9 酔っぱらい騎士たちの花嫁談義
【セシル視点です】
パーティーが終わって、貴族たちも帰途に就いた。
すでに夜も深まっているが、大広間には隊長たちと、祝賀会の関係者が幾人か残っている。もう肩肘張る必要はない状況だ。残った酒を飲み交わして、和気あいあいとお喋りを楽しんでいた。
「それにしても、まさかの解呪だったな! おめでとう、セシル! お前の素顔、久しぶりに見たよ」
「ありがとう。しかし、なんで解けたのだろう? お神酒を被ったり、聖なる泉に浸かったり、色々試しても駄目だったのに、まさかあんな一瞬で……」
ハーゲン伯爵令嬢キャメロンは「愛の力」だと言っていたが、そんなもので解けるほど生易しい呪いではなかったはずだ。当人の俺がそう感じるのだから、間違いない。一体何が……?
歳の近い隊長二人が背中を叩いてきた。彼らは気の置けない友人だ。二人は貴族家出身なので、今回の凱旋祝賀会にあたって、元農民の俺にマナーを叩き込んでくれた恩人である。
「まぁ、何かしら神のご加護があったんだろ!」
「考えてもわからんことは、わからん! とりあえずカンパーイ!」
ウェ~イ! とか言いながら、彼らはテーブルに残っているワインの瓶を開けた。祝賀会ではビシッとして、いかにも威厳のある軍人ですという顔をしていたのに、今やただの酔っぱらいである。
「ところでセシル、例の褒賞の花嫁ちゃん――キャメロン嬢だっけ? ものっすごく可愛かったな!」
「いいよなぁ。なんでセシルだけなんだよぉ。クソォ~」
「お前たちは既婚だからだろう……。はぁ……。婚約、か。保留にしてもらうことはできないのだろうか」
「な~に浮かない顔してんだよ?」
友人二人は怪訝そうな表情を浮かべたが、すぐに「ははぁ~ん? さては」とニヤニヤ顔を向けてきた。
「さてはお前、花嫁とは別にパーティーで好みの女を見つけたんだろう?」
「なんか妙にソワソワしてたもんな。ず~っと周囲を見回してさ。キャメロン嬢を侍らせておきながら、女漁りしやがって。こいつぅ~!」
「違っ……! 違う違う! そんなやましいことは……! ……いや、違くはない……かもしれない。ちょっと……気になる娘を探してて……姿が見えなくなってしまったから……その……」
恥ずかしさが込み上げてきて、言葉を濁してしまった。二人はさらに興味深そうに食いついてきた。
「おお! まさかの図星! 誰を探してたんだ? 最初の方だけいた赤いドレスの巨乳ちゃん?」
「お前、実はセクシー系がタイプだったのかぁ。だったら、キャメロン嬢は守備範囲外だなぁ。うんうん、気が乗らないのも仕方ない」
「違うって……。俺は彼女の姉を探していたんだ。もう一度ちゃんとお礼をしたくて……。というのは建前で……もう少し話をしてみたかったんだ」
おやおやおや~? と、酔っぱらい二人のにやけ顔が迫ってくる。
自分も結構、酔っているのかもしれない。やたらと心臓がドキドキしているし、顔が熱い。さらには口まで勝手にまわって、余計なことを喋ってしまう。
「お、俺……可愛い系でも、セクシー系でもなくて……素朴で自然体な人がタイプなのかもしれない……」
この感情は、恋……とは、呼べないくらいの気持ちかもしれないけれど、胸が高鳴っているのは事実だ。いや、高鳴っていたらもう恋の域か? え? これは恋? 恋ってどういう状態だ?
俺は彼女に惚れてしまったのだろうか。自分でもよくわからない。なんせ思春期を過ごした戦場には男ばかりで、女といえば流れの娼婦だけ、という環境だったのだ。普通に女の子を好きになるって、どういう感じなんだ……!?
ぐるぐる考え込んでいると、二人が冷やかしてきた。
「かぁ~っ! 貴族令嬢、選り取り見取りだってのに、よりによって素朴系かい。もっと贅沢しとけよな~」
「これだからド田舎の農村出身者は~」
「なっ……! 農村民を馬鹿にするな!」
ふん、とそっぽを向くと、ごめんごめんと謝罪が聞こえてきた。
凱旋した騎士たちは王都の人々にもてはやされているようだが、実は出自が良くない者が少なくない。俺もその一人だ。
実家は貧しい農家で、自分の上には四人も男兄弟がいた。たまたま戦地が近くて、雑用の出稼ぎに出されたのが十歳頃のこと。そのうち戦力が足りなくなった時期に剣を握らされ、偶然、剣の腕を開花させた。そうして数年たち、いつの間にか隊長のポジションに据えられていた。
三年ほど前から魔物の動きが鈍り始め、ようやく統領の首を落として終戦。慌ただしく王都に呼ばれたと思ったら、今度は結婚の話を持ち出された。
俺ももうすぐ二十歳だし、適齢といえば適齢だ。が、花嫁が既に決められていたことにはビックリした。
最初は縁談を断ろうと考えていたのだが、周囲の話をよくよく聞くと、これは単純なご褒美などではなく、政略なのだと知った。
王家は有能な騎士が他国に流れないよう、国内の貴族と結婚させて、囲おうとしているのだ。褒賞とは名ばかりで、その実は命令。しかも王命だ。従う以外の選択肢は用意されていないらしい。
……でも、せめて相手を選ぶくらいの自由は認めてもらえたりしないだろうか?
おぞましい姿をした俺から目を背けず、優しい声を掛けてくれたエマ様。飾らない彼女の姿が心に焼き付いてしまって、どうにも落ち着かない。この高揚感、やっぱりこの感覚は……
「もし……エマ様にお相手がいなければ――……」
こういうお願いは誰に頼めばいいのだろう? 陛下? いや、まずは総隊長?
それより前に、目の前の二人に相談してみようかな。真面目に相談すれば真面目に取り合ってくれる、良い友人たちだから。