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僕はあなたにとってどういう存在なんですか。
思わず聞いてしまってからすぐに後悔した。言葉に変換したらそれだけで立ち位置が固定されたように感じてしまうだろう。
彼はともかく、僕自身が。
対して彼の方はそんな僕の機微を読んだように「そうだねえ」とわざとらしいくらい明るく返す。
「愛人、とかどうよ」
笑み。
思わず目を逸らした。
真面目に答えてほしかったくせに、茶化されて安堵している自分が情けない。
「愛人て、浮気相手ってことですか。結婚してもいないのに?」
「やだなー愛人て愛する人、って書くんだよ。愛し合ってるぼくらにぴったりじゃない?」
笑み。
見なくてもわかる。
「まったく、すぐにそうやって誤魔化して」「誤魔化しじゃないよ」
……ああもう。
とうとう溜息が溢れた。
「……今日は泊まっていくんですか」
乱れたシーツを抱きしめたまま起き上がる気配の無い彼に問うと、「こっちを向いて」と言われ、
特に反抗する理由も無いので、枕元に座った状態のまま彼を振り返る。
傷だらけになった身体を晒して裸で横たわる青年。伸びた黒髪に恵まれた体格、僕よりも長身で筋肉もある。それに対して小顔な部類だから、余計に頭身が高く見えた。
顎のラインがくっきりとした輪郭に細い首。大きすぎず小さくはない目鼻立ち。顔だけ見れば、年齢不詳で中性的な雰囲気がある。
僕はこの彼の名前も知らない。知っているのはこの容姿と、「セキ」という呼び名だけ。
印象的な暗い目に僕が映り込むのを見詰め返す。
自分より長身の彼をこうして見下ろすのも随分慣れた。
それだけの回数、繰り返し肌を重ねてる。
「……帰れって言わないで」
「言ってません」
「……うん。泊まっていく。だから、一緒にいてよ」
「……」
シャワーを浴びるつもりだったのに差し伸べられた手に抗えない。請われるがまま布団に入る素振りを見せると、その手は脱力してシーツの上におちた。
とさ、と音がして
青白い手首が僕の指先に触れる。浮いた血管。表面に粒子を纏ったようなさらさらとした肌が、まとわりつくように僕の指を撫でた。
……いい加減わかってほしい、そういう仕草にどれだけ煽られることか。
「ねえ。しずちゃん」
彼はそんな愛称で僕のことを呼ぶ。
「なんですか」
僕はこの口調を、彼の前でも崩せないのに。
「もっと、愛してほしい」
「……」
「もっと欲しいよ」
「……」
「もっと ……」なあ。
「足りない」寝乱れた姿勢で脚を開いて 喉をそらす、だらしない格好。なんでそんなのがサマになるのか、彼の他の格好を碌に知らない僕が考えても無駄だ。挑発に反抗する理由も無いし、
そんな理性はもうとっくに捨てた後だった。