19 ありがたい天罰
調子を取り戻したキャメロンは、セシルの腕に絡みついた。胸元をギュッと押し当てながら、上目遣いで見上げる。
「セシル様……さっきは本当にごめんなさい……っ。あたし、パニックを起こしちゃって……。実は怖いものがとぉ~っても苦手なんです。昔、お化けを見たことがあって、トラウマになってて、持病みたいなものなんです。怖いものを見ると取り乱してしまうんです。自分でもわけがわからなくなってしまうから……さっきの出来事も、朧気で……。あたし、なんて言ってました? もしかして、セシル様に失礼なこと言っちゃってました……?」
「え? ええと……そう、なのですね。そんなご事情があるとは……」
セシルは困惑しているよう。それはそうだ。持病だと言われたら強くは言えなくなってしまう。押し黙ったセシルを見て、切り抜けたと思ったのか、キャメロンはさらに調子づいた。
「パニックの発作は出ちゃったけど……でも、あたし、上手く魔法を使えてよかったぁ。お姉様をお救いできて、本当によかったわ。光の魔法って、とても貴重なのでしょう? あたしの力で解毒のお花をお渡しできて、本当によかったわ!」
よく通る甲高い声で、「あたしの力で」を強調して言う妹。……眩暈が増してきたわ。
さらに頭が痛いことに、両親まで出てきてしまった。
「まさか我が娘が光の魔法の才能に目覚めていたとは……! いやはや、私も今知った次第です。エマは繊細な子なので、衆目を集めるのが恥ずかしかったのでしょうね。はっはっは」
「なにぶん、難しい年頃ですのでねぇ。おっほっほ」
私を屋敷の離れに軟禁したくせに、素知らぬ顔で陛下に擦り寄る。
「光の魔法士は護国の力になりましょう。陛下、お望みでしたら、エマを献上いたします」
「うむ。後ほど、今後についての話をしよう」
献上って……。私は物ではないのに。
でも、もうどうにでもなれの気持ちだ。パーティーに乱入すると決めた時に、既に覚悟はできている。城に閉じ込められる人生でもいいや。園芸という趣味も見つけたし。プランターと植物の種くらい頂戴できれば、もうそれでいい。
父は欲を露わにしてニタニタと笑いながら、陛下に打診を続ける。
「それから、エマを不調から救ったキャメロンにも、何か褒美などをいただくということは……できないでしょうか?」
「うむ。考えておこう」
キャメロンへの褒美までたかっている。我が父ながら恥ずかしい……。ここまで強欲な人だったか? もう完全に金銭への感覚がおかしくなってしまっている。
傲慢な妹に、強欲な両親。もはや救いようがない……。
そう思ったけれど。
私の守護天使様は、そんな彼らを見放さなかった。
『――褒美は僕から授けよう!』
大広間に少年の声が響き渡った。いつものように私にだけ聞こえる声ではなく、ミシェは人々全員に聞こえる声を響かせた。
眩い光を放ちながら、天使ミシェイラが顕現した。
六枚の翼は普段の五倍ほどの大きさに広がっていて、美しく、神々しい。頭の上には光り輝く紋様の輪が浮かぶ。
ミシェ、姿を盛ってない? いつもはもっと、こぢんまりとしてるじゃないの。そう思ったが、突っ込む元気はないので、黙って見上げておく。
顕現して、一体何をするつもりなのだろう。もう何でもいいけれどね。任せます。好きにしてちょうだいな。
人々は天使降臨に仰天して口をポカンと開けている。
陛下は静かに膝をついて敬礼した。その姿に倣って従者たちも敬礼し、貴族たちも慌てて真似て、やがて全員が膝をついた。
セシルは未だ私を抱きかかえ、支えてくれている。こんな時まで気を遣ってくれている。本当に良い人だ。
花嫁のキャメロンはというと、未来の旦那が姉を抱きしめているというのに、もうそっちのけで天使様にくぎ付けである。この娘は綺麗で派手なものが、何よりも好きなのだ。
『我が名は天使ミシェイラ。ハーゲン夫妻とキャメロンには、この僕が直々に、素敵なギフトを贈ろうじゃないか』
両親は「ひょあああああっ」みたいな、声にならない歓声を上げた。キャメロンは膝をつくことすら忘れて、両手を上げてミシェを迎えようとしている。完全にハグを待つ体勢だ。
「て、天使様ぁっ! 天使様があたしにプレゼントを!? 嘘っ……! あたし、本当にすごいことをしちゃったのね! お姉様を支え続けたかいがあったわ! 天使様は見ていてくださったのね!!」
まぁ、ほぼ全部見ていたわね。ミシェのあの笑顔は、人をなじる時の悪い笑顔だ。やんちゃな天使様は、どんなギフトを用意しているのやら。
『まずはハーゲン夫妻』
「「ひゃはいっ!!」」
『そなたらは褒美として、僕の眷属にしてやろう。しっかり働きたまえ』
「「へ……!?」」
ミシェは魔法の光を放った。両親は光に包まれた途端、ボフンッ!と煙を上げて、消えた。消えた……?
