(4)キイ、カシャン
それからというもの、ヒューミリアは城に与えられた自室で塞ぎ込んでいた。
失神したヒューミリアを城へ運んだのは、貧民街でのミッションということで、安全確保のために配置されていた戦闘員たちだったという。
ヒューミリアが脚を失った顛末を聞いたキュノフォリアは、初め険しい顔であった。しかし、始めから「そういうもの」であったかのように先端が丸くなり、膝下で途切れたヒューミリアの脚を見ると目を輝かせ、散々観察したり、何やら道具を持ち込んで調べたりしはじめた。そして
「脚はなんとかする。しばらく自室にいると良い」
と言ったきり、1週間も姿を現していない。
代わりにヒューミリアの自室に訪ねてくるのは戦闘員たちである。彼らは脚を失ったヒューミリアに同情的で、親切だった。
「行きたいところがあったら、俺たちがどこにでも運んでやるぜ」
「腹減ってないか?これ食って元気出せ」
「バカお前、そんな小汚い干し肉食べるわけないだろ!ほら、俺なんてこうやって花を用意してきたんだぜ」
「お前その花どうしたんだよ?」
「そのへんでむしり取ってきた!」
差し出された花を苦笑交じりに受け取ったヒューミリアは、気がかりだったことを尋ねた。
「そういえば、あのとき取引現場にいた方たちは捕らえられたのでしょうか」
このところ、ヒューミリアは取引現場でのできごとを繰り返し思い出していた。それ以外のことを考えると、今後の不安で頭がどうにかなりそうだったのだ。そのうち、どこかで見覚えがあると思った、あの取引現場にいたメイド服の女――それを以前にアークネスト公爵家で見かけたことをおぼろげに思い出し、安否が気にかかった。
「取引?ああ、そういう場面だったのかい?」
「俺たちはあの教会に人が入らないように見張らされていただけで、それ以上のことは聞いてないからなあ」
「嬢ちゃんの魔法でその取引を阻止!とかやったわけ?かっけえなあ」
「バカお前、それで事故になったってのに!――ごめんなあ、こいつデリカシーってやつがなくてよ」
「ごめん、ごめん。安心しなよ、足なんて飾り」
「お前この野郎!それ以上口を開くんじゃねえ!」
(戦闘員の皆さんを連れていきながら、関係者を捕らえようとしないなんておかしいですわ。始めから文書の消去だけが目的だったということかしら?)
ヒューミリアに浮かんだ小さな疑問は、そのときノックもなくドアがバン!と開けられたため霧散してしまった。何かを小脇に抱えたキュノフォリアである。
目の下には濃いクマ、髪は手入れが行き届かずあちらこちらが跳ね、口元は気味悪く弧を描いている。女性として大切な何かを捨ててしまった、異様な雰囲気であった。
「できたぞアヴィルネ!君の新しい脚だ!!」
◆
それは脚力強化用のブーツ型魔道具を改造し、魔石による魔力供給とヒューミリアの脚との接続を可能にしたものだった。キュノフォリアは戦闘員を部屋から追い出すと、いそいそと魔道具を取り付ける。魔道具のこととなると見境がないようだが、貴族令嬢の脚を男性に晒してはならないという程度の分別はあるのだ。
「動かせるか、試してみろ」
ヒューミリアは目を閉じ、魔道具に意識を集中する。こうすると魔道具の精の声が聞こえるのだ。
『…………ぼくは、エジポンだ、ポン』
それは微かな声だった。控えめな性格のようだ。
(エジポン、私に力を貸してくださいまし。お願いですから)
魔道具に意識を向けると、はめ込まれた魔石が発する淡い光が少し強くなった。
「……いいぞ」
キュノフォリアは固唾をのんで見守っている。
足首の曲げ伸ばしをイメージしてみると、その通りに魔道具の足首も動いた。試しに座らされていた椅子から立ち上がろうとすると、
キイ、カシャン
と音を立てて魔道具が床を踏みしめた。どうやら立てるようだ。
しかし、立ち上がってみるとひどく不安定ですぐに椅子に尻餅をついてしまう。ヒューミリアは唇を噛んだが、キュノフォリアは大いに満足したらしい。
「素晴らしい!やはり君の魔道具使いとしてのセンスは桁外れだよ!なに、今すぐきちんと立てなくても問題ない。それだけ動かせるなら大成功だ!」
