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4 修道院送り

 父の一言をもって、私の人生設計は白紙にされた。


「私の婚約は白紙……? ですか!? 次の縁談のあてはあるのですか!?」

「あるわけないだろう! お前みたいな病人じみた女に需要なんてあってたまるか。まったく、何を期待しているんだ、はしたない娘だな」

「それじゃあ私は卒業後どうするんです!? ニートになれと!?」

「馬鹿言うな! 穀潰(ごくつぶ)しを家に置いておくわけないだろう! お前は修道院送りだ!」


 修道院。訳あり女の行きつく果て。貴族社会においては、これが暗黙の認識だ。唖然とする私とは対照的に、キャメロンは満面の笑みを浮かべた。


「まぁ! 素敵じゃないですか、お姉様。世のため人のため、修道院でお働きになるのね」


 母と父も彼女に続く。


「修道院での奉公、エマさんの素朴な雰囲気にはぴったりじゃない。あ、修道院への持参金は気にしないでちょうだい。ちゃんと我が家が出すから! ね、あなた」

「あぁ、それについてはまったく問題ない。我が家から褒賞の花嫁を出す代わりに、王家からそれなりに()()()を頂く予定だからな」


 なるほど、()()に目がくらんで予定を一転させたのか。我が家は由緒正しい家門ではあるが、財政状況は中の下くらい。パッとしない財布事情を打破するチャンスというわけだ。


「……キャメロンの縁談は賛成です。ですが、さすがに突然家を出ていけと言われるのは……気持ちの整理がつきません。そうだわ、事務仕事の補佐役として家に置いていただくというのは? この際、家庭を持つことは諦めますから」


 結婚し、夫を支え、子供を産んで育てていく。そんな普通~~~の貴族女性としての人生はこの際諦めてもいいから、せめて生活拠点だけは現状維持でお願いしたい。

 修道院暮らしとなると、生活様式が何から何まで一変することになってしまう。さすがに不安が大きすぎる。


「金が入ったら今より質の高い使用人を雇い入れる予定だ。お前の付け焼き刃の事務処理能力など必要ないのだよ」

「そんな……」

「お父様、そうなの? それはとっても安心です! あたしも余計なお勉強をしなくていいってことですよね?」


 キャメロンは「なぁ~んだ、よかったぁ!」と軽く言う。これまで余計な勉強とやらをしてきた私の立場がなさすぎる。


 三人の話題はキャメロンの婚約関係の話へと移っていった。

 ミシェが私の肩をポンと叩いて慰めてくれた。


『屋敷に天罰の雷を落として、何もかも消し飛ばしてやろうか?』

「ええ、お願い。……なんて冗談よ。家が消し飛んだら、使用人まで巻き添えじゃないの」

『じゃあ、妹と両親の脳天に雷を落としてやろう!』

「それも駄目よ……。キャメロンの婚約が破談になったら、我が家も王家も、お相手の騎士様も、みんなが残念な思いをしてしまうわ」


 色々と思うところはあるが……結局のところ、私さえ呑み込めば、すべてが丸く収まる話のように思える。


 王家が直々に美しい褒賞の花嫁を用意するのは、有能な軍人が他国に流出してしまうのを防ぐためだろう。王国の政略を台無しにしてはいけない。


 それに、お相手の騎士隊長も花嫁をもらうことを楽しみにしているに違いない。西方の戦地では、もう十年も前から魔物との戦闘が続いていたのだ。それが最近、ようやく落ち着いたとのこと。

 男ばかりの過酷な戦場からの、麗しの花嫁との結婚生活。さぞや心浮き立っていることだろう。


 さらに言うと、魔法の才能がない家門の恥さらしを、このまま家に置いておくのを避けたい、という父の思惑もわからないでもない。自分の意志で魔法を隠している私が噛みつくのも、筋違いのような気がするし……。


 う~ん……。やっぱり、私が頷くしかない流れよね……。


 小声でヒソヒソ、ミシェと相談していたら、三人が怪訝そうな顔をして私を見ていた。


「もぉ、お姉様ったらぁ。また独り言の発作が出てるわ。……やっぱりお姉様は修道院に行くのが一番かもしれないわね。あたしのお婿さんにも病気が移ってしまったらって思うと心配だし……。それに、もしも赤ちゃんに移ってしまったら、もっと大変だもの」


 キャメロンはキュッと胸に手を当てて、はわわ……と心配そうに眉尻を下げた。父に小言を言われる前に、私は急いで謝る。


「あぁ、ごめんなさいキャメロン。そうね、せっかくの新婚生活のお屋敷に、姉がうろついていたらお邪魔だものね……。うん、わかったわ。私は修道院に身を移します」

「うむ。物分かりがいいところだけは、お前の褒められるところだな」


 うんうん、と両親が機嫌良く頷き、キャメロンが花のように笑った。


「お姉様の分まで、あたしが幸せになるからね。修道院に行っても、毎月お手紙を出すから!」


 毎月、惚気が届くのか……。遠い目をしているうちに、三人はまた楽しい話題へと戻っていった。

 

 王国軍の凱旋パレードは、二ヶ月後の予定だそう。「祝賀会があるから、キャメロンのためにとびきり素敵なドレスを仕立てないといけないな」なんて話をしている。ついでに両親も新しい服を仕立てるらしい。


 わかってはいたけれど、私のドレスへの言及はなかった。修道院行き女に新しいドレスを仕立てても仕方ないものね。


『まぁ、いいじゃないか、修道院暮らしも。こんな家に縛られるより、よっぽど気楽だと思うぜ』

「……そうかしら?」

『そうとも! 畑を耕して野菜を作って、大地の恵みを神に感謝してさ。祝日にはバザーなんかに参加して。素朴で素敵な暮らしじゃんか。エマに向いてるよ。きっと幸せな生活になると思うぜ』

「天使様のお墨付き、かぁ。うん、あなたがそう言うのなら、希望が持てそうだわ」


 ミシェがニカッと歯を見せて笑う。彼の笑顔を見ていると、不思議と前向きになれる。さすがは最強のサポーターだ。

 

 

 

 それから凱旋パレードの日まで、キャメロンと両親は特注ドレスとジュエリー、礼服の仕立てに奔走していた。暇な私は本を借りて、修道院暮らしについて予習するなどしていた。


 王国軍の凱旋イベント準備に押されたのか、学院の卒業式が例年より小規模に終わったのは、私にとっては唯一良い出来事だった。



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