5
虹彩もわからないような真っ黒な目の色。
セキくんの感情の読めなさはその目のせいもあるだろう。
目の色を変える、なんて表現があるけど。彼は感情が見えにくい人だ。
そう、思ってた。
「寂しい」
行き場の無い呟きが落ちた。
僕はそれに、何も応えられなかった。シャワーを浴びてからベッドに座り込んだ関の体や髪を向き合って拭いた後だった。
こんなに悲しげに告げられたのは初めてで、当惑してしまう。唐突過ぎてかける言葉も浮かばないし、何より少しの苛立ちがどうしても純粋な優しい言葉を塞いだ。
今僕が目の前に居るのに、という不満と
お前が言うのかよ、という鬱憤。
何も言えず、そのまま無視してしまおうか散々迷って、沈黙がどれくらい経っただろう。結局は僕の方から
「……どうして」
と どうにか、言葉を繋いだ。
「僕……僕が、何か、しましたか」
「……なにも」
何も?
「……本当に?」
僕のせいで泣いているんだとしたら
だとしたら、
……。
「本当に、しずちゃんは、なにもしてない」
「……それは、」
「好きだよ」
遮って繰り返す、その言葉。
さっきまで真っ赤だった顔も、身体も
既に蒼白く夜の闇に浮き上がる常の色を取り戻している。
「好きだよ。しずちゃんが好き。でも……しずちゃんは、俺のこと、好き?」
「はい?」
「しずちゃんは、云ってくれないよね……好きだとも、嫌いだとも、どうでもいいとさえ」
「……は?」
それを
お前が言うのかよ。
「行為はくれる、優しくしてくれるのは嬉しいよ。こんな俺でも一緒にいてくれるし、抱きしめてくれるし。この関係を壊したいわけじゃない。でも……どうしても……それが、俺の甘えでしかなくて、しずちゃんの負担になってるんだろうなと思うと……」
「……ちょっと待って」
ずっと目線をあわせようとしないその顔を強引にこっちに向け、「それって僕に好きって言ってほしいってことですか」と聞くと、また関の目から涙が落ちた。
「……だったら、どうなの
泣き止ませてくれるの?それとも
関係無い、煩わしいことかな」
僕が好きって言わないから……不安になって泣いた?
いや、……そういえば僕は 関に好きだと言ったことがあったっけ。
「しずちゃんが何考えてるか、俺には全然わからないよ。それでもいいと思っていたけど……初めのうちは。寂しいだけなら、しずちゃんに縋らなくても、って思ってた……だけどもう、そのことが辛くなってきたんだ会う度に、辛くて仕方無い」
それは僕にも覚えがある感情な気がした。
「しずちゃんは表情も変わらないし、ずっと丁寧語のままだし 俺に心開いてないんだなって、だけど一度……、一度中まで踏み込まれたら しずちゃんが居てくれないとずっとその場所が寂しいんだ」
……関は
いつも笑顔で、表情も変わらないし 何考えてるか読めなくて 寂しさを埋めるために一緒に居たから、それだけなら他の誰かにすり替わるかもしれなかった、初めのうちはそれでよかった。
だけど一度踏み込まれたら、彼が戻ってくる度に期待して その場所に繋ぎ止めておきたくて
――――…僕だけがいつの間にか、勝手に本気になってしまってた
僕だけ、だと 思ってた。
胸や咽がかあっと熱くなる。
気付くと力加減もなく抱きしめていた。
「しずちゃん、痛、」
「好きです」
「…… …ぇ」
「好き。関のことが好き。好きだよ」
聞き逃されたりなんてさせないように、しっかりと繰り返す。ついさっきまでの苛立ちが打って変わって、喜色が声に滲んでいるのが自分でもわかった。
想いを口に出来ること
それに、関が僕を想って泣いてくれたこと
何があってそんなに泣いているのかと思ってた、でも僕以外の奴に泣かされたならゆるせないけど、僕のせいなら、それなら、
すごく
嬉しい。
「大好き です。」
「……うん」
俺も、だいすき。
そう言う関の顔を見つめると、彼は目を細めてふにゃりと微笑った。
ようやく、……いつものように。
しかし。
好きって言われて
好きって答えて
ようやく一方通行じゃなくなったと思ったのに。
その翌日、朝起きたとき、関は隣にいなかった。
いつもと同じく……いなかった。
今日くらい本当に泊まって行けばよかったのに……と、思いながら
どこか、胸がざわつく。
「はあ」
いつからか癖になってしまった溜息が部屋に響いた。