そして「どこでも出歩いて構わないから練習し給え。私はしばらく休む」と言い残して自室に戻っていった。
キュノフォリアが帰ったのを見て戻ってきた戦闘員たちに手を引いてもらい練習すると、1時間ほどで何とか転ばず歩けるようになった。
(練習すれば、また作戦行動に入れそうですわね。こんな体ではお嫁の行き先にも困るでしょうけれども、関係あるものですか。……それより、いいことがありますわ。折角、“どこを出歩いても構わない”と言われたのですもの)
◆
……キイ、カシャン……キイ、カシャン……
戦闘員たちに礼を言い別れたヒューミリアは城の貴賓牢に向かった。
ヒューミリアは普段、行動範囲を制限されている。皇子を恨んでいる節のある彼女が不意に皇子と遭遇しないため、ということになっているが、先ほどキュノフォリアにどこでも出歩いて良いと言われたから、普段は許可されていない所まで出歩いても構わないだろう。
金属音を響かせながらぎこちなく歩く姿にすれ違う人はぎょっとするが、史料編纂室の腕章をつけた者には自由にさせるという城の不文律のおかげで何も言われることはない。
牢の管理者にマグレーテに面会したい、と伝えると理由も聞かれず許可が降りた。
◆
「ああ、マグレーテ様、お会いできてよかったですわ!」
貴賓牢は、牢といっても貴人が過ごす通常の部屋と変わらない。毛足の長い絨毯が敷き詰められているので、金属製となった脚の音も響かないのは幸いだった。
「ヒューミリア様!どうやってここへ……?ああ、史料編纂室の腕章!退学になったと聞いていましたけれど、城でのお仕事ができることになりましたのね……良かった……」
二人はしっかりと抱擁しあった。
「お茶をお出しするわ。お座りになって」
マグレーテは手ずから茶を淹れる。
「屋敷から連れてきたルルがしばらく静養することになってしまって……代わりの使用人が来るまで私がやっていますのよ」
ヒューミリアの脳裏に電撃が走った。取引現場で見た女はマグレーテのメイドをしていたルルだったことをはっきりと思い出したのだ。動揺を悟られまいと平静を装い、尋ねた。
「それはご不便ですわね。一体どうなさいましたの?」
「あなたですから信頼してお話しますが、内緒にしてくれまして?」
「もちろんですわ」
「ラフィニア様のことで、父上にこっそりお手紙を書いてルルに持たせましたの。でも、あの子、それをなくしてしまったみたいで……挙げ句、お化けの仕業だなんて言って酷く怯えるものですから」
ヒューミリアは自分の血の気が引く音を、マグレーテに聞かれたのではないかと思った。
ルルが持っていたマグレーテの手紙を消してしまったのは自分に違いない。持っていた手紙が突然消えて、自分に向かって倒れてきた木材の束まで消えたのだから、お化けの仕業と思っても仕方ないだろう。
それにしてもマグレーテは一体何を手紙に書いたのか。自分がしたことに責任を感じたヒューミリアはおずおずと聞いた。
「私も自由に出歩いたりお手紙を書いたりできる立場ではありませんが、もしかするとアークネスト公爵に直接お会いする機会がないとは言い切れませんわ。
チャンスがあれば必ずお伝えしますから、お書きになった内容を聞かせてくださいまし」
「ラフィニア様の魅了魔法が魔道具で励起されている可能性についてですわ。
あの方の魔法、決してお上手とは言えませんでしょう?それなのに魅了魔法だなんて高度な魔法、かけ続けられるとは思えませんわ。ヒューミリア様も、使える魔法の数こそ少ないですが、遠見の魔法も気配隠しの魔法もとても洗練されていらっしゃいますから、だからこそ魔道具の使いこなしも素晴らしいわけですし。
魔法がうまくない方が魔道具を使えばうまく魔法が使える、などという話があるのか存じませんが……魔道具に詳しいあなたならお分かりになるのではなくて?」
ヒューミリアは絶句した。そんな魔道具を作ろうとしている者には――心当たりが、ありすぎた。
次話「魅了魔法」は2日20時投稿予定です




