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2週間に1度程度、多いときは週に2度以上。彼が僕の部屋を訪れる頻度は大体そんなペース。
ひと月近くも会えなかったのは初めてのことだった。
彼はいつも部屋の前で扉に背を預けて立っていたり、しゃがみこんでいたり。そのまま二人でどこかへ遊びに行くこともあれば、僕が料理を作って食べさせることもあった。
そして大抵、休日の前に会えた日の夜は部屋に連れ込んで抱き合った。
だから
金曜の今日、学校帰りに扉の前の人影を見つけて
泊まっていくと言ったら色々問いつめてやろうかと思っていた、のに。
「関く …っ!?」
「…しずちゃ、ん」
こっちを向いた
その瞬間に、
彼の目から涙が零れて。
もうそれだけで、すべてが頭の中から消えてしまった。
それは泣くというよりただ涙を流している、という印象で。
部屋に引っぱり込みベッドに座らせ向き合っても、嗚咽一つ漏らすこと無くこっちをぼうっと見つめてくる関の目からは、止めどなく雫があふれ続けていた。
自律した状態とはとても思えない。
そっと抱きしめてみても、いつもならすり寄るように応えてくる彼の身体は脱力してされるがままだった。
見慣れない彼のそんな様子に、僕は自分でも驚くほど落ち着いてた。会えない期間が一ヶ月で打ち止めになったことを心の中で安堵して、何ごともなく現れるよりも何かあった様子の関くんを見て。
「……関くん。どうしたんですか」
「…え?」
かすれた声。
色っぽい。
「何かあったんですか」
「別に、何も」「話してください」
語調をキツくすると、腕の中で肩が震えた。
「……しず、ちゃ ん」
「はい」
「しずちゃん……しずちゃん」
「……?」
目を合わせようと覗き込んだ、途端、関が顔をあげたかと思うと
勢いのまま唇を塞がれた。
がり、と歯がぶつかる音がして驚く。
「んっぅ、……」
いつもなら関はしつこいくらいゆっくり、丁寧に口腔内を舐め回すから、歯がぶつかるどころか息が苦しくなることも無いのに。
「……あ、ぁあ、ぅ…ぅっく、あ、…あ、あぁ…」
キスを離すやいなや、関の咽から嗚咽が漏れた。酷い泣きだ。まるで、
一番最初の夜、僕に縋り付いてきた時のような。
「しずちゃん、しずちゃん……好き、しずちゃん、おねが…っねが、い」
「……!」
好き と、言った。
必死にキスを繰り返して
弱々しい力で僕の服を掴んで
こんな泣き濡れてぐちゃぐちゃの顔、誰にでも見せるようなものじゃないよな?
「しずちゃん、しずちゃん……」
真っ赤な顔で見詰めてくる
「……なに」
「おねが…ぃ 慰めて…っ……」
「……———っ」
僕は請われるがまま、彼の身体を組み伏せた。
涙で興奮するような性癖は無い。どちらかというとつられて気分が落ちるし萎える。
だけど今の関に対してだけは違った。
彼が茫然自失していた状態から反動のように乱れ始めて、零れ落ちるばかりだった涙が軋む身体に絞出されるものへ変化して。
酷い興奮状態なのがこっちにまで伝わる。
優しく慰めたくても関本人がそれをゆるさない。
「……ぁ、もっと、もっとして…、」
ゆっくり慣らそうと負担の少ない後ろからしていたのに、僕の指にくわえて自分の指まで突っ込んでかき混ぜてくる。既にかなり消耗して見えたから挿入は迷ったのに、自分の身体と関の痴態に負けた。もういい。最後までしよう。
ふやけた指を引き抜き手を外させても、ぐずぐずになったそこは少し開いたまま。ゆっくり優しくと思って存分に濡らしたせいで、どろどろと液体がナカから溢れてくる。いやらしい。
身体を仰向けに返して、何の刺激も与えてない間もぐずぐず泣いている関を見る。
その原因も解決する方法も、僕は告げられてない。慰めて、と縋るなら、この行為で関の涙は止まるんだろうか。
でもそれって何の解決にもなっていないんじゃないのか?
