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IDLY  作者: 一碑
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僕の通っている大学は2年生からクラス制になる。他の大学ではあまり見かけないけれど、同専攻の25名前後がクラスメイトとして2名の担当教授のもとにつく形をとっている。

学生は希望する専攻の教授に名簿を提出することになっていて、先月までは事務で一括提出してくれる期間だったのを、僕はすっかり忘れていた。

教授の研究室まで足を運ぶ途中、黒髪で長身な青年とすれ違う。

「……!!」

僕は授業中しか眼鏡を掛けないから、裸眼の今すれ違った相手の顔は見えてない。

だけど、纏う雰囲気が、セキに似ている気がして

少し立ち止まってしまった。

そんなに広大なキャンパスじゃ無いから、同じ大学なら今まで見かけないわけがない。

他人のそら似にきまってるのに、つい目で追ってしまったのは、この頃彼と会っていないせいだった。

2週間に1度程度、多いときは週に2度以上。彼が僕の部屋を訪れる頻度は大体そんなペース。なのに先の長期休暇の間、彼は一度も姿をみせてない。6月の下旬、雨の降る日に訪れた、あれが直近で最後だ。

彼がいないうちに季節が変わってしまった。

……来てくれなきゃ、こちらから連絡する手段を持っていない。

どこに住んでいるかも、下の名前も知らない。どころか、「セキ」が本当の名前なのかもわからない。

このまま 疎遠になっていくんだろうか。部屋に帰っても彼が居ないことに落胆してるのか安堵してるのかもわからなくなっていく

自分の感情がわからなくなっていく

焦燥感が、彼のことを思う度に這い寄って

まとわりついてくる。 



「静くんはボクのゼミでいーの?」

「ええ。急用にも融通してくださるの有難いです」

「内容で決めてよー。まぁいいけどね、論文さえ書いてくれれば」

ぼやく教授はそう言いつつ笑っている。内容もそうだけど、個人としても僕はこの人がいい。そのことを口には出さず笑顔だけ返して、記名のために名簿を受け取る。

後半期開始から既に一月経っていたからか、記名枠はほとんど埋まっていた。

あまり例がないことらしいけれど、人数がひどく偏って定員超過したらどうするんだろう。なんて考えながら、ぼんやりと記入された名前を目で追っていく。あ、遣史郎もここ選んでる。やっぱりあいつもこの人がいいんだな。

「もう一人の教授って誰になるんです?」

「成田先生だよ。同じ文化人類学専門なんだよ。知ってる?」

「へー その人の講義取ってたかな…… …っ!?」

「もー要項も読んで無いの?ん、どうした?」

丁度指先が震えた瞬間を見られたようで、少し心配げに問われる。

誤摩化してもよかったけれど、逡巡の後に正直に名簿を指差した。

「この、学生の名前が…」

関壬慈。

「……知り合いと、同じ名字だった、もので」

僕の指した、僕の一つ前の名前を見た教授の笑顔が、少し変化した。

「せき、いちかくん。ね」

「イチカって読むんですね。珍しいな」

「ああ。名字が同じなだけでそんなに驚いたのかい?名前はともかく、関ってそこまで珍しいかな」

「まぁ、少なくとも僕が出会った関って人間は今までに一人だけだったものだから」

しかもさっき、似たような人を見たばかりだったから。

今日はなんだ、そういう日なんだろうか。関のこと考えずにいられないような、そんな日。枯れ尾花が幽霊に見えるみたいに、何だって彼に結びつくような。ほんの一時さえ忘れさせてもらえない。

僕はそんなに会いたかったのか。

教授は内心取り乱している僕には気付かないようで、ふーんと軽い調子で

「案外、その知り合いだったりしてね」と言った。

………。

……思わず苛立ちを表に出しそうになる、お門違いだ、教授は僕らのことなんて知らない、無神経でこんなこと言ってるわけじゃない。

でも 自分では打ち消していた可能性を、そんなに簡単に言わないでほしかった。

「……教授は……この関くんのことは、ご存知で?」

「知ってるよ。目立つ子だし、ちょっと変わった子だから」

「変わった?どんな人なんですか?」

疑惑の状態が一番キツい。いっそのこと意識下に引きずり出して、暴き立てて さっさと答えを知ってしまおうと開き直ることにする。

教授はうーんと考えると、

「容姿が一番印象的かな。イケメンで」

「イケメン」

「今時珍しいくらい真っ黒な長い髪でね。肌も真っ白で。日常風景の中で見ると圧が強すぎるから、芸能人かと思ったよー」

「…………」

なんてことだろう。ますます関疑惑が濃厚になった。

――――…そうだ、そういえば。

「その人、さっきここに来てました?」

「そうそう。名簿(これ)書いていった時。あ、すれ違った?」

「はい」

すれ違ったあの人は本当に関だったのかもしれない。いや、かもしれないじゃなくて、体格や髪型、雰囲気まで、似てるとは思ったんだ。

……どうして声を掛けてくれなかったんだろう。いやでも、向こうも僕が居るなんて思わなくて気付かなかったのかもしれない。セキと会うときは毎回僕の部屋で、向こうだって僕のことを何も知らないはずだ。

関は、ここの学生で

同級生、だったのか……

()()()()()()()()でしたか?」

「はい。おそらくは。……どうして、見かけたことすら無かったんだろう」

「関くんは滅多に学校に来ないんですよ。多分明日からまた来ません」

「……はああ?」

あきれて声をあげると、教授が今度は楽しそうに「来てほしいですか?」という。

「友達ですか?」

「……まさか。大嫌いですよ、あんなやつ」

「そうですか。珍しいですね静くんがはっきり嫌いと言うなんて」

名簿に結びつけられたボールペンをくるくると回しながら、教授は「あはは」と笑っている。

「大嫌いねえ」

「なんでそんなに楽しそうなんです」

「うん。いや、嬉しいのかな」

まるで祝杯のように教授は手元の水筒でカップにお茶を注ぎ、それを掲げてみせた。

「関くんは、誰かにはっきり嫌われたり、出来ない子でしたし

 静だって、誰かをはっきり嫌いと言うことなんて無かったでしょう?」

二つのカップにお茶を注ぐと、片方をこちらに差し出してくる。


僕らのことなんて知らないはずだけど、

僕らのそれぞれについて この人は知ってるらしかった。



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