(6)覚醒
建国記念の式典に、皇子は確かにそれらしい首飾りを着用して臨んだ。ヒューミリアは一人で隠し部屋に潜み、それに狙いをつける。
しかし皇子の首元に光る緑の魔石、その神秘的な輝きを針雷3号のスコープに収めたヒューミリアは息を呑んだ。心音が高まり、背中を嫌な汗が伝う。
(キュノフォリア様から頂いた金貨で、あれの対価には足りるわけがありませんわ……)
彼女は不思議とその魔道具の存在感を大きく感じた。それは、彼女が無意識に知覚した、輝く魔道具に潜む精の強大な存在感から来るものであった。
あれを消さなければ皇子にかけられた魅了魔法が解けることはないのだと自分に言い聞かせ、トリガーを引こうとするが、不足する対価によって何を失うことになるかという恐怖で指が動かない。
『キヒヒ、おまえ、あれの価値、分かってる!』
(どういうことですの?)
『あれは、勝利の光芒!さっきの金貨、価値、全然足りない!』
リズマがとんでもないことを暴露した。勝利の光芒といえば王位継承者にのみ引き継がれるという秘宝のことではないか。そんなものが魅了魔法のコアにされているわけがない。
(なぜそのようなことをご存じなの!?)
『それは、おれが── 』
リズマの話を聞いたヒューミリアは針雷3号を下ろし、ワナワナと震えだした。
◆
キュノフォリアはヒューミリアが勝利の光芒を消去しないで戻ってくる可能性を考慮し、早めに姿をくらます準備をしていた。しかし、ヒューミリアは彼女の予想よりもはるかに早く戻った。
義足のコントロールにますます磨きがかかり、常人では不可能な速さで城の秘密通路を駆け抜けたのだ。ヒューミリアのワンピースの下では、それにはめ込まれた魔石が色を失い、魔道具全体が仄かな薄赤い光を纏っていた。
「あなたですの?!マグレーテ様を陥れた黒幕は!」
「乱心したか、アヴィルネ。マグレーテ嬢を陥れたのが私だとしたら、彼女を信奉する君をスカウトするわけがなかろう」
「あなたは!これが使える!都合の良い魔道具使いが欲しかっただけなのではなくて!?」
ヒューミリアは素早く針雷3号を向け、トリガーを引いた。目の前の黒幕を消せるのであれば、何を対価に捧げても良かった。しかし。
「それを調整したのは私だよ。私に向けても何も起きないさ──拘束せよ!」
史料編纂室にキュノフォリアの落ち着き払った声が響く。そして彼女が命じると針雷3号から蔦が生え、ヒューミリアを捕えた。
「うぐ、」
「ヒューミリア・アヴィルネ子爵令嬢、君は魔道具使いとして確かに卓越している。しかし、魔道具使いは決して魔道具師に勝てはしないのだよ」
針雷3号に埋め込まれた魔石が発する紫色の光が強まっている。魔石を魔力源に拘束魔法が励起されているのだ。蔓に締め上げられたヒューミリアは倒れ、呻きながらも恨みのこもった目でキュノフォリアを睨みつけた。
「……なぜラフィニア様を使ってライノール殿下を魅了したり、私に勝利の光芒を消させようとしたりなさいましたの?」
キュノフォリアの片眉がピクリと上がった。
「ほう、子爵令嬢に過ぎない君が勝利の光芒を知っていたとは意外だな。針雷3号とその脚を通して魅了魔法のカラクリに感付いていることは分かっていたのだが」
「通してですって!……盗聴魔法を仕掛けていましたの!?」
「君たちが魅了魔法のコアを探し始めたとラフィニア嬢から聞いて、皇子が苦情を言うよう仕向けさせたのは私だからね。君のスカウトにあたっては慎重に慎重を重ねるのは当然さ」
「それで私が真相に近付いたと知って、あんな物を狙わせたのですわね!足りない対価の取り立てで、私の命でも捧げさせようとでもなさったのでしょう!」
「命だなどと大げさな。対価が不足すれば、また君の体の一部が作れるだろう?
