(10)義足の女帝
キュノフォリアが勝利の光芒に代わる魔道具を作り上げるのにはそれから2週間を要した。
勝利の光芒のレプリカはたった3日で完成したのだが、ジェスロンが(前と同じ魔道具なんていやよ)の一言で拒否したため、魔道具師の製作魂に火が付いたらしい。何やらとんでもない魔道具を作っている、と連絡ともいえない連絡が寄こされていた。
ヒューミリアは解放されたマグレーテや他の取り巻きたちと共にアークネスト公爵家に滞在していた。国政が混乱し危険な状況なので、公爵家に皆を避難させ、公爵家の私兵に加えて史料編纂室の戦闘員にも守らせているのだ。
「できたぞ、受け取り給え」
例によって寝食を忘れボロボロになりながらも、目だけは爛々とさせた異様な雰囲気のキュノフォリアは、アークネスト家の豪華絢爛な客間で輝く首飾りを差し出した。
『ヒューミリア、受け取りなさいよ。この魔道具、まあまあよ。気に入ったわ』
既に魔道具「暁星の律」にはジェスロンが憑いている。
「私に、女帝など……務まるはずがありませんわ」
ヒューミリアは受け取りを拒んだが、キュノフォリアが迫った。
「受け取り給え。そして私の魔道具が、皇家の魔道具の鍵になり得るのか確かめるのだ」
「何も私でなくても」
「ジェスロン様のご指名なのだ。他に使える者がいないのだから仕方あるまい」
押し問答をしていると、マグレーテが参戦した。
「ヒューミリア様、是非お受け取りになるべきですわ。
皇帝陛下が失踪された上、捕らえられたことで民の不安が極限まで高まっているのですよ。一刻も早く誰かが皇位に就いてこの国を安定させなければなりませんのに、皇家の魔道具を扱う資格のあるあなたが、その役目を果たさなくてどうなさいます?
私どもアークネスト公爵家があなたを全力でお支えしますから」
アークネスト公爵も鷹揚に頷いている。敬愛するマグレーテに諭され、ヒューミリアはとうとう観念した。
「マグレーテ様、キュノフォリア様、女帝になっても、きっと私をお助けくださいね、約束ですわよ……」
◆
城の大広間。かつてヒューミリアが勝利の光芒に照準を定め、撃つことができなかったそこで簡易的な即位の儀式が行われた。
本来ならば新たな皇帝が即位したことを国民に知らしめ、政治的空白が終わったことを強く印象付けるべきところだ。しかし、この混乱に付け込み、アトリアナ帝国と海を隔てたクリーグス国で挙兵の動きがあり、情勢が緊迫しているのだ。
軍人として最高の礼服を纏ったヒューミリアは、荘厳な雰囲気の中、大広間にもある、皇族専用の扉に手をかける。そして。
「解き放て」
『何ということをするの!』
淡く赤い光を放つ暁星の律に反応するように、扉が不思議な光を放ったように見えた。そして、その場にいた誰もが、どこからか歓喜の声を聞いたように思った。
彼女は、単に魔道具を作動させるのみならず、それに施された封印そのものを解除したのだ。皆が聞いたと思ったのは、長く縛られた軛から解き放たれた、魔道具の精の喜びの声なのだ。
「皆の者よ、皇家の魔道具の封印は、私が全て解除することにした。魔道具を使うために精を頼り、そのために幼い子供に刻印手術を強要するような歪なことは、もう、終わりにするべきですわ。
この封印を破れば、皇族を守る盾の1枚を失うことにはなりますが、私には心強い味方となってくれる皆が付いている。皇帝たるもの、人々の支持の上によって立つべきであろう。違いまして?」
貴族令嬢と皇帝の口調が混じった宣言だったが、皆、称賛の声を上げた。
「嬢ちゃん陛下かっけえ!口調以外!」
と叫んだ戦闘員、もとい親衛隊員1名を除いて。
◆
帝国西端の港町、エイウォックには帝国軍艦が集結していた。遠い沖にあるトゥルーバ島は既にクリーグスによって蹂躙され、略奪の限りを尽くされたのだという。
セリネに作らせた「緊張を解く薬」を飲み干したヒューミリアは、拡声の魔道具に向かって告げた。
「帝国軍総司令、皇帝ヒューミリア・アヴィルネですわ……コホン、ヒューミリア・アヴィルネである!
先帝父子の愚かさが招いたこの国の隙を突き、卑劣にも兵を起こしたクリーグス!それによって既にトゥルーバの同胞は全滅した。彼らの痛み!苦しみ!それを、何倍にもして敵軍に叩きつけるのだ!
