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6 祝賀会、控室での揉め事

「あぁあああぁはぁあああん……っ、嫌よ……嫌ぁっ……あんなの絶対に嫌ぁ……っ、はぁあああん……っ!」


 祝賀会の控室にキャメロンの泣き声が響き渡っている。


 凱旋パレードの後は王城での祝賀会だ。陛下も出席する改まった会の後、続けて歓談のパーティーが開かれる。各隊の隊長たちと、招待状を受け取った貴族たちのみが集まっている。

 他の大勢の兵士たちは、今頃、別の場所で気楽なガーデンパーティーをしているとのこと。


 私はさっきから、家族がいる控室と、祝賀会場の大広間とを忙しなく行き来している。

 大広間では玉座に座った陛下が皆に演説をしている。


「――長きにわたる制圧戦争であったが、四隊隊長セシル・アーベラインが、ついに魔物たちの統領を討ち取った。代償として戦地に漂う魔物たちの呪いを一身に受け、この姿と相成(あいな)ったとのこと。彼の呪いの鎧は(ほま)れであろう。護国の英雄としての功績を称える」


 厳かな雰囲気の後、拍手が湧き上がる。陛下がそう言うのなら……と、パレードでは悲鳴を上げていた貴族たちも、表面上は受け入れたようだ。内心はどうだかわからないけれど……。

 陛下の前に整列している騎士隊長たちの中で、煙の怪物――セシルの存在は、やはり異様であった。


 陛下の話を聞き終え、私は急いで控室へと戻る。


「陛下のお話が終わったわ。そろそろ出番よ、キャメロン」

「いやぁああああああっ……っ! どうして……っ、どうしてあたしなのっ、ああああああんん……っ」


 駄目だこりゃ。私は頭を抱えた。会の進行係の人たちも同じように頭を抱えている。キャメロンはこの後、大切なお役目を仰せつかっているのだ。が、本人がこの様である。


 魔物の統領を討ち取り、戦争を終結へと向かわせた大英雄――祝賀会の主役であるセシルに、花束を渡すというお役目があるのだ。褒賞の花嫁が未来の旦那様に花を贈るという、粋な演出のはずだったが、キャメロンが大泣きで拒否している状況である。


「嫌っ、絶対に嫌よあたし……っ! あんな不気味な化け物に近づけるわけないわ……! もし……もしも呪いが移ったらどうするの……っ!? あたしの身の安全はどうでもいいっていうの……! お父様っ、お母様ぁっ……」

「わかる、わかるわキャメロンちゃん! 怖いわよね……! けれど……」

「仰せつかったお役目なんだ、一瞬だけ頑張ってくれないかい? あぁ、クソッ……どうしてあんな姿に……話が違うじゃないか」


 父は人目もはばからず毒づいた。いつもはキャメロンに甘い両親も、陛下が出席する会となっては、娘の我儘には応えられない。


『いい歳したお貴族令嬢がギャン泣きかよ。いつも甘やかしてっからこうなるんだ』

「それは……そうね」


 キャメロンが泣いて駄々をこねて、その尻拭いはいつも私だった。聞き分けの良い長女。その役目をまっとうすることでしか、ハーゲン家の中で自分の居場所を確保することができなかった。妹は幼い頃から魔法が使えて、私は無才能だったから。


 けれど、さすがに今回ばかりはキャメロンに甘えは許されない。褒賞の花嫁はあなたであり、私ではない。代わりようがないのだ。

 私はそう考えていたのだが、キャメロンには関係ないようだった。


「お姉様……っ、お姉様が代わってよ! お姉様は元々病気なんだし、呪いが移ったっていいでしょう!? お願い……助けてよっ!」

「無茶を言わないで。お花を渡すのは花嫁のお役目でしょう? 突然、関係ない女が出てきても興覚めでしょうよ……」


 会の中でも最も華やかな場面なのに、顔もドレスも地味な娘が出てきたら残念にもほどがある。

 キャメロンは縋りついて泣き叫んだ。


「どうしてそんな冷たいこと言うの……っ! あたしは今までお姉様のことを何度も何度も助けてあげたのにっ……! お姉様は助けてくれないの……っ!? ああああんっ、誰も助けてくれないなら、あたしっ、死んでやるわぁっ! 気持ち悪い呪いに侵されるくらいなら、お花の毒を飲んで死んでやるんだからぁっ」


