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18 光の乱入者

 ゼェ、ハァ、よろよろ、と私は大広間の中央へと進んだ。


 髪は下ろしたままでボサボサ。ドレスは簡素な日常着。どう見てもパーティー参加者とは思えない不審者が歩いて来たことで、警備隊が慌てて剣を抜いた。

 が、セシルの声で制止する。


「エマ様!? 皆、剣を下げてください! 花嫁……キャメロン様の姉君です」


 私は煙の怪物と化したセシルに向かって右手を掲げ、力を振り絞った。


「おりゃぁ……!」

「えっ、うわっ!?」


 セシルの全身を覆い尽くしていた黒い呪いが揺れて、右腕部分の煙だけが吹き飛んだ。部分的な解呪だが、力を見せるには十分だろう。上手くできてよかった。


 ミシェ曰く、セシルの呪いは私の魔法の加護によって、一時的に散らされていただけだそう。なので、私が弱れば加護も弱まり、呪いは再発する。

 そうして蘇ってしまった呪いを、今、私が再び浄化したわけだ。右腕だけだけど。


 私は息切れしながらも、陛下ならびに皆々様へと挨拶をした。


「陛下……ならびに皆様方。このような不躾な登場をお許しください。私はハーゲン伯爵家が長女エマと申します。今ご覧いただいた通り、私は呪いを(はら)う、浄化の魔法が使えるのです。浄化の魔法とは……光の魔法の一種でございます」

「光の魔法だと!?」


 陛下が反応して玉座から立ち上がった。貴族たちも一斉にざわめきの声を上げた。


「――え? ハーゲン家のエマ様って、学院の卒業発表で恥を晒したご令嬢でしょう?」

「魔法士の家系なのに才能がないって有名だったよな」

「あまりにも体面が悪いからって、妹君に家督の継承権を譲ったって噂を聞いたが?」

「光の魔法って……虚言癖でもあるのかしら。ご病気だっていうし……」


 陛下は貴族たちのざわめきを手で制し、冷静に私の動向を探っている。


『王様のおっちゃんが目の色を変えたぜ! 作戦通りだな!』 


 目の前で魔法を使って王家に庇護を求めると共に、妹に解毒剤を強要する作戦。死にたくない一心で、私はもう魔法を曝け出す覚悟を決めたのだ。


「エマ・ハーゲンよ。そなたは己を光魔法士だというが、そのような報告は王城へは届いていなかったが」

「学院在籍中は、力の大きさに怖気づいてしまい、隠しておりました……。大変申し訳ございません……」

「では、祝賀会でセシル・アーベラインの呪いが突如として解けたのは――」

「私の力によるものです」

「にわかには信じがたいが……実際に二度も目の前で解呪の奇跡が起きたことは、偶然ではないだろう。もう一度、完全なる解呪を披露することは可能か?」

「はい。もちろんでございます」


 私は少しの躊躇いもなく返事をした。その態度を見て、虚言を疑っていた貴族たちもいよいよ動揺しはじめた。


「ですが、私は諸事情により、非常~~~に体調を崩しておりまして……。とある()()()に受けた毒のせいで、死にかけの身なのです」


 語調を強めてチクチクと言ってやった。もちろん、キャメロンへの皮肉である。彼女がギクリと体を硬直させたのが見えた。


「そこでお願いがあります。妹のキャメロンに解毒の花を出していただきたいのです。彼女なら魔法で出せるはずなのですが、どういうわけか実家では取り合っていただけなくて。どうしてでしょうね? ねぇ、キャメロン?」

「……っ……。……お姉……様……っ……」


 キャメロンはすっかり青ざめた顔をしていた。希少な光の魔法士に毒をもって殺そうとしたことが王家にバレたら、最悪処刑である。涙に濡れた彼女の目からは、「お願いだから……あたしが犯人だとは言わないで……!」という懇願が伝わってくる。


