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「何を考えてるの?」
「……」
ヤることヤッた後にセキをぼんやり見ていたら、笑いを含んで問いかけられた。
「……初めてキスした時を思い出してました」
「ちゅー」
そう答えたらキスを強請ってるとでも思ったのか、覆い被さって深く舌を絡めてくる。
……最初にしたキスを覚えてるのかと思うくらい、ずっとセキのキスは変わらずしつこい。
「今は目の前の俺に集中してほしいところだよねー」
「すみません」
「もう寝る」
なんだ急に。
……拗ねた?
「関くん」
「しずちゃんも寝なよ」
泊まると言って僕より先に眠ったことなどないくせに、明らかに不貞寝のポーズじゃないか。
これもわざとらしいと思うことだってできるのに、つい頬がゆるむような心地になった。そっと近付くと、セキの耳元に後ろからキスする。
軽く、触れるだけの。
「…………」「おやすみなさい」
ぱっと振り向いたセキに笑いかける。彼はそんなことで機嫌が直ったみたいに寝返りを打ってこちらを向くと、涼しげな切れ長の双眸をふにゃっと細めて、破顔した。
セキくんと出会ったあの日。
張り詰めていた気をゆるめたせいか、僕は翌日から高熱を出して寝込んだ。
セキは慣れていない様子で看病してくれて、熱は数日で下がり、セキとの距離も縮まる一方で。ひと月以上あのアパートで過ごした頃にはお互い色々と一線を越えてしまった。
体調が戻った頃に遣史郎が迎えに来てくれて、僕は彼の知り合いのツテで就職し社宅に住まうことができるようになった。高校中退とはいえ技術士の資格やら電気工事士の資格やら持っていたおかげでその会社では重宝された。三年かけてお金をためて、大検に受かり、翌年には大学に進学できて、
そして今。
元の会社をやめ、バイトをしながら一人暮らしを始めた僕の部屋に セキが訪ねてくるようになった。
未だにお互いの事情もよく知らないまま、ずるずると関係している。
寝ぼけた頭をかき混ぜて起き上がる。
「はぁ……」
カーテン越しに朝の光。少しでも安くと思って薄っぺらい布を買ってしまったせいで、朝も開ける必要が無い。やっぱり遮光カーテンにすればよかった。
特に今の時期は日が早いから 早朝から眩しくて……
……6月も下旬
あの時の雨も6月だった。セキに最初に出会ってから、もう5年も経つのか。
隣を見遣ると、案の定彼の姿はもう無かった。
出会ってから半年経つけれど、一緒に目覚めたことなんて一度も無い。泊まっていく、と言ったって、ただ日付をまたいでウチにいるという意味でしかない。彼が泊めてと口にする度、期待してしまう朝の虚しさといったら。……諦めがあるはずなのに、いつまでも風化する様子は無かった。
「……はあ」
寂しい。
起きたとき、隣にいたはずの相手がいないこと。
一緒にいる時は、あんなにも暖かいのに、反動となって襲ってくる孤独は以前より大きくなってしまった気がする。
僕だけが、本気なんだろうな。
――――… ごめんね、ごめんね、寂しかったんだ。誰でもいいから一緒にいてほしくて、君の孤独に付け入ったんだよ、ごめんね、見返りなんて求めるに決まってるじゃない、俺だって人間なんだからさ、誰かに傍にいてほしいと思うことがあるんだ。そんな時にしずちゃんが倒れてたから、恩を売っておこうと思っちゃったんだよ。だからお礼なんて言わなくていい、好きな時に出て行けばいい。ごめんね、でも、ゆるしてください……
ふっと 彼がいない時、思い出す。
僕の熱が下がって 行く当てがなくて でもセキと居る理由がなくなりかけていた時、彼が泣きながら、多分僕にうつされた風邪で熱を出した状態で、これを言った。
言葉と裏腹に縋り付きながら。好きな時に出て行っていいと言いながら、そんな状態のセキを僕が見捨てて出て行けるはずもないのに、……出て行けるはずもないって方向へ転がる引力でも働いてるみたいだった、……
僕は彼を抱きしめ返した。
そこから僕が、勝手に本気になってしまっただけだ。
「……はあ…」
あの言葉が、あの時の気持ちがセキの中にまだ 今でも、あったらいいのに。
セキにとっての誰でもいい誰かが、今でも僕だけだったら。
他の誰もセキには居なかったらいい。それが実際どうなのか、彼が普段どう過ごしてるのか、僕と居ない時彼がどうしてるのか、彼が誰なのか、何も知らないけど。
聞いてもはぐらかされてきた
彼自身の話も、僕との関係も。
好きなのに。
好きなのに。
寂しさばかり植え付けていく彼が
だいっきらいだ。
こんなに苦しいくせにどうにもできない、自分のことも。