5 凱旋の英雄騎士
王国軍の凱旋パレードの日が来た。
王城前の大通りには、庶民から貴族まで大勢の人々が集まっている。高位貴族たちは壇上に用意された席に座っての観覧だ。
軍人たちが来るのを今か今かと待ちわびながら、人々は話に花を咲かせている。話題の主役はやはり、大手柄を上げたという英雄についてだった。
「なんでも、魔物たちの統領を倒したんだとか」
「有名な騎士家系のご出身ではなくて、現地で戦に加わったお方なんですって」
「じゃあ、誰もお顔を見たことがないわけだ」
「風の噂によると、類まれな美男だそうよ。それでいて強くて勇猛な騎士隊長って、物語の中の人みたいね。楽しみだわぁ」
そして続く話題は、褒賞の花嫁についてだ。
「ハーゲン伯爵家のご令嬢が褒賞の花嫁に選ばれたんですって」
「まぁ、なんという幸運! でもまぁ、あのお家のお嬢様なら納得ですわね」
「容姿も魔法もお美しい上に、ご病気のお姉さんを看護している健気な子なんでしょう? 幸せになってしかるべきだわ」
周囲の貴族たちのヒソヒソ話はしっかりとこちらまで届いている。キャメロンは澄ました顔をしながらも、ご機嫌な雰囲気が駄々漏れだ。両親も鼻高々で歓談している。
私は母の誘導によってキャメロンの隣に座らされている。素朴な容姿の私が隣にいると、相対的にキャメロンの評価が上がるので、つまりはそういう作戦だろう。我が子をより可愛く見せたい、という親心。うん、気持ちはわかるわ。わかるけども。
私は周囲の視線から逃げるように背中を丸めて、持ってきた本へと目を落とした。自分の新しい進路が決まってからというもの、修道院の暮らしについて予習しているのだ。基本は自給自足の生活らしいので、畑作についての本を買った。
「お姉様、何のご本を読んでいるの?」
「野菜の育て方の本よ。土づくりにお水のやり方、脇芽の摘み方とか、奥が深いわね。意外と面白そうで、楽しみになってきたわ」
「ふぅ~ん」
キャメロンがどんな表情をしていたのかは見ていないが、感情のこもっていない返事に聞こえた。が、彼女はパッと声音を変えて、私の手から本を奪った。
「あっ、ちょっと……!」
「お野菜なんて、あたしの植物魔法があればパパッと作れちゃうわ。お水なんてやらなくても一気に育てられるもん。修道院暮らしで食べ物に困ったら、いつでもあたしを呼んでね。たぁ~っくさん、お野菜を作ってあげるから」
『ふんっ。農家を馬鹿にしてんのか。魔法で作り上げた野菜は見かけだけだ。味は青臭くて酷いもんだぞ。植物の魔法を使う癖に、そんなことも知らないのかよ』
キャメロンは植物の魔法の中でも、花の魔法に注力してきたみたいなので、野菜に興味はないのだろう。野菜なんてパパッと作れる、なんて言っていたけれど、たぶん彼女は野菜の魔法を使えない。新しい魔法を修得するたびに、逐一自慢されてきた私が言うのだから、間違いない。
「見て見て! あたしの新しい魔法、すごいでしょう!? ところでお姉様は何か魔法を使えるようになったの?」という定型句は耳にタコができるくらい聞いてきた。
「あっ、見てお姉様! パレードの先頭が見えてきたわ! あたしのお婿さんはどこかしら? お姉様も一緒に探して!」
本を奪い取ったのは、私をパレードに集中させるためだったようだ。魔法の次は「お婿さん見て見て!」が始まるらしい。
ため息をつきながら、私も大通りへと目を向けた。
「……はぁぁ……。隊長のご身分だから、きっと他の兵士たちより立派な装いをしていると思うわ」
私もお婿さん探しに加わることになってしまった。ぞろぞろと行進してきた軍人たちに目をやって、釣書に描かれていた人物を探す。
「あ、あの馬に乗ったお方は?」
「髪のお色が全然違うわよぅ。もうお姉様ったら、ちゃんと釣書を見てくれなかったの? 英雄騎士様は黒髪で、琥珀色の目をしているのよ」
「はいはい……。でも、目のお色までは、ここからじゃよく見えな――……」
会話の途中で、突然「キャアアアアアアッ」という悲鳴が聞こえてきた。黄色い悲鳴と歓声ならさっきから鳴り響いているが、今度の悲鳴は恐怖の声音だ。
「え、何……!?」
思わず身構える私と、さりげなく私を盾にして隠れるキャメロン。悲鳴は徐々に大きくなり、その正体が視界に入った。観覧席の誰かが大声を上げた。
「なんだあれは! 魔物じゃないか!」
軍人たちの隊列の中に、真っ黒な煙の怪物が雑ざっている。手足の先から頭の先までモクモクとした煙でできている怪物――いや、人間の体に煙がまとわりついているのだろうか?
とにかく異様な怪物としか表現できない見た目で、顔も服装も、少しも判別できない。あれは一体……。
貴族席から上がる野次と悲鳴に対して、隊列の軍人の一人が反論の怒声を上げた。
「無礼な物言いはわきまえよ!! 彼こそがクローメア王国軍、第四隊騎士隊長セシル・アーベライン様である! 魔物を屠った呪いによりこのお姿となった! 上位貴族とて不敬は許さぬぞ!!」
ビリビリと響く大声の迫力に、貴族たちは静まり返った。そんな中、キャメロンが引きつった笑みを浮かべ、蚊の鳴くような震え声をこぼした。
「よ……四隊の隊長様は……ああいうお姿なのね。お可哀想に……。あたしのお相手は……別の隊の隊長様よね? ええと……お名前はなんていったかしら……。ね、ねぇ、お父様……釣書を確認してくださる……?」
呆然としていた父は、ギクシャクとした動きで鞄から釣書を取り出し、名前を読み上げた。
「……セシル……アーベライン……」
その瞬間、キャメロンは白目をむいて倒れ込んだ。
彼女のこんな酷い顔は初めて見た。寝ている時すら妖精みたいな可愛らしさをキープしている子なのに。
大慌てで父が抱き留め、母が介抱し、私は日傘を広げて周囲の目から隠す係となった。
『おお、なかなか見ないほどの男前じゃないか! 全身に呪いの鎧をまとった怪物男か。強そうで格好良いな! ご婚約おめでとう、白目の花嫁ちゃん!』
その場の皆が唖然として言葉を失う中、ミシェだけがケラケラと笑っていた。