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3 婚約解消と妹の縁談

 その日の夕食の席でもキャメロンは絶好調だった。


「あたしは一番得意なお花の魔法を披露したのよ! お花を舞台一面にふわぁ~っと咲かせてね、みんな『綺麗! 可愛い!』って言ってくれたのぉ! うふふっ、お父様とお母様にも見せたかったなぁ」

「さすがキャメロンだな。父として鼻が高いよ。お前はハーゲン家の誇りだ」

「とても素晴らしい発表会だったのね。保護者も参加できたらよかったのに。お花の妖精のようなキャメロンちゃんの姿をこの目で見たかったわ」


 今日の出来事を笑顔で語るキャメロンに、父と母も心底楽しそうに相槌を打つ。この光景自体はいつものことだが、今日は話の内容的に、私は肩身が狭い。


 絡まれないように、絡まれないように。

 気配を消して食卓についていたのだが、お構いなしにキャメロンが話を振ってきた。


「でもあたし……少し張り切りすぎちゃったかなって、今は反省してるんです。あたしがすごい魔法を披露すればするほど、次に控えたお姉様が惨めになってしまうでしょう? 発表の時は緊張していて気がまわらなかったけど、今になって思うと……うぅ……ごめんなさい、お姉様……っ」

「キャメロン、お前が気にすることではないよ。魔法を使えないエマが悪いのだから。可愛い目が腫れてしまうから、ほら、涙を拭いて」


 ぐすっ、ぐすん……ふぇん……。キャメロンが目に溜まった涙をポロリとこぼした。

 父はふにゃりとした顔を切り替えて、私に厳しい目を送ってきた。


「まったくお前は……。ハーゲン家の名に傷をつけた挙句、キャメロンまで追い詰めて……。よくもまぁのうのうと食卓に顔を出せたものだな」

「エマさんは、ほら、心に毛が生えてるような性格をしているけれど、キャメロンちゃんはあなたと違って繊細なのだから……もう少し気を遣ってあげてちょうだいね」

「……すみません、お父様、お母様。キャメロンも、ごめんなさい」


 私は肩をすぼめて謝罪した。背後にはミシェがへばりつき、頬を膨らませている。


『エマは心に毛どころか、背中に天使が生えてるぜ! 今この場で顕現してやろうか!』


 こらこら! と私は肩を揺すった。

 キャメロンは父から渡されたハンカチで涙を拭い、顔を上げる。


「お父様、お姉様をあまり責めないであげて。お姉様、お勉強だけはすごいのだから! ね、お姉様」

「まぁ、はい、それなりですけれど。そうだお父様。私、今度簿記の検定試験を受けようと思うんです。家を継ぐにあたって、役に立つかなと思って」


 我がハーゲン家には男子がいない。なので、長女である私が家に残り、婿を取って家を継いでいく予定だ。数年前に父から話をされて、私はすんなりと承諾した。


 細々とした事務仕事は苦手じゃないし、他家へ嫁いで愛想を振りまくよりもずっと向いていると思ったのだ。そのための勉強もこつこつと進めてきたし、学院が休みの日は父の事務仕事も手伝ってきた。


 つまりは父も私も納得の上での話。……だったのに。


「あぁ、その話だが、婿を取るのはキャメロンにしようかと考えていてな」

「え……!?」


 今の今まで考えてもいない話だったので、私は裏返った声を出してしまった。当のキャメロンも目を丸くしている。彼女も初耳だったようだ。


「下品な声を出すな。当然の流れだろう。我がハーゲン家は由緒正しき魔法士の家系だぞ。だと言うのに、エマのような無才能が家に残っては外聞が悪い」

「魔法にも容姿にも華のあるキャメロンちゃんなら、社交界での受けもばっちりでしょうしね! 我が家もきっと安泰だわ」

「ま……待ってください! そんなことを急に言われても……」

「そうよお父様、お母様! あたしお婿さんを取るなんて嫌だわ……! あんなパッとしないおデブさんと結婚なんて!」


 私の言葉を遮って、キャメロンが猛反発の声を上げた。嫌がる理由はそこか、という突っ込みをのみ込んだが、私の代わりにミシェが口にしていた。『この面食い女め……』と。


 父は慌ててキャメロンをなだめた。


「大丈夫、もちろん相手も変更する予定だ。キャメロンに相応しい相手を用意するに決まっているだろう」

「……どんな殿方? 好みじゃない人とは絶対、ぜぇ~ったい結婚しませんからねっ」


 ぷんっ、と頬を膨らませるキャメロン。父はゴホンと咳ばらいをしてから、使用人に「あれを持ってこい」と命令した。


 使用人が持ってきたのは釣書だった。


「ご覧、キャメロン。候補として考えているのは、このお方だ」

「まぁ……っ」


 釣書を見た途端、キャメロンは頬を赤くした。


「西方で魔物と戦っている王国軍が、近々凱旋(がいせん)するという話は聞いているだろう? それに合わせて、大きな手柄を立てた隊長へ、褒賞(ほうしょう)として花嫁を贈る――というような話が、王城内で出ていたんだ。その花嫁候補の話が、なんと我が家に来たのだよ! 王家直々の打診だ! なんと光栄なことだろう!」


 父も母も満面の笑みでキャメロンを見つめる。当のキャメロンは顔を真っ赤にして、食い入るように釣書の肖像画を見つめていた。


「隊長、セシル・アーベライン様……。なんて素敵なお方……」


 どうやら彼女はもうお相手に恋をしたようだ。目を潤ませて「ほぅ」とうっとりする横顔は、文句なしに可憐である。王家が褒賞の花嫁として指名したのも納得の愛らしさだ。


「お姉様! お姉様も見る? この方があたしのお婿さんになるんですって!」

「え、あ、はい……」


 ずいっと釣書を押し付けられて、否応なしに見ることになった。

 なるほど、殿方の顔面偏差値に厳しい妹が、即落ちするのも納得の美形だ。男らしく精悍だが、男臭くはない、そんな感じの男性。


 顔良し、体格良し、手柄を立てた英雄騎士という名声も良し。

 けれど、出自は貴族家ではなく地方の農家だそう。男兄弟五人の末子で、継ぐ土地がない。つまり我が家に婿として迎え入れるのにも、ちょうどいい身分のようだ。


 我が家にとってはこれ以上ない良い話だ。騎士にとっても都合が良いだろう縁談である。円満に思える話だが……ただ一人、私を除いて、である。


「……ええと、あの……そうなると、私の婚約は?」


 私の婚約予定の相手――ぽっちゃりお兄さんも男兄弟の末子で、継ぐ土地がないから我が家への婿入りを熱望していたのだ。キャメロンが婿を取って家を継ぐことになると、彼と私の縁談は……


「もちろん、解消するに決まっているだろう」


 何てことないように父は吐き捨てた。



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