『どうする、エマ? キャメロンにやられたって、経緯を洗いざらいぶちまけちまうか?』

「そうしてやりたいのはやまやまだけど……。家族が処刑されるのは、さすがにちょっとね……血生臭いことは苦手だから。それにセシル様も絡んでいることだし、気に病まれたら申し訳ないわ」


 キャメロンのことはぼかしておいてやろう。家に帰ったら百回は土下座させるけれど。それで許してあげる。


「解毒の花、出してくれるわよね、キャメロン? そうしたら私は元気を取り戻し、セシル様の解呪も叶います。お二人の結婚も円満となりましょう」

「お姉様……」


 キャメロンは魔法を使い、手元に白い花を出現させた。


 私はよろよろと歩み寄り、花を受け取った。マナーの悪さは承知の上で、花弁をちぎって口の中に放り込む。咀嚼(そしゃく)して飲み込むと、胃のあたりがスゥッとして、不快感が少しだけ和らいだ。


 まだ全回復とはいかないが、気分の悪さはずいぶんと改善されたので、私は魔法を披露することにした。


「陛下の前でもぐもぐと、大変失礼いたしました。なにぶん、本当に死にかけだったもので……それもこれもすべては悪魔のせいなのです。無礼をお許しください。それでは、解呪の力を披露いたします。えいっ!」


 魔法を使うと、セシルにまとわりついていた黒煙がブワッと吹き飛んだ。これはもう、誰がどう見ても私の力だと信じるしかない状況だろう。陛下は目を丸くして、歩み寄ってきた。


「おお……間違いなく光の浄化魔法だ。私の代は光の魔法士とは縁なく終わるのかと思っていたのだが……。そうか、神はめぐり合わせてくださったか。長きにわたった西方の戦が終結したのも、もしや……」

『そうそう! エマのおかげさ! おっちゃん、察しがいいじゃん』

「こら、おっちゃんて言い方……」


 つい突っ込みを入れてしまったが、陛下はさらに目を見開いた。


「まさか、おいでになるのか!? 守護天使様が、こちらに……!?」


 陛下の驚きの声は、大広間内に轟く貴族たちの歓声でかき消された。


「うおおおおお! 本当に呪いが吹き飛んだぞ!」

「祝賀会の時と一緒だ!」

「魔法の才能を隠しておいでだったなんて……!」

「妹は花魔法の妖精、姉は光魔法の聖女か。ハーゲン伯爵家はやっぱり血が良いのだろうな。羨ましい」

「エマさんは悪魔が原因のご病気?にかかっていらしたのね? 学院時代からずっとキャメロンさんがお支えになっていたみたいだけど、よもや解毒の花でお救いになるなんて! なんて素敵な姉妹愛でしょう!」


 キャメロンの耳がピクリと反応した。


 膝をついたままだったキャメロンはすっくと立ち上がり、私に体を寄せてきた。


「……お姉様……っ。ごめんなさい、あたし……最近パーティーの準備が忙しくて、お姉様をないがしろにしてしまってて……。本当に、本当にごめんなさい……っ」


 彼女は深く頭を垂れた。「毒を盛ってしまってごめんなさい」という意味も含まれていると、解釈していいだろうか。


「はぁ……今この場では、ひとまずは許します。陛下の御前ですし、その件についてはお家で」

「お姉様、ありがとう……っ。やっぱり持つべきものは姉だわ。これからも姉妹仲良く手を取り合っていきましょうね!」


 てへへ。とキャメロンは可愛い童顔をほころばせ、美しい涙をほろりと落とした。姉妹仲良く、ね。どの口が言うのか。彼女の変わり身の早さに眩暈がした。ふらついた私の体をセシル様が支えてくれた。


『この女ぁ……! ヘラヘラと手のひら返しやがって……! もう我慢ならん!』


 そう吐き捨てたミシェの翼には、眩い光が戻ってきていた。もしかしてペナルティーが解けたのかしら?



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