 キャメロンは魔法で毒花を作りだして両手で握りしめた。

 その瞬間、慌てふためいた父が私の頬をぶった。パァン!と乾いた音が鳴り響いた。


「いい加減にしろっ、エマ! 助けてやったらいいだろう! どうしてお前は優しくできないのだ! そんなんだから天罰を受けて病気になるんだ!」


 私は一瞬呆然としてしまったが、父の頭上を見て我に返った。


『テメェ、やりやがったな! 愚かな人間が! 天罰を受けよ!!』


 ミシェは巨大な白竜へと姿を変えて、牙の生えた大口を開けた。他の人には見えていないようだが、もう父の頭に噛みつく寸前だ。まさか首を齧り取る気……!?


 私は思わず裏返った声を上げた。


「待っ……!! わかったわ! わかったから! 私が代わります!! 英雄騎士様にお花を渡せるなんて、こんな光栄なことないわ! きっと人生の良い思い出になるわね!」

『なっ!? なんでだよエマ! こいつらには天罰が必要だろ!』


 私は小声でミシェをなだめる。


「せっかくのお祝いの会なのに、血生臭い殺人事件なんか起こしちゃ駄目よ……! それに、こんな状態のキャメロンにやらせたら、お相手の騎士様を傷つけることになるわ。騎士様は何も悪くないのだから……」

『わかったよ……エマがそう言うなら。ちぇっ』


 ミシェは少年の姿に戻り、むすくれた顔をした。


「ふぇ……お姉様、代わってくれるの……?」

「えぇ、私が花束をお渡しするわ」


 仕方ないから私がお役目を代わることにするが、一応確認はしておく。


「……ミシェ、呪いって触れたら移るものなの?」

『人によっては影響を受けるけど、エマなら大丈夫だよ。光の魔力を持ってるし、天使の加護だってあるからな』

「そう。じゃあ……」


 行くしかない。

 こんなことならもっと華やかなドレスを見繕ってくるのだった……という後悔はあるし、今しがた頬をぶたれて見た目が酷い……という恥ずかしさもあるが、心を決めた。

 

 長女としての、ハーゲン家での最後の尻拭いとさせてもらおう。この後のキャメロン絡みの面倒そうな事柄には、もう関わらないということも心に決めた。


 父は人格的に少々、難のある人間ではあるが、今まではどんなに激昂しても手は出してこなかった。それが今回、初めて破られた。

 その一線を越えて、私の中の何かがプツリと切れたのだった。簡単に言うと、「もうこんな家族、知らないわ!!」という気持ちになった。


 うん、これが私の最後の仕事。最後くらい、長女らしく命令させてもらうわ。


「キャメロン、花束は私がお渡しするから、あなたは隣に控えていなさい」

「えっ……あたしも行くの……!? お姉様が渡すならあたしは必要ないでしょ!?」

「私一人じゃ体裁が悪いでしょう。お役目をほっぽり出した()()()()って噂されてもいいの?」

「……え……? っと、今、お姉様……なんて?」


 勢いに任せて大胆な皮肉を口走ってしまった。ミシェの口の悪さが移ってしまったのかもしれない。


 まぁいいか。どうせ私はハーゲン家にとってお役御免の女なのだ。修道院に入ったら、両親も妹もほぼ他人。もう顔色うかがいをする必要はない。


『おうおう! 言ってやれ言ってやれ』


 誰よりも私のことを想ってくれる相棒だって、背中を押してくれてるし。



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