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IDLY  作者: 一碑
12/12

10


1限終了の時刻になって秀十さんと分れ、2限は真面目に参加した。講義の後、知り合いと話しながら緩慢に立ち上がる学生を尻目に、さっさと出口へ向かってひらけた場所まで抜け出す。

 教室のドアが並ぶ廊下を通り過ぎ、エレベーターホールも通り過ぎて階段の踊り場まで来たところで、階下のエントランスから聞き覚えのある声がした。

 吹き抜けから顔を出し覗いてみると、眼鏡を外した見慣れた姿。

 聞き覚えの通り そこには関がいて

 声をかけようか迷ったけれど、向かい合う誰かが居るのを見て躊躇う。

 さっき半ば無視のような真似をしたばかりだし、僕は一対一でしか、関を知らない。どういう態度を取れば良いかわからなかった。他人と居るのに割り込む気にもなれない。

 知らないふりをして通り過ぎよう、と そのまま階段の続きを降り始めた、その時。

「…は……の?」

「……と…だよ…」

 莉亜くん?

 覚えのある声がもう一つ、聞こえてきた。

 僕の居る階段が死角になって相手が誰なのかは見えなかったけど、莉亜くんだったのか。遣史郎も一緒にいるのか?

 気になってもう一度視線を落とす。よく見たら窓から差し込む光で階下に二人の影が伸びている。遣史郎はいない……莉亜くんと関。

 随分近い距離で向き合っているみたいだった。

「じゃあ壬慈……遣史郎だって……じゃねえのかよ」

「彼は……。……も、莉亜も……ってる」

 会話に遣史郎の名前が出てきた。

 思わず足音を忍ばせて階段を降りる。一歩、一歩 二人がいる階段下に近付いていく

「秀十先生……みんな、森島くんも、俺も」

「どうしてしずちゃんのこと知ってるの」

「今も今朝もしずちゃんて呼ぶからわかった」

 ……僕?

 僕の名前も出てきた?

 いや、立ち聞きはよく無いんだろうけど

 直接聞くべきなんだろうけど

 直接言葉を交わしたところで、彼の気持ちも考えも見えた気がしない

 それなら目の前に僕がいない時に何を口にするのか

 知りたい。

「森島くんも親友なわけ?だから傷つけられてもゆるすって?」

「しずちゃんに傷つけられたことなんてないけど」

「じゃあ身体中の疵は何!?」

「愛の証?」

「はぐらかすなよ。誰とでも寝るくせに」

「酷いなあ」

 ……は?

 え?何?なんなんだこの会話

 傷、身体中の…… 誰とでも?え?

 

 確かに関は身体中に傷がある

 ――――服に隠れて見えないところに。


 莉亜くんと、関は、

「しずちゃん抱いたことなんてないし誰とでもなんてしないよ。すれ違う人全員としてたらそりゃ無差別だけどさー」

「関」

 まさか。

 まさかこの二人、いや、でも

「ふざけてないで、こっちは本気で……、お前が怪我をするのも、人を好きになるのもお前の勝手だよ。だけどお前が人の好きにされるのなんて嫌だ。そんな風に相手の顔色窺って萎縮してたことないだろ、自分のこと自分で決めれなくてどうすんだよ。好き勝手やってんのはいいけど最近のは違うだろ。心配なんだよ」

 莉亜くんが話す声に紛れて 階段を降りきった。

 そっと階段下を振り返る

「……!」

 関の表情からは笑みが消えて、長い前髪に隠れた目ははっきりと開かれていた。

 莉亜くんの表情は見えない。けれどどういう顔してるかなんて想像に難くない。真剣に話してた、むしろついさっきまで茶化すようだった態度の関が、笑顔のカケラすらないのが意外だった。

 二人は真っ直ぐ見詰め合って……睨み合っていて、僕が覗いていることには気付いていない。

「心配?どうして」

「……どうしてって……」

「親友だから?好きだから? ……ずるくない?そういうの」

「はあ……?」

「好き、を言い訳にするのはずるいよ。」

「言い訳なんて」

「言い訳だよ。好きだから傷つくな、傷付けられるな、なんて」

「だから前から言ってるだろ……自分を大事にしろ。お前は俺の大事な親友なんだぞ」

「やーだよ」

「はあ?!」

「莉亜が心配してくれるのは嬉しいでしょ?」

 やめられないなぁ。

 笑み。

 ああ、……莉亜くんの表情、見えていないけど きっと僕と酷く似てるんだろうな。

 結局、関はわらった。いつものように、不真面目に、茶化すように、優しげに。

 そんな風に笑われると 真剣なこっちが大げさなだけみたいに思わされて 虚しくなって 確かに些細なことかもな、なんて 想いを矮小化されていく

 関の方こそ、ずるいと、思う。

 優しげな素振りで受け流して 全部特別じゃないみたいに、取り合わずに

 その負荷を全部 相手に背負わせる。

「ずるいのはお前だろ……」

 莉亜くんのつぶやく声が、異様な程耳に響く。

「うん。ごめん」


 でも好きなんだろ、俺のこと?


 笑いを含んだ声。

 笑み。

 白い手が伸びて 莉亜くんの首筋を関の指先が撫でた。仕草も笑みも酷く柔らかなのに、硬質な人形にも、綺麗なだけにも、醜悪にも、見える

 ずるい。ずるい。

 酷い。

 二人の顔が近付いて、キスをする様子から、目がそらせない。

 逃げ出してしまいたかったのに、

 長い口づけの間

 瞬きすら忘れたように

 ぼんやりと、呆然とその場所で立ちすくんでいた。

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