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(2)史料編纂室

退学処分を受けたヒューミリアは、寮で私物をまとめながら絶望に染まっていた。裁判はあまりに理不尽で到底納得できないものだったが、理由はそれだけではない。


彼女は、たった2つの魔法しか覚えられなかった学院の落ちこぼれだ。しかも、それらは消費する魔力が微々たるものに過ぎないのに、魔力量だけは人並み外れ――まさに宝の持ち腐れだった。


気配隠しと遠見の魔法しか使えない彼女を、心ない人は「覗き屋」と呼んだ。


そんな彼女を救ったのがマグレーテだった。わざと聞こえるように「覗き屋」とつぶやいてクスクスと嘲笑した者らを、扇子でビシリと指してこう言い放ったのだ。


「この方はみだりに人を覗いたりなさいませんわ!このアークネスト公爵家息女マグレーテが保証いたします。あなた方、何かご意見でもございまして?」


実はこの時が彼女たちの初対面だったのだが、マグレーテは陰口が大嫌いで、つい啖呵を切ってしまったのだという。


それ以来、何が気に入ったか彼女はヒューミリアに構うようになった。魔法がどうしても上達しないヒューミリアに魔道具使いの教師を紹介したのも彼女である。


そんなわけで、ヒューミリアはマグレーテのことを心の底から敬愛している。そのマグレーテが理不尽に婚約破棄され、幽閉されたことがどれほどヒューミリアを傷付けたかは、説明の必要もないだろう。


その上、彼女は魔法までも封じられた。魔力封じは催眠魔法の下で行われたのでそれ自体には苦痛はなかったし、元より大した魔法が使えない彼女には直接の影響は少ない。


だが、そのために学院への在学が続けられなくなり、マグレーテとの距離がますます引き離されることは痛手だった。


それに、訓練の結果、あり余る魔力を魔道具に流して高度な魔法を繰り出せるようになった矢先の魔力封じである。魔道具使いとしての道まで閉ざされてしまったことにも絶望を感じていた。



「ヒューミリア・アヴィルネ子爵令嬢だな。君をスカウトしに来た」


そんなヒューミリアを訪ねて来たのは灰色の地味なドレスにひっつめ髪、左目に眼帯をした女だった。


「私は帝国史料編纂室の魔道具師キュノフォリアだ。学院での君の成績は見させてもらった。君には魔道具使いの才覚がある」


「お誘いいただき光栄ですわ、キュノフォリア様。しかし私は魔力を封じられた身。お役に立てるとは思えません」


ヒューミリアは興味を示さず、泣き腫らした顔のままでその作業を続けた。


「そんな君におあつらえ向きの作品がある。この針雷3号は捧げた対価を魔力に変換して動作するから、使用者には魔力がなくても構わないのだ。


残念ながら並の魔道具使いではまともに扱うことができなかったのだが、君になら使いこなせるかもしれない」


その言葉にヒューミリアは初めて手を止め、訪問者に向き直った。


今の彼女にとって、魔力の必要がないというその魔道具は甘い誘惑そのものだ。しかし、そううまい話があるとも思えない。


「失礼いたしましたわ、ごきげんよう、キュノフォリア様。


優れた魔道具使いで魔法使いでない人などいないと存じておりますが、この魔道具、何の意味がございますの?」


「痛いところを突くね。私は魔力を持たない者が魔道具を扱えるようになることを研究しているのだが、確かに高度な魔力操作を強いるこの作品は失敗作だ。


しかし、優れた魔道具使いでありながら魔力を失った君にはおあつらえ向きだろう。さあ、手にとって見給え」


ヒューミリアは恐る恐る、ストック部分に薄紫色の大きな魔石が埋め込まれた狙撃銃型の魔道具を受け取った。


触れただけではっきりと分かる。複雑で精緻な魔法刻印が何重にも刻まれたそれは並の魔道具ではない。


さらに、頭の中に声が響く。


『キヒヒ、おまえ、強い魔道具使い、おれには分かる。おれ、おまえ、逃さない』


(随分強力そうな魔道具の精ですわね)


『おれの名は、リズマ。おれ、おまえの望むもの、全部消す』


ヒューミリアには魔道具に宿る精と意思疎通できるという秘密がある。どうやら、魔力を封じられてもその能力は失われなかったと知り、彼女は淡く笑みを浮かべた。


この魔道具の精、リズマは相当な力を持っていそうだ。強い精は強い魔道具に宿る。絶望に染まっていたヒューミリアの心に、少しずつわくわくとした感情が芽生え始めた。


それにしても「全部消す」とは少々物騒である。人を魂ごと消し去るかのような不穏さを感じた。


「確かにこれは相当強い魔道具のようですわね。どんな魔道具ですの?」


「遠方のものを狙い消滅させる武器だ。


手元のチェインバーに対価となるものを入れると、埋め込まれた補助魔石が変換魔法を励起してどんなものでも魔力に変換する。さらにその魔力で遠距離消滅魔法を励起する仕組みなのだ。


魔石から直接魔力を取り出して消費すれば、すぐに魔力が枯渇してしまうだろう。この針雷3号は、対価を魔力に変換するようにすることで画期的な効率化を成し遂げたのだ」


ストックの右側がレバーで開閉できる小箱になっている。それが「チェインバー」らしい。


そこに入れる対価は「価値ある物」であれば何でも良いという――希少な香料の瓶、金貨や銀貨、あるいは、彼女の髪の一房でさえ。


「凄まじい魔道具ですわね。何か適当なものを試しに消してみても?」


ヒューミリアはすっかり、この針雷3号を試してみたくなっていた。


恐ろしい武器であるが、その力を手にすればマグレーテを解放するための役に立つかもしれない。それに、失ったと思った魔道具使いとしての力を再び手にできることが単純に嬉しかったのだ。


「止めておき給え。あまり安易なものを狙うのは危険だ。標的と対価の価値を慎重に検討する必要がある」


「随分と使いにくそうな魔道具ですこと。それで、その価値の検討というのは?」


「対価が多すぎる分には構わんが、不足すると無作為に適当なものを消滅させるからな……これはその実例だ」


キュノフォリアが自分の眼帯を指差したのでヒューミリアはゾッとした。


「視力を失ったのではないからそんな顔をするな。まつ毛が全部なくなってしまって人目に晒せなくなったのだよ」


何ということもないかのように言うが、それは結構な重大事ではないか。ヒューミリアは不安をおぼえたが


『キヒヒ、おれ、対価が足りるか、教えてやる。おまえ、安心』


とリズマが言うので無理やり安心することにして、キュノフォリアに告げた。


「これで私に何をさせるおつもりか分かりませんが、条件がございますわ。幽閉されたマグレーテ様の解放に協力していただきたく思いますの」


「皇子に婚約破棄された令嬢だな。よかろう。だが、協力するのはあくまでマグレーテ嬢の解放にだけだ。皇子や刻印の護り手に復讐しようなどとは考えないことだな」


ヒューミリアは皇子やラフィニアを許せなかったが、それよりマグレーテの解放の方が大切だと思い直した。魔法を封じられ実家に帰るしかなかった自分がマグレーテの役に立てるならば是非もない。


「よろしくてよ。マグレーテ様の解放にご協力いただく限り、お仕事を引き受けましょう。何としてもこの針雷3号を使いこなしてみせますわ」


ヒューミリアはスカウトを受け入れ、史料編纂室――その実態は帝国軍の諜報と非合法活動を担う秘密機関である――の一員となった。


あの夜の皇子の暗殺阻止ミッションは、その初仕事だったのだ。


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