15 中毒死ピンチとやけくそ
セシルとキャメロンの婚約は無事に調えられ、婚約披露パーティーの日時も決定した。二ヶ月後に王城で執り行われるとのこと。
国内の貴族たちが招待されるので、結婚式にも引けを取らない盛大なものになるだろう。これも政略の内。囲い込みの婚約を確固たるものにする意図がある。
後は当日を迎えるのみ。もうこの段階まで来たら、相当な事情でもない限り縁談は流れない。結婚は九十九%確定だ。そろそろ私も解毒剤をもらって良い頃だろう。
「披露パーティーの日も決まったみたいね。おめでとうキャメロン。……それで、あの、約束の解毒剤を――」
「あっ、お姉様ぁ! 見て見て! パーティー用に仕立てるドレスの生地サンプル! どの生地にしようかしらぁ。悩んじゃうわ」
「それは楽しいお悩みですこと。……で、約束の――」
「お姉様は当日のドレスどうするの? あぁ、そのご様子じゃあ、ご出席は難しいかぁ……。せっかくのお祝いのパーティーなのに、死相を浮かべてうろつかれたんじゃ、周りの方々もご不快にさせてしまうものね」
残念だわ……しゅん。と眉毛をハの字にして、しょんぼりとするキャメロン。
「……いや、いいから解毒剤を――!」
「お父様、お母様ぁ! お姉様がご欠席なさるとしたら、お姉様のお支度費用が浮くわよね? その分、あたしのドレスの装飾にパールを足してもいいかしら?」
「もちろんだ、キャメロン。お前が主役のパーティーなんだから、予算のことは気にせず自由になさい」
「そうね、エマさんは欠席した方がいいわね。キャメロンちゃん、当日はお姉さんの分まで、パーティーを盛り上げないとね!」
「はぁい!」
三人は談話室のテーブルに生地サンプルやらドレスデザイン集やらを広げて盛り上がっている。キャメロンは立ち尽くしている私の背を押して、退室を促した。
「あたし、とびっきりのお洒落をして、うんと楽しんでくるからね! お姉様は心配しないで、ゆっくり休んでいて!」
てへへ! と軽やかに笑って、彼女は盛り上がりの中心へと戻っていった。
いや、解毒剤は……!? パタンと扉を閉められて、私は呆然とした顔をした。ひょっとして、あの子――
『解毒剤、渡す気ないんじゃないの……?』
「ミシェ、あなたもそう思った……?」
『天使の力が戻ったら、絶対、速攻、とびっっっきりキッツイ天罰を下してやるから』
「ありがとう……。でも、それまで体がもつかしら……」
三ヶ月くらいは平気だろうと考えていたのだが、思ったより厳しいかも……? と考えを改め始めたのがここ数日のこと。それというのも、毒の回りが想定以上に早いように感じるのだ。
私は日頃から光の魔法の負荷を受けていて、体力を消耗しがちである。その影響への考慮が足りなかった。
心配した通り、一週間、二週間と日が経つにつれ、体調はみるみるうちに悪化していった。げっそりとやつれて、廊下を歩くだけでゼェゼェと息切れする。
「キャメロン……! いい加減にしなさいよ……! 出てきなさいキャメロン……!」
キャメロンはパーティーの準備が忙しいのを言い訳にして、私を避けるようになっていた。
彼女は褒賞の花嫁という立場もあるし、できることならこの件――姉に毒を盛ったという事件――については、内々で穏便に終わらせたい思いがあった。のだけど、さすがになりふり構っていられなくなってきた。
私は部屋の前で待ち伏せし、キャメロンが顔を出した瞬間に飛び掛かった。
「あなたねぇ……、約束が違うじゃない……! 私を殺す気なの……!?」
「キャアアアアッ」
両肩を掴んで凄むと、キャメロンが悲鳴を上げた。バタバタと使用人が集まり、私を引き剥がす。父が駆けつけて、涙を流すキャメロンを抱きしめた。
「何があったんだ!?」
「お父様ぁっ! お姉様に襲われて、あたし殺されるかと思った……! お姉様ったら、病気が進行して、いよいよおかしくなってしまったんだわ……! あたし……怖い……っ」
「なっ! 大切な花嫁になんてことを……! エマを離れに隔離しろ!」
「違っ……違うんですお父様……! 私はただ……っ」
「また毒を盛られたとかいう妄想か! キャメロンがそんなことをするわけがないと、何度言ったらわかるんだ! 病状の悪化を人のせいにするのはやめろ! 己の日頃の行いが悪いせいで、悪魔の病が進行しているのだ。少しは悔い改めたらどうだ」
私は悪魔の病にかかっている、ということになっている。キャメロンが父に吹き込んだのだろう。彼女の言うことは疑うことなく受け入れるのに、私の言い分には耳を貸してくれない。
元々、人格者とは言えない父であったが、最近は認知の歪みに拍車がかかっている。娘の結婚を目前にし、名誉と大金の獲得が現実的なものになってきて、頭の中がお花畑なのだろう。
パーティー後には使用人の総入れ替えを行う、なんて宣言までしてしまい、長く勤めていた誠実な家令にも解雇予定を通告してあるそう。家令は呆れて、もう両親を諫めたりもしない。
私は父の命令で屋敷の離れに隔