なんだかあまりいい気分じゃ無い。
―――もっと泣かせてしまえばいい。枯れるほど泣けばスッキリするだろう。彼だってそれを求めてきたんだから。
前置きなく穴に押し当てると一気に腰を進めた。「……っあ゛、あ゛あ゛あ゛―――― っ」関が泣き叫ぶ。股がひどく痙攣して、身体はのたうって腰をかくかくと撓らせた。
呑込まれたナカが畝っていつもより深くまで誘い込まれる。イったみたいな締め付けなのに前は濡れてない、こっちも初めて経験する快感で数秒身動きが取れない、こうなったのは初めてだった、後ろだけでイッた? もう完全に性器だな。
「ぁ、かはっ……はぁ…っ」
「はー……動くよ」
「えゃ、ま、って……まだ、むり、あぁぁう、あ!あっ …」
焦らすように緩慢な動きだけでも、嬌声が鳴り止まない。
ヤダとかムリとか言いながら身体はそうじゃないことなんて、関はしょっちゅうだから、構わずに抽挿を始めた。けど、今日は本気でトびそうに見える。目の焦点合ってないし、口はひらきっ放し。喘ぎ続ける咽が長く尾を引いては掠れていく。
口付けて濡らすと長い舌が絡み付いてきた。
鼻に抜けた嬌声が僕の咥内にまで響く。
ビリッ と 爪を立てられた感触がした。
「ちょ、ちょっと。背中痛いです」
「んあ、そこ、そこきもちい、あぁ、ああ……」
「……っく」もたないかも。
本当にいつもと違う。態度、乱れ方、反応するところ。
いつになく素直で貪欲だし。
ていうか、今までこいつ本当に感じてたのか?演技だったんじゃ?じっとあえぐ彼を見下ろすと、目が合った。ひくっと下腹部が反応して震える。
赤くなった鼻も蒸気した頬も敏感な耳も悩ましげに眉を寄せた額も欲情したはしたない眼差しも全部、汗と涙で濡れている。
身体中。全部。
うわ 、
咄嗟に腰を引こうとした。だけど関に脚で腰を締め付けられ、くだけた下半身を揺らがせてそれを阻止される
ちょ、なにす……
「こ、の……やめ、」
「あ、あ、しず…しずか、」
「…っ!!」しずか。静。
呼ばれて、頭の中心がジンと痺れる。
初対面から呼び続けられた愛称じゃない、僕の本名。
そういえば、名前、「い、ち か」
「~~~~~っ…!?!!ア、ァあ、あ!」
「ぅ、っぐ…」関の力が抜けてしまった拍子に引き付けられていた体勢のまま、ぐり、とさらに少し押し入って、奥まで入り込んだ。
ビクっと反り返るように身体を撥ねさせ、はくはく呼吸を忘れた魚みたいに関の口がわななく。
目の前が熱くて、白く揺らいでる。堪えきれずに入れたまま吐き出した。
声もなくのけぞって露になった関の咽に腕を回して抱きしめ、波がおさまるまで覆い被さる。
「っふ、は……」
「……――――ッ、っ、…っ、…」
腕や腰に感覚が戻ってきて、詰めていた息を吐く。そろそろと身体を起こすと互いの下腹部が濡れていた。関も出したのか、よかった。
習慣になっているせいでつい換気したいな、と思ってしまいベッドから降りかけて
はたと関の様子をうかがう。
湿気って重くなったシーツへ溶け込むようにぐったりした身体。
ついさっきまで快楽に喘いでいた呼吸は、細くか弱く、規則的に紡がれている。
僕が腕を解いた反動のまま横向きに、汗で張りつく髪へ埋もれた顔。
「……関、くん?」
そっと前髪をよけながら、一応声をかけたものの、まぁ聞こえていないだろう。眠ってしまったみたいだ。
もう、涙は流していない。
……初めて、彼の寝顔を見た。