征け!誇りある帝国軍の諸君!先陣を切る我に続け!全軍出撃!」
艦隊から凄まじい鬨の声が上がり、艦隊はトゥルーバ島方面へ次々と出発した。
「ああ、噛んでしまいましたわ……キュノフォリア様、例の準備は?」
「陛下、人前で様付けは……おっと、それどこではありませんでした。旗艦ネーリンガルの加速準備は完了。ですが、本当にこのような危険な作戦、よろしいのですか」
「私は新米の皇帝ですもの、実績の一つもなければ軍も国民も付いてきませんわ。それに、最大戦力になるこの紫電遠雷を生かさない手はございませんし……何より、あなたがお作りになったこの義足と暁星の律があれば、怖いものなしですもの」
◆
やがて敵艦隊が視界に入り、両軍が近づくと、旗艦ネーリンガルには「戦闘準備」「我に続け」の旗が掲げられた。そしてネーリンガルは他の艦を引き離し、どんどんと加速を始める。
キュノフォリアが突貫で完成させた魔道推進機関「赫速一陣」が作動したのだ。この機関には選ばれた魔法兵が複数人就いており、その魔力が推進力に変換されていく。魔道具に憑いた精を、ヒューミリアが説得した成果である。
「いきますわよ」
常識外の加速を続ける艦の甲板にヒューミリアが立つ。危険極まりない行為だが、予測だにしない速度で吶喊する艦に、敵軍は対応できていないようだ。
ダァン!
義足が甲板を蹴り、一瞬、艦が沈み込むほどの力で彼女が跳躍する。そして、敵艦隊を睥睨しつつ、虚空に足を据えた。
胸に輝く暁星の律。その機能はこのように、空中に見えない足場を作り出すことなのだ。
砲撃でもあったのかと身構えた敵の水兵が、空中に留まった人影を見て騒いでいる。魔法兵が火の玉を放ってきたが、距離がありすぎて届かないようだ。
(エジポン、ジェスロン、感謝いたしますわ。あれが敵旗艦ですわね……リズマ、遠距離投射魔法、派手にいきますわよ)
『キヒヒヒ、キーッヒッヒッヒ!』
紫電遠雷を敵旗艦に向けると、これまでに放つ最大の力に酔ったのか、リズマはけたたましく笑い始めた。その先端に薄赤い光が集まり、そして、莫大な魔力が奔流となって解き放たれる。
ピカ
それを見た人は、皆、海上に赤い光の柱が聳え立ち、空を裂いたのだと思った。
甲板から船底に至る大穴をあけられた敵旗艦は、何もできないまま沈んでいく。行き掛けの駄賃とばかり、近くの適当な艦の近くに投射魔法を放って水柱を上げてやると、敵艦隊は散り散りに逃げ始めた。
「はあ、はあ……さすがに、疲れましたわ」
ヒューミリアは激しい疲労を感じて膝をついた。
(ねえ、ちょっと、しっかりしなさいよ!)
ジェスロンが慌てるが、魔力が途切れ途切れとなり、暁星の律が作り出した足場がぐらつき高度が徐々に下がっていく。やがて2階ほどの高さで力尽き、そのまま海へと落ちた。
一度水中に消えたその姿は、しかし、すぐにまた水面に現れる。水に触れると自動で膨らむ、魔石駆動型の救命魔道具「天使の船」をキュノフォリアが持たせていたのだ。その姿は、水面に咲いた花に横たわる親指姫のようで、先ほどまでの雄々しい姿からは想像もできない、儚くも可憐なものであった。
敵の死傷者、捕虜は旗艦の乗員多数。味方の被害者といえば、ネーリンガルの船底で魔力を無理に吸い出され、干物のようにゲッソリとした魔法使い10余名、寝不足で倒れたキュノフォリア、そして、漂流し、敵兵が天使の船の花弁に大勢すがりつく、という異様な状態で救助された、ずぶ濡れのヒューミリアばかりであった。
◆
この一方的な勝利により、「義足の女帝」「淡紅の魔女」ヒューミリアの名は国内外に響き渡った。
たちまちその活躍は芝居となって上演され、吟遊詩人、紙芝居屋、小説家などにより脚色された。アトリアナ帝国は女帝ブームに沸いたのだ。その興奮は、戦勝記念式典を兼ねた戴冠式でピークを迎える。
彼女は戴冠の場に、大教会のテラスを選んだ。その周囲は詰めかけた国民がひしめき合い、万歳の声を上げ続けている。純白の衣装に身を包んだヒューミリアは大司教より冠を授かると、テラスの端に歩み寄り、国民に呼びかけた。
「国民の皆様、……皆よ、ただいま冠を授かった、ヒューミリア1世ですわ。……1世である!このように多くの皆様に囲まれ……ああっもう、私らしくお話しさせていただきますわ!
多くの皆さんに囲まれ戴冠への寿ぎを頂戴し、大変感謝いたしますわ。
子爵令嬢に過ぎなかった私、学院でも落ちこぼれで目立たない存在だった私ですが、多くの方々に支えられて、ここに立っておりますわ。微力ながら、この国のため、身を粉にして働く覚悟ですの。非力なわが身のため、皆様お一人お一人のお力添えを賜りたく、この通りお願いいたしますわ」
そして国民に向け、見事なカーテシー。しばらくして礼を解くと、
「この国に、女神の祝福がありますよう!」
と天に祈りをささげる。
最後はどこから取り出したのか、扇子で口元を押さえる淑女の仕草。
群衆からは地鳴りのような歓声が上がった。
その日、帝都に吹く風は、古き因習の埃を払い、義足の女帝ヒューミリアがもたらす新たな時代の始まりを告げていた。
(了)
読了ありがとうございました
後日談として「 水底の令嬢たち 〜婚活令嬢マグレーテの事件簿〜」もお楽しみください。




