(7)詐欺師
「少し詳しくお話しいただけますこと?」
ヒューミリアの問いを受け、キュノフォリアは素直に語った。
そもそもキュノフォリアの主な仕事は、史料編纂室の装備品として、魔道具開発を行うことである。
魔道具というのは元来不便なものだ。刻まれた魔法以外は励起できないくせに使いこなしを要求する。特に、複数の魔法刻印を重ねて刻むと使用の難易度が跳ね上がるので、基本は単機能。しかも高価だ。
彼女は、使用者の魔力コントロールの巧拙に左右されないよう魔石をエネルギー源とすること、物理的なスイッチで魔法刻印をオンオフすることで機能を使い分けるようにすることにより、それらの問題を解決しようとした。
しかし、その参考にと、多機能魔道具の最高峰とされる紫電遠雷を借り受けようと皇帝サリオンに謁見した彼女を待っていたのは屈辱的な扱いだった。
「お前が言うような魔道具が作られたならば、さぞ、楽に魔法が使えるであろうな。
――そのようなものは人心を堕落させるに違いない。英雄魔道具の貸し出しは許可できぬ」
「お恐れながら、陛下。史料編纂室の仕事は隠密性が求められる特殊なものでございます。その特質に合う魔法を遣える人材は大変希少、魔道具により能力を補うことができれば、戦力の増強が容易となります」
「余に意見を申すか、身の程知らずが。おまえにはバガイアス公爵家の息がかかっておるから罪には問わぬが、史料編纂室の魔道具開発予算は半減としようではないか。さっさと下がるが良い」
皇子ライノールは、実演のために持ち込まれた試作品、針雷2号を床に叩きつけ、踏みにじった。
「このような無価値な道具に割ける予算など、あるはずもないわ」
そのあまりの仕打ちに不満を爆発させた彼女は、博物館に特別展示されていた紫電遠雷を不正な手段で偽物とすり替え、外装で包み隠して針雷3号を作ったのだという。
「……いくらなんでも酷いですわね。ご心中、お察しいたしますわ」
ヒューミリアが同情を向けると、キュノフォリアは少しだけ微笑んだ。
さらに彼女は詳細を問おうとしたが、そんな折、部屋に新たな人物が入室してくる。それを見た2人は会話を止めて畏まった。
「……これは、一体どうしたことですか?説明してくれますね?」
騒ぎによりメチャクチャになった史料編纂室。ヒューミリアが放った魔力の奔流は書架を薙ぎ倒し、資料を散乱させていた。
腕組みし、惨状にも動じず落ち着いて問うのは痩せぎすで長身の男。帝国軍の情報参謀で史料編纂室長のアロンプである。ヒューミリアが彼に会ったのは、着任時の挨拶と、脚を失った際の見舞いのたった2回だった。
「……申し訳ございません。私が魔力を暴走させたのですわ」
彼女は昔飼っていた犬が、部屋中にクッションの中身をまき散らしてしまった際に見せた表情を思い出していた。
(今の私の顔も、あんな感じかもしれませんわね……)
「この事態の原因は、元はといえば私が仕事に私情を挟んだことです。実は……」
キュノフォリアから一通りの事情を聞いたアロンプ室長は、ちら、と紫電遠雷を見た。そして、こう言って諭した。
「知っての通り、ここでは皆に可能な限りの自由裁量権を与えています。それは、曲者揃いのこの部署において、各自の実力を最大限に引き出すために必要なことだからです。
ですが、自由の代償として君たちに課せられた責任は大きい。今、何をすれば良いか分かりますね?」
「はい」
「ええ、分かりますわ」
その日、彼女らは史料編纂室の片付けと修繕に追われることとなった。
「嬢ちゃんもヤンチャしたなあ。惚れ惚れするようなブッ壊しっぷりだぜ」
「1週間も閉じこもっていたら、発散したくもなるよなあ」
「ひょっとすると、俺たちより強いんじゃねえの?」
「バカお前!そんなこと……うーん、これは、ないとは言い切れないよなあ」
気のいい戦闘員たちも手伝ってくれた。
「……俺は……なんでこんな……くそがあ……製薬中だったのによぉ……」
薬師のセリネまで駆り出され、何かの染みで汚れた白衣で箒を動かした。今回一番の被害者は、彼かもしれない。
何とか片付けの終わった部屋を検分したアロンプ室長は、キュノフォリアの降格を言い渡した。その結果、キュノフォリア、セリネ、戦闘員らを取りまとめるアヴィルネ斑が発足した。
ヒューミリアの訓練メニューには、懲罰を兼ねて戦技が加えられることになった。
