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(3)文書消滅作戦

本話には、魔法の代償を描いたややショッキングなシーンが含まれます。不安のある方はご注意ください。

初仕事から数日後、書架に資料を戻しながら、ヒューミリアはイライラしていた。史料編纂室の薬師――セリネ・ミトモスのせいである。


「……作らせて……あんなに……無くしたぁ?……くそぉ……少ない……」


この陰気な薬師は、突然奇声を上げたり、呪詛のような独り言をぶつぶつとつぶやき続けたりする。ヒューミリアは少々、いや、相当、この薬師が苦手だった。


そこに現れたのは、キュノフォリアだった。


「ミトモス、その独り言をどうにかしろ。アヴィルネが気味悪がっている」


「私は気味悪いなんて……いえ、少しその、個性的な方とは思いますが……」


内心を見透かされたようで、ヒューミリアはバツが悪く言い繕った。


「アヴィルネぇ? ああ、アークネスト公爵令嬢の取り巻きだったという娘か?俺はなあ、アークネスト公爵には迷惑してるんだぁ。お前も関係者なんだろ? 不愉快だから寄ってくんな!」


あまりの言い草に、唖然とするヒューミリア。代わりにキュノフォリアがキレた。


「誰が貴様のような者に寄っていくか!お前のほうがとっとと失せろ!」



変人薬師を追い払ったキュノフォリアは、ヒューミリアを執務室に誘った。


(どうせこちらのお部屋に来るのなら、追い出す必要はなかったのでは……?)


苦笑したヒューミリアは、貴族令嬢の証ともいえる扇子を持ち歩かないようになっていたので、代わりに袖口で口元を隠した。


「さっきは済まなかったな。あやつ、腕は確かなのだが……ん、何かおかしかったか?」


「いえ、何でもありませんわ」


「?……まあいい。さて――幽閉されているマグレーテ嬢だが、秘密裏に外国へ輿入れさせようという動きがある」


「外国の良家とのご縁談、ということでしょうか?」


「それなら秘密にする必要はないだろう。これは彼女の固有魔法に目をつけた勢力による、実質的な人身売買だよ」


キュノフォリアの声が厳しさを増す。


「我々は今夜、そのための取引が行われるという情報を得た。アヴィルネ、君には取引現場に先回りして、メッセンジャーが持つ書状を消し、取引を阻止してほしい」


「どうしてマグレーテ様ばかりこんな目に……。分かりました。この仕事、必ずやり遂げてみせますわ!」



その夜。


ヒューミリアは城下の貧民街にある教会の屋上に身を潜めていた。


針雷3号をバイポッドで支え、伏射姿勢での待機。足を開き両膝をしっかり床に着けたその姿勢は、貴族令嬢として、膝射であった初仕事の時よりさらにありえないものといえた。


ストックに埋め込まれた魔石がぼんやりと紫色の光を放ち、手元をほのかに照らしている。


「来たようだ。アヴィルネ、準備を」


指示を受けたヒューミリアは、針雷3号のレバーを引いて開口部を露出させ、小さな銀の粒を一つ投入する。レバーを戻すと、魔石の魔力光が強まった。


魔石が変換魔法を励起し、銀の粒を対価として消失させたのだ。


スコープを覗くと、現場が明るく拡大されて映し出された。これも、魔石による魔法だ。


このスコープはキュノフォリアの左目の眼帯と細いコードで繋がれていて、視界が共有されている。


映し出されたのは、壊れた木箱に座り煙草をふかす浮浪者風の男。そこに、見るからにオンボロのマントをまとった小柄な人物が現れる。


(あの方、襤褸を着てはいますが……どうにも貧民という雰囲気ではありませんわね。周囲から浮いて見えますわ)


違和感の正体は、その姿勢の良さと、場違いなほどに健康的な身のこなしであった。貧民のふりをしているが、こういったことには慣れていないのだろう。


「あの女が持っている手紙がターゲットだ。確認でき次第、撃て」


女と男が二言三言交わし、女が白い何かを差し出した瞬間、ヒューミリアはトリガーを引いた。


『キヒヒヒ! 当たり! でもおまえ、対価の確認してない! 対価、足りたけれど、偶然!』


リズマが囃し立てる。


ヒューミリアは冷や汗をにじませた。咄嗟に撃ってしまったが、リズマの言葉通り、非常に危険な行為だった。


女は手紙が突然消えたことに慌て、後ずさる。浮浪者風の男がなだめるように動いたが、女はそのままボロ家の壁にぶつかり、マントがはらりと落ちた。


(……メイド服?)


それは貧民街には似つかわしくない、良家の仕着せだった。女はへたり込んで、泣き出したようだった。


「取引は潰したようだ。引き上げるぞ、アヴィルネ。準備を」


キュノフォリアが眼帯からコードを外しつつ指示する。


だがヒューミリアは、女の顔にどこか見覚えがある気がして、よく見ようとスコープをのぞいていた。――その時、視界の端で動くものがあった。


(危ない!)


女がぶつかったせいか、壁に立てかけられていた木材の束が崩れ、彼女に向かって倒れてきたのだ。


反射的にヒューミリアは再びトリガーを引いてしまった。


(しまった……!対価を装填していませんわ!)


“対価が多すぎる分には構わんが、不足すると無作為に適当なものを消滅させるからな……これはその実例だ”


キュノフォリアの言葉が蘇る。


『キヒヒ!またまた大当たり!!でもおまえ、学習しないやつ!対価、全然足りない!先に魔力、使った!取り立て、必要!』


(……あの方は助けられたようですが、魔法を先に励起してしまったから、代償として何かを「徴収」されるのですわね……)


取り立てられる対価が何かは分からない。


ヒューミリアは伏射の姿勢のまま、見える範囲で自分の身体を確認する。暗くてはっきりしないが、異常はなさそうに見えた。


「どうした? 行くぞ」


キュノフォリアに促され、立ち上がろうと一度四つん這いになる。その瞬間、ヒューミリアの背に悪寒が走り、心臓が早鐘を打ち始めた。


――右脚の感覚が、ない。


恐る恐る、自分のふくらはぎに手を伸ばした彼女は、短く「あ……」と呟いたのを最後に、意識を手放した。


史料編纂室に来てからの彼女は、目的のためならば貴族令嬢らしからぬ振る舞いにも一切の躊躇はなかった――だが、その倒れ方は実にお嬢様然としていた。


ヒューミリアの右脚。


その膝下から先は、血痕一つ残さず完全に消滅していた。

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