『皇帝は皇家の魔道具の鍵が選ぶ』などと言うが、その鍵が失われれば皇位の正当性も台無しになって一石二鳥さ」
ヒューミリアは呆れた。キュノフォリアは勝利の光芒の本当の価値を知らなかったらしい。それにいくら魔道具に傾倒しているからといって、また義足なりを作れるなどと喜ぶのは見境がなさすぎる。
「あれは初代国王陛下が魔王の封印に使った帝国の至宝、大金貨1枚程度の対価で到底釣り合うものではありませんわ!」
「……ばかな、あれが英雄魔道具だと?皇室魔道具の起動鍵に過ぎないと思っていたのだが……まさか、皇室でもそのことは失伝していたというのか……」
アトリアナ帝国初代皇帝であるダイガロンは、刻印の護り手と共に魔王と戦い、その功績で皇位に就いた。彼らが用いた魔道具は英雄魔道具と呼ばれ、ほとんど現存していないのだ。
ヒューミリアは驚くキュノフォリアに畳み掛ける。
「……それに……私は、あなたの、オモチャではございませんことよ!」
ヒューミリアが怒りを爆発させた、その時。
ガリガリガリガリ!
異音が響き針雷3号が砕け散った——そのように見えた。
そもそも針雷3号とは、キュノフォリアが不正に持ち出した英雄魔道具「魔杖 紫電遠雷」に後付けで外装と魔法刻印、魔石を取り付けたものだった。
ヒューミリアは魔杖本体に強制的に魔力を流入させて後付けの魔法刻印を焼き切った。そして、その捻くれた真の姿を解放したのだ。
「うっ……」
キュノフォリアは破片を浴びて咄嗟に袖で顔を守り後ずさった。
ヒューミリアは紫電遠雷に自らの薄赤い魔力光を纏わせ立ち上がった。義足からも同じ魔力光が漏れて足下を照らしたので、鬼か悪魔のような禍々しさである。
「……馬鹿な、どうやって魔力封じを……それに、針雷3号がどうして……」
「魔杖の精が教えてくれましたわ。これは勝利の光芒と対になる紫電遠雷──刻印の護り手の持ち物だと。そして、それを使いこなせる私こそが真の刻印の護り手だとも。
魔力が封じられたというのは、単なる思い込みだったのですわ。そんな私に魔力封じが効くはずがございませんもの。
あなたが作って下さったこの脚も、魔石の魔力はもう尽きていて、既に自分の魔力で動かしておりますのよ」
「……あり得ない、紫電遠雷の封印を解くとは……魔力封じが効かない、刻印の護り手……君がそうだとは……」
キュノフォリアはへたり込んだ。
「自分でも驚きですわ、私が刻印の護り手だったなんて。そしてキュノフォリア様、私はあなたのなさった事を、絶対に許しませんわよ!」
そして紫電遠雷をキュノフォリアに向けた。
「先ほど皇位の正当性をと仰りましたわね?あなたがこんなことをなさった、そもそもの目的は何ですの?」
「……私の魔道具をゴミと罵り魔道具開発の予算を減らしたアホ皇帝と、魔道具を踏み付けて壊したクズ皇子を罰するためだ。あれほど馬鹿にした魔道具に、親子揃って見事に操られおって……
巻き込んだ君たちには申し訳なく思うが、あの魅了魔法は、本来はあれほどの結果を引き起こすほど強力なものではない。マグレーテ嬢は皇子と引き離されて、かえって良かったのかもしれんぞ」
ヒューミリアは眉をひそめた。これは、話を聞く価値がありそうだ。
「私も皇子殿下から魔道具頼りだ、と貶されて嫌な思いをしたことがございますが……皇帝陛下まで魔道具嫌いですの?それに親子揃ってとは?」
「マグレーテ嬢が婚約破棄されて君たちも有罪とされたのは、あの皇帝が簡単に魅了にかかって、ラフィニアの歓心を買おうとするようになったせいさ。
私としては優秀なマグレーテ嬢という婚約者がありながら、いくら刻印の護り手とはいえ男爵令嬢に現を抜かすような皇子の評判を貶め、さらにラフィニアに手ひどく皇子を振らせて恥をかかせる計画だったのだ。
君たちがラフィニアの魅了魔法に気付いたようだったので、詮索を止めさせようと嫌がらせの容疑をでっち上げた。
それは悪かったが、マグレーテ嬢がいきなり婚約破棄されて幽閉されるような、極端な事態になるとは予想外だったのだ」
ヒューミリアは紫電遠雷をキュノフォリアに向けるのを止めた。彼女は黒幕かもしれないが、本当に悪いのは皇帝父子なのではないか。
「少し詳しくお話しいただけますこと?」