16 人生最高の婚約披露パーティー
【キャメロン視点です】
待ちに待った婚約披露パーティーの日がきた!
あたしは今日のために仕立てた、とびっっっきり豪華なドレスを身にまとい、控室の扉を潜り抜けた。
セシル様は、ご自分の手を裏表見返しながら待っていた。どうしたのかしら? 怪我でもしたのかなぁ?
セシル様はこちらに気が付くと、すぐに立ち上がって側に歩み寄ってきた。
あれからセシル様とはたくさんの手紙を交わしている。「今回、王家が取り決めた褒賞の婚約について、あなた自身は十分に納得しているのだろうか?」とか、あたしのことを気遣う手紙をたくさんくれたわ。
「これから、心を交わして絆を深め、良い夫婦になっていきましょう」とも言われた。
すごく嬉しいけど……本音を言うと、あたしはそんなまどろっこしいやり取りよりも、手っ取り早くイチャイチャチュッチュして仲良くなりたいのに。奥手な人なのね。
最近ではお手紙の返事を考えるのが面倒になっちゃって、侍女に文章を考えてもらってるわ。
「キャメロン様、なんとお美しい」
「うふふ、どうもありがとう、旦那様」
「旦那様?」
「えぇ。もう結婚したも同然だし、旦那様とお呼びしようかと思って。どう? キュンキュンした? 嬉しいでしょ?」
「お気遣いありがとうございます」
彼は穏やかに微笑みを返してくれた。けど、思ったよりも普通の反応で、あたしは密かに頬を膨らませた。もっとこう、大感動!情熱的な抱擁!キスの嵐!みたいな反応を期待してたんだけどなぁ。男慣れしてないお姉様だったら、この程度の反応でも大喜びしそうだけど、あたしはちょっと物足りない。
というか、お姉様には手にキスをしていたのに、あたしにはそれもないわけ? ふ~ん……まぁ、別に全然、気にしてはいないけどね。
セシル様からは、「エマ様を見舞いたい」って手紙も来ていたけど、お父様に頼んで廃棄してもらっていた。パーティー前の大切な時に、変なストレスでお肌が荒れたら大変だもの。
「見てください、このドレス。スカート全体にパールを散りばめましたの」
「素敵なデザインですね。とても綺麗です」
褒めてくれてはいるけれど……な~んとなく、スッキリしないわ。こんなに美しいあたしを前にしても、何だかまだ「落ちたな」って感じがしないの。あたしって繊細でよく気が付く女だから、殿方が落ちた時にはすぐにわかるんだけど。それが感じられないのよねぇ。
たぶんセシル様は、まだお姉様の悪魔の魅了が解けていないんだわ。やっぱり解毒剤をやらずにいてよかった。
悪魔に心を売ったお姉様……そんな女に心乱されたセシル様が、本当にお可哀想だわ。間違いが正されないまま、お姉様と結婚することになったら目も当てられないから、あたしが救ってあげる必要があったのよね。少し強引になってしまったけれど、仕方ないわ。
お姉様だって、悪魔に取り付かれたままじゃお可哀想。これ以上悪さをしないうちに、永い眠りについた方がいいはずよ……。
そう、あたしはみんなを救いたいだけなの。たとえ愛する姉を毒で殺めてしまうことになっても……。
お姉様の尊厳はあたしが守るわ。悪魔のせいで亡くなった可哀想な姉だって、あたしがみんなにちゃんと説明してあげるから。
「――お二人とも、そろそろお時間です」
「はい」
「はぁ~い」
案内の男性が来て、あたしはセシル様と腕を組んで控室を出た。
入場扉の手前で両親と合流する。セシル様のご両親は遠くに住んでいるから、披露パーティーは欠席するそう。彼のご両親の代わりに、あたしのお父様とお母様が思い切り感動の声を上げてくれたから、あたしは満足だわ。
「キャメロン! あぁ、なんて綺麗な姿だ! まるで天使のようだな!」
「セシル様も、とっても素敵だわ。まさに美男美女のカップル! おほほ、本当にお似合いね。親として鼻が高いわ」
「さぁ、二人とも、行っておいで」
大広間への扉が開かれ、お父様にそっと背を押された。
大勢の貴族たちが出迎える中、あたしたちは中央の通路を歩いていく。鳴り響く祝福の拍手。見目麗しい英雄騎士と、世にも美しい褒賞の花嫁が腕を絡めて歩いている。うふふ、これ以上ないほど、絵になる光景でしょうね。
あたしは魔法の花びらを振りまいて、周りの人たちにサービスしてあげた。「わぁあああっ」と明るい歓声が耳に届く。
誰もがあたしを見ている。誰もがあたしを羨んでいる。誰もがあたしの幸福に思いを馳せている。
あぁ、なんて良い気分だろう。人生の絶頂と言ってもいいかもしれない。これ以上ない至上の空間。なのに、セシル様の表情だけが少し固い。まぁ、そんなお顔も格好良いからいいのだけれど。
そんなあなたでも、さすがに初夜のベッドの上ではデロデロになるでしょう?
今まで秘密の戯れをしてきた殿方たちはみんな、あたしの素肌を前にして、そうなったもの。女性に飢えていた軍人さんなら、なおさらでしょうね。うふふふっ、楽しみだわ。
お楽しみを想像していたら、もう玉座の前にたどり着いていた。陛下と王族に敬礼をして、お言葉をもらう。
「護国の英雄セシル・アーベライン四隊騎士隊長と、ハーゲン伯爵家が次女キャメロンの婚約を、ここに認める」
陛下が宣言すると、割れんばかりの拍手が鳴り響いた。
「この婚約は王命である。いかなる理由があろうとも、反故にすることは認めぬ。よいな」
「はい」
「はぁい。……ん? あれ?」
返事をした直後だった。
隣に立つセシル様の肘の辺りから、うっすらと黒い煙が立ち上り始めたことに気が付いた。最初は目に何かゴミでも入ったのかな? と思ったのだけど……。
煙は数秒足らずでもくもくと量を増していった。
「え……? えっ? キャアアアアアアアッ!!」
思わず後ずさりをした瞬間――。
ボンッ!!! と鈍い破裂音を上げて、セシル様が真っ黒な煙の怪物へと変貌した……!