いや、煙の中からは、二羽の白い鳩が現れたのだった。飛べずに床に落ち、ジタバタもがいている。「ふぉう! ふぉう!」と必死に鳴いているが、これは……たぶん両親だ。
『飛び方くらいは後で教えてやるよ』
広間はシンと静まり返った。みんな、どう反応していいのか判断がつかないようだ。そんな中、最初に反応したのはセシルだった。
「天使様の眷属!? って、すごいことですよね!? わぁぁ、こういう形で褒美を授かるとは」
わぁぁ、と感嘆の声を上げ、素直にパチパチと拍手をしている。やはり彼は、少々天然の気があるようだ。だが、それを皮切りに、会場内に拍手が広がっていく。陛下も「ふむふむ」なんて顔をして頷いていた。
この天使からのギフトは、「とても光栄なものなのだ」という解釈に収まったようだ。ミシェの真意を知っているのは、たぶん私だけだろう。これ、ただの天罰です。はい。
いや、もう一人、意図に気が付いてしまった人がいる。
『さ~て、次はキャメロンだな!』
「……え……あ…………ヒッ……ヒィッ!!!!」
キャメロンはもがく鳩とミシェを交互に見た後、顔をくしゃくしゃにして逃げ出した。
スカートを踏んづけて転び、それでも四つん這いになって逃げ出そうともがく。ミシェはふわりと舞い降りて、無情にも道を塞いだ。
「ごめんなさいごめんなさいっ!!!! 鳩はいやぁああああああっ!!!!!」
『嫌なの? じゃあ、君は人間でいさせてあげる』
「へっ……? いいのですか……!? あ……ありがとうございます……っ!! ご慈悲に感謝しま――……」
言い終える前に、キャメロンは魔法の光に包まれた。ボフンッ!と煙が立ち、中からは人の姿のままのキャメロンが現れた。人の姿のまま、ではあるが――……。
「えっ? えっ!!?? ヒギャアアアアアアアッ」
彼女は、いや、彼は、野太い悲鳴を上げた。キャメロンの姿は、ずんぐりむっくりした髭面のおじさんになっていたのだった。ドレスの上半身部分は、はじけ飛んでいる。
黒く日焼けした太い腕と胸元には、ムダ毛がボウボウと生えている。髭と眉毛もペンキで描いたかのように剛毛で立派だが、頭頂部だけはやや薄い。小柄な寸胴だが、筋肉質で力のありそうなおじさんだ。
『しばらくはその姿で奉仕せよ。農業にでも勤しんでもらおうかな』
確かに、農夫らしい見た目ではある。畑と麦わら帽子が似合いそう。
『君は植物魔法の才能があるのに、使い方が酷いからね。もっと草木に親しんで、善良な魔法士におなりなさい』
天使様のありがたいお言葉だ。人々はわけもわからず、ただ唖然としながら拍手をしている。ミシェはキャメロンに天罰を与え、同時に更生の慈悲を与えたのだ。
そんな意図を理解する余裕もないようで。キャメロンは悲鳴とも唸り声ともつかない低いおじさん声を響かせて、のたうち回っている。這いつくばって広間の端っこに逃げ込み、そして、壁に備え付けられた鏡を見て――……気を失った。
今まで、大大大自慢してきた可憐な容姿とは真逆になってしまったのだから、そうもなる。
本日の主役である褒賞の花嫁が、『花おじさん』になってしまったことで、パーティーは急遽取り止めとなったのだった。