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7 呪われ騎士との対面

 未だ腰が引けているキャメロンの腕を引っ張って、有無を言わさず大広間へと連れていった。いつも強引に私に絡んでくるのだから、私だって今日くらい強引に連行していいでしょ、という気持ちで、二人一緒に広間へと入場する。


「ハーゲン伯爵家から、花束の贈呈です」


 祝賀会の司会進行役が声を響かせ、私たちは人々の前に出た。騎士たちの代表として受け取るため、セシルも前に出てくる。彼が歩くと真っ黒な呪いの煙が尾を引いていた。


 真正面に立つと、さすがに私の頬にも冷や汗が流れた。この見た目と、呪いの禍々(まがまが)しい瘴気(しょうき)には、やはり本能的に恐怖を感じる。キャメロンはもう怯えを隠さずに、私を盾にして後ろに立っている。


 集まっている貴族たちも戦々恐々といった雰囲気だが、陛下が見守っている手前、静かにしているしかない。けれど、そんな静寂も長くは続かなかった。


 私は意を決して、両手に抱えている大きな花束を差し出した。


「あなた様の未来の花嫁、キャメロン・ハーゲンからの贈り物です。……ほら、ご挨拶なさい」

「……キャメロンと……申します……」

「ええと、彼女はとても肌が弱くて、瘴気でかぶれてしまっては大変ですので、今は後ろに控えさせていただいております。婚前の身ですので、どうか無礼をお許しください」

 

 どうにかひねり出した言い訳だったが、上出来だと思う。並んでいる騎士隊長たちも納得した面持ちをしていて、咎めてくる様子はない。


 セシルは両手を伸ばして――煙で覆われていて見えないが、たぶん両手だ――私の手から花束を受け取ろうとした。


 けれど、その瞬間、花束がみるみるうちに枯れていったのだった。呪いの瘴気に負けてしまったようだ。鮮やかだった花は茶色に変色し、(しお)れて床に落ちていく。私も目をむいてしまったが、周囲も驚いてざわめいている。


「ひっ……」


 キャメロンは声にならない短い悲鳴を上げて、私の背中をドンと押した。私はまた盾にされた形だ。

 陛下もさすがに驚いたようで、目をみはっている。もはや会場内の動揺は止められない状況となっていたが、騒がしさの中で、蚊の鳴くような声がした。


「……すまない……怖い思いをさせてしまって……。せっかく用意していただいた花も台無しにしてしまった……本当に申し訳ない。綺麗だったのに……」


 セシルはやり場のない両手を宙に浮かせたまま、しゅんとした声音で謝罪してきた。心なしか背中も丸まっている気がする。


 見た目はおぞましいけれど……中身は思っていたより普通っぽく感じられた。こちらを気遣う言葉には、彼の人柄の優しさを感じられる。


 そう思い始めると、張り詰めていた気持ちがゆるんできた。

 このままじゃお可哀想だわ……どうしましょう……? と、庇護欲すら湧いてきた。


「謝罪は必要ありませんよ。陛下のお言葉にもありました通り、あなた様の呪いは護国の勲章です。どうかお気を落とされませんように。そうだわ、花束の代わりにこれを――」


 花が枯れて終わり、ではあまりにも後味が悪いので、私はとっさに自分の髪に飾っていた花細工を外して差し出した。


「こちらは造花ですので、瘴気にも耐えうるかと。ささやかな物で恐縮ですが……どうぞ。改めまして、この度は戦地からのご帰還、心からお慶び申し上げます。国をお守りいただき、誠にありがとうございました」


 花細工を差し出してお礼の口上を述べると、我に返った陛下が咳ばらいをした。それに合わせて人々のどよめきも収まった。


 セシルは手を伸ばしかけたが、躊躇(ためら)っている。


「お心遣いに感謝いたします。しかし、お受け取りするのは……あなたの手を(けが)してしまうかもしれないので……」

「大丈夫ですよ。ええと、私は肌が強いので」


 私には魔力と天使の加護があるので平気だと、ミシェが言っていた。けれどセシルは受け取ることを躊躇っている。彼の緊張を解くために、私は冗談を投げかけた。


「先日、部屋に蝶が入ってしまったので、とっさに素手で捕まえ、放り出したんです。手のひらが粉まみれになりましたが、少しもかぶれなかったのですよ。我ながら、可愛げのない強靭な肌で嫌になっちゃいますわ」


 そういう色気のないことをしてしまうところがおブスなんですよ、お姉様は。と、子供の頃から何度かキャメロンに冷やかされているが、私は虫を触れる女である。ゴキブリは無理だが、蝶くらいならいけるのだ。

 

「ふっ……、それはそれは。虫を触れるご令嬢がいたとは驚きました」


 セシルが小さく笑ったのがわかった。


「では、いただきましょう。ありがとう」


 ありがとう、と囁いた声が妙に耳の奥に残った。しみじみとした柔らかい声音が印象的だった。


 花細工を載せた私の手のひらを囲うように、セシルがそっと、黒煙に覆われた両手を添えた。あぁ、普通に人間の手の感触だ、と思った。


 そんな、のん気な考え事も束の間。


 手が触れ合った直後、セシルを覆い隠していた呪いの黒煙が、ブワッと一気に吹き飛んだのだった。



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