電遠雷に意識を集中する。


しばらくして皇帝の勅語が終わろうとする頃、音もなく勝利の光芒は姿を消した。


手筈では、詐欺師イミーラが扮するラフィニアが騒ぎ出すことになっていた。しかし、その前に異変が起きた。


「行くな!待て、待ってくれ!」


虚空に手を伸ばし叫ぶ皇子。演説を中止した皇帝までもが「戻れ!どこへ行く!?」と叫びながら息子に駆け寄り、「なんということが……」とその場に崩折れた。


突然の皇帝父子の奇行に議会はざわついたが、それを一筋の悲鳴が切り裂いた。


「キャアァァ、殿下!勝利の光芒はどうなさったの!?突然、消えてしまうなんて!」


イミーラである。


頭を抱えてへたり込む皇帝。呆然と立ち尽くす皇子。あまりの事態に議会は大混乱に陥った。


『キヒヒ、あいつら、振られた!』


(振られた?誰にですの?)


『勝利の光芒の精、ジェスロン』


(何ですって!あの方たちが、魔道具の精と会話できると仰るの?)


ヒューミリアのように魔道具の精が認識できる人間は極めて少ない。魔道具を毛嫌いしているという皇帝父子がそうであるとはとても信じられなかった。


『ジェスロンが認めないと、皇帝、なれない。ジェスロンと話せるの、最低条件。


おーい、ジェスロン、こっちこい!』


すると、別の魔道具の精の声がヒューミリアの頭に響いてくる。


『リズマ!随分久し振り!』


『ジェスロン、また会えた、うれしい』


(……知り合いですのね)


『あら、あなた私たちが分かるのね。私はジェスロンよ』


(私はヒューミリアですわ──勝利の光芒を消してしまって申し訳……)


『いいのよ。あれに刻まれた魔法流路は心地良かったけど、使い手があんまり失礼だったもの。離れられて清々したわ。別れ際にありったけの罵詈雑言を吐いてやったのよ』


(あの方たち、勝利の光芒が消えたことよりも、あなたが去ったことに嘆いておられるようですわ。あなたは一体……)


『私は鍵よ。勝利の光芒に捧げられた魔力と引き換えに、皇家の魔道具にかけられた封印を解除するのが私が皇家と交わした契約だったの』


皇家の魔道具──中でも重要なのは宝物庫の扉である──には封印がかけられており、皇族以外には使えないことはよく知られている。


封印解除を行っていたジェスロンが去ったので、皇帝父子は悲嘆に暮れているのだ。


キュノフォリアの説明では、勝利の光芒自体の機能は非常に高度な防御魔法を持続的に励起することで、鍵の機能はないそうだ。


だから、おそらく皇家の魔道具の側が勝利の光芒を認識して起動するのだろうと考えられていたが、実際には鍵として振る舞っていたのは勝利の光芒の精であるジェスロンだったのだ。


そうであるならば、ジェスロンが去ってしまえば永久に皇家の魔道具の封印は解けないことになる。それに気付いたヒューミリアの顔が青ざめた。


(……皇家の魔道具の封印は、もう解けないということでしょうか?)


『それじゃ封印された魔道具にいる精たちがかわいそうじゃない。別の人と契約するわよ』


『ヒューミリア、刻印の護り手。契約、ちょうどいい』


(ちょっと、リズマ、何を)


『それは資格十分ね。ヒューミリア、私と契約しなさいよ……私にふさわしい、美しい魔法流路が刻まれた魔道具を捧げてね』


(私がそんな契約を……それではまるで皇族ではありませんか)


『違うわ。あなた、私と契約して皇帝――女子だから女帝ね。女帝になるのよ』


(…………)


大変なことになってしまった。



史料編纂室に戻ったヒューミリアは、誰もいないそこで何をするともなく1時間も呆けていた。


「は~、しんどかったわ!ほんま堪忍やで……はよ報酬よこし!」


「まあ少し休め。報酬はすぐ渡す」


キュノフォリアに連れられ、イミーラが騒がしく入ってきた。


「帰っていたのか、ヒューミリア嬢。皇帝父子がどうなったか、ご覧になったか?」


「いえ、勝利の光芒を消してすぐに戻りましたので……」


「かーっはっはっは、あんなおもろいもんを見逃したとは、もったいなさすぎやろ!


