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IDLY  作者: 一碑
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「……僕、嫉妬深いのかな」

 窓際の椅子に座って、外を眺めながら独り言のように呟く。

 滑舌もクソもないみたいな曖昧な発声で、相談したい態度じゃないな……と自分でも思うが、どうにも口角が重い。

「好きな人とみんなが仲良くしてたらイライラするなんてさ。嬉しいことのはずなのに」

「関くんのこと?」

 えっとフツーにバレてる?いやかまをかけてるだけ?

 今さっきの一瞬だけで察されたんだとしたらまだ誤魔化せるだろうか。

「ごまかそうとしなくていいよ。見てればわかる」

「……何を見たっての」

「静は弟みたいなもんだから、つい他の学生より深読みしたり、目がいっちゃったりしたりするんだ。……好きの反対は嫌いじゃないだろ。むしろ表裏一体。可愛さ余って憎さ百倍。静が嫌いって言う相手は特別だよ。さっきも妙に空気がピリピリしてるから何かと思ったけど、どうやら矛先が関くんなのは間違いなさそうだったし、静はああいう空気、苦手なくせに」

「なんだよやっぱそれだけじゃん」

「そうだよ。でも十分だろ?」

 そんなの。きっと秀十さんじゃなきゃ、気付きやしなかっただろう。間違い無くあの場に居た遣史郎や関本人が僕の内心を察しているとは思えないし、僕が誰をどう思おうと知ったことじゃないはずだ。莉亜くんにどう思われたかが少し気になるけど、踏み込んでくるほどの仲でも無い。「その他大勢」だ、お互いに。

 だから「相談」するなら、僕はこの人がいいんだ。

「秀十さん……は、男同士でもおかしいって思わないよね」

「思わない。ボクは研究する側だからというのもあるけれど。偏った目で見るわけにはいかないよ」

「……そう」

「静がそういった枠にとらわれない年齢になったのかと思うと、感慨深いねぇ。フェミニスト気取ってた時期もあったのに」

 少し笑いを含んだ声にどんな表情をしているのか気になって顔を向けてみると、その横顔はわずかに口元をほころばせていた。この人には恥ずかしい過去も全部知られているけれど、からかわれたことはない。

「男だから好きなわけじゃないよ。……女っぽいから好きなわけでもない」

「うん。静は、関くんだから好きなんだなって思うよ」

 ……。

 だから 関が「好きって言ってほしい」と知って、嬉しかった。

 僕の気持ちを受け取ってくれるんだと思った。セフレや駆引ではどうにもできない、物質的な繋がりから離れた部分まで、辿り着いたと思った。……あの時は。

 何もかもはぐらかされる曖昧な関係も、変わっていくと思えた。あの時は。

 好きだと言ったあの時は。

 だけど。

「実は、関とはもう半年くらい前から、それなりの付き合いはあるんだ」

「そうなんだ?」

「……気持ちも、伝えたけど」

 だけど。

「全然伝えた気がしない。関は前から好きって言ってくれる、僕も好きって言った、それだけで、何も変わらなかった。伝わってないんじゃないかとも思う、その方がまだマシだ」

 言葉、だけ 交わして

 結局は、他者にも見える共通の繋がり、駆引をなぞっただけ。

 彼本人を掴めた感覚は、無い。

 こんなことなら ……言わなければよかった。

「……虚しい」

「心を込めて言ったんですね」

「……そのつもりだけど」

「肉体関係からなだれ込むからそんなことになるんですよ?」

 うっ……

「なんで急に正論ぶつけてくんの」

「はは。ちょっとは吐き出せたかな?」

「まぁ」

 秀十さんから関の情報とか接し方のアドバイスでももらえないかと思ったけど、生憎この人はそんな本人の居ないところで暴露話をするような軽率な真似はしてくれなかった。

 秀十さんからなら関の話を聞いても妬かない気がしたんだけどな。

「はぁ……次の講義までまだ時間ありますし、ついでにもう一ついいですか」

「なぁに?」

「……秀十さんは悩み事相談されたらどうする?」

「えぇ?悩み事の相談の相談?」

 秀十さんは僕が相談をされた側だと、すぐに気付いたらしい。この人はカンも鋭いのだ。 

 ……関に乞われるがままだった自分の態度が、あれでよかったのか自信が無い。

 気持ちが通じた感覚が全然無い、のは あの時の自分の対応がまずかったんじゃないかと、話を聞いてもらって落ち着いた頭が、内省しておく気分になった。

「悩み事を打ち明けるときって、自分の気持ちを相手に、見せることになるものじゃ、ないんでしょうか。僕はそれで……この人はそう感じたんだ、って風に、受け取ったんですけど」

「そうだな。ボクは臨床心理とか、専門じゃないから、単純に昔馴染みとして親しみを込めて応えるけれど。……うん。その通りだと思うよ。抱えている気持ちを、無防備に晒すことになる。だからボクは、もし何か相談されても、解決しようとはしないようにしてる。今もね」

「……?どういうことですか」

 解決するためにもがいているから、苦しいんじゃないんだろうか。

「自分だけでどうにもならないから話したんだったら、解決しなきゃ、人に話す意味なんて…」

「そう思うのももっともかもしれないけどー。うーん。そうだな。相手の悩みを聞かされた側にはどんな変化が起きると思う?」

「聞かされた側?」

 つまり、僕があの時関に縋り付かれて、泣かれて、請われて

 感じたこと。

「……動揺、する。どうにかしなきゃ、って思う」

「どうにかしなきゃと思うのは、精神的な負荷だからじゃないかな」

 解決するというのはその重荷を降ろせと言っているわけだ

 一緒に背負うんじゃなくてね。

 と秀十さんは言った。

「相談してきた側は、その負荷を…抱えて来た重荷を、相手に差出しているんだよ。こんなものを抱えてしまって、辛いんだ、助けて、ってね。相談された内容に対して解決方法を投げ返すというのは重荷を半分受け取ろうとした状態から、突然手を離すようなもの。動揺して、でも動揺したくない受取手の心理が、解決策を見出そうとする。そんな重荷、一緒に背負えない、ってね」

 ボクの個人的な考えだけどね、と笑いかけられる。一緒に抱えて、一緒に悩む、共感的な仲間になるのが一番の支えなんじゃないか、ということだった。

 もし……それに当て嵌めるとしたら

 関はその負荷を、気持ちを、僕に丸投げしたんじゃないだろうか、と思えてしまう。

 同じ気持ちを共有した感覚になれなかったのは

 僕だけが、関に重い募らせてるような感覚があるのは

 相談して来た側が、むしろ泣き縋ったあの時に、

 僕にその想いを なすりつけていったんじゃないか

 ……

 解決にもならないセックスも 諾々と受け入れて泊めてしまうのも

 繰り返すほどに、あいつの持ち込む重い荷物が 僕の領域を占める。


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