(狙撃に加えて戦技訓練……貴族令嬢だった私は、どこかへ行ってしまったようですわね……)
◆
翌日。班長としての初仕事はキュノフォリアとラフィニアからの事情聴取である。史料編纂室に呼び出されたラフィニアに、ヒューミリアは問いかけた。
「ラフィニア様、単刀直入に伺いますわ。あなた、皇子殿下のことをどう思っていらっしゃいますの?」
ラフィニアは答えた。その態度は夢見る乙女そのものである。
「もちろん、お慕い申しております。あれほど麗しい方なのですもの」
「ラフィニア、いや、イミーラよ、我らの企みは全てこのヒューミリア嬢に知られてしまったのだ。最早取り繕う必要はない」
それを聞いたラフィニア、もといイミーラは表情と態度を一変させた。お行儀よくソファに座っていた彼女は脚を組み、頭を乱暴にボリボリと掻きながら吐き捨てた。
「チッ……なんや、バレてしもうたんか。」
そのあまりの豹変に、ヒューミリアは目を白黒させた。
「え、演技派でいらっしゃいますのね」
「まあな。うちの名前はイミーラ。詐欺師のイミーラっちゅうたら、業界じゃちいっと名の知れた存在なんやで?ま、これも偽名やけどな。
で、さっきの質問やけど、あれはまあ、ええカモや思うてるわ。キュノはんからもろた魔道具で魅了しとるとはいえ、こんなんチョロすぎやろ。
あんなアホが皇子やっとって、この国、ほんまに大丈夫なんやろか?」
「この通り、彼女は私が雇った詐欺師だ。これまでの彼女の行動は全て演技だったのだ」
「魅了の魔法はどうやって?」
「見てみい、これやで」
ラフィニア、もといイミーラは両耳にぶら下がった、やや大ぶりの魔石でできたピアスを軽く引っ張ってみせた。
「一方が魔法の駆動源、もう一方が魅了を維持するためのコアになっている。とはいえ、このサイズの魔石だから、励起できる魔法の強さはたかが知れている」
キュノフォリアの説明に左右の脚を組み替えながらイミーラが続く。
「せやから、魅了の足りん分はうちのテクで補おうという話やったんやけど、あの盆暗親子ときたらちょぉっと色目を使っただけで簡単に……」
ヒューミリアは呆れたが、聞くべきことはもう一つある。
「では、入学検査で検査魔法が通じなかったというのは?」
「そりゃ通じるはずあらへんよ。だって、うちは魔法なんてちっとも使えへんから、刻印っちゅうのも最初からあらへんねん」
確かにそれならば検査魔法に反応するわけがない。しかし魔法が使えないのに入学するとは大胆不敵である。
「じゅ、授業はどうなさっていましたの?」
「簡単な魔法が出せる魔道具を何個かもろてな、あとはうちの手品や。
まあそんなんよりキュノはん、もうバレたんやし、うちの役目は終わりやろ?魔法使えへんのごまかすん、結構しんどいんやけど」
「それを判断するのは、もはや私ではないのだ」
「ええ、この班の指揮権は、私が引き継ぐことになりましたの」
イミーラはヒューミリアをじっと見た。
「あんた、マグレーテはんの取り巻きやった子やな?覚えとるで。班長にならはったなんて、えらい出世されましたなあ」
「茶化さないでくださいまし。あなたに骨抜きにされてしまった陛下と王子殿下は、もはや国政を担うに値しませんわ。ですから、私たちの手で、玉座から転げ落として差し上げますの。そして、マグレーテ様の嫌疑を晴らして解放するのです。
イミーラ様、報酬はお支払いしますから、ご協力いただけますわね?」
「クーデターやんか、それ。ホンマに大丈夫なん?」
「室長は、“好きにやりなさい、紫電遠雷の威力、楽しみにしていますよ”、だそうですわ」
実は、皇帝父子の凡愚さに辟易している者はあちこちにいるのだ。この国は官僚機構がしっかり機能しているので国政が滞ることこそないが、トップがロクデナシなのよりも、まともな方がいいに決まっている。
ヒューミリアが持つ魔道具が英雄魔道具、紫電遠雷であることを一目で見抜いたアロンプ室長は、魔道具とその遣い手に何かを期待しているようだった。
「まじか~。こんなんに関わることになるなんて、勘弁してや、ホンマ……。うち、詐欺師やのうて、革命家になってまうん?」
「革命家なぞ、そもそも詐欺師と大差なかろうが」
キュノフォリアの冷たい言葉がその場に落ちた。
次回 鍵の精 7月5日20時投稿予定です