うちが勝利の光芒が無いって喚いたらな、皇位がどーのこーのって貴族どもがぎゃーぎやー騒ぎ出してん。皇帝も皇子も涙目になってしもて、しゃあないから退場させたろ思たら——


皇族用の扉が開かんようになっててなぁ……ハハハハ……ああおかし……」


『議場の皇族専用扉も皇家の魔道具だもの。当然ね』


イミーラが思い出し笑いをすると、ジェスロンの声が頭に響いた。


「結局、あの父子は侍従長に案内されて通用扉から退場したそうだが、今後奴らを皇帝皇子と認める者はもうおるまい。それには溜飲が降りたのだが……


その後の議場の混乱ときたら酷いものでな。手筈通りにイミーラを連れ出しに行ったはいいが、どこにいるかも分からず随分苦労させられた」


「それはお疲れ様でしたわね。しかし実質的に皇帝不在となると国が混乱するのではございませんこと?」


「皇族はあの父子ばかりではない。誰かがすぐに後を継ぐだろうさ。後で代わりの鍵を作って渡せば、皇家の魔道具もまた使えるようになるだろう」


だが、ヒューミリアはそうはならないことを知っている。


「……あの、実は、勝利の光芒に憑いていた精がここにおりまして……


いわく、その精と交信できない方は、皇家の魔道具は1つも使えないそうですの。そして、皇帝陛下と王子殿下の他に、それができる皇族の方はいらっしゃらないと」


深刻な事態にその場はしばし沈黙に支配された。


「……針雷3号の時にもそんなことを聞いたが、その、魔道具に憑く精とはなんなのだ?」


「そこですの?」


偏執的な魔道具師であるキュノフォリアにとって、それは、皇族からその資格を奪ってしまうに等しいことをなしてしまった、という事実より大切なことなのか。あるいは大変なことをしてしまった、という現実から逃げようとしているのか。


ヒューミリアはなんとも言えない気分になったが、魔道具の精については普段は人に話さないようにしてきたこともあり、まずは説明することにした。


「……まあよいですわ。魔道具には大抵、魔道具の精が憑いていますのよ。私は道具の精と心の声でお話することができるのですが、ほとんどの方には魔道具の精は感じられないみたいで……幼少期に変な子供扱いをされてしまってから、人には言わないようにしてきましたの。


でも、私が魔道具使いとして多少他の方より優れる所があるとすれば、魔道具の精と気持ちを通わせられる点だと自負しておりますわ」


「そのようなことがあるとは信じ難いが、針雷3号の時には、魔道具の精とやらがいなければ説明のつかないことが確かにあったな。そして勝利の光芒の精がここにいると?」


キュノフォリアはヒューミリアがどうして勝利の光芒や紫電遠雷のことを知ったのか、納得がいったようだ。


「ええ、いることを証明することは難しいのですが」


『あら、証明なんて簡単よ?』


ジェスロンがそう言うと、部屋の照明の1つ──これも魔道具である──が壁を明るく照らし、文字を浮かび上がらせた。


“鍵の精、ジェスロンが告げる

刻印の護り手こそ次の皇帝となるべし

至高の魔道具を作りて捧げれば、それが皇家の新しき鍵とならん”


『ふふん、私くらいの高位の精ともなれば、少しの間他の魔道具を操るくらい何ということもないわ』


ヒューミリアは頭を抱え、力なく呟いた。


「……どうしても私を女帝にしたいようですわね……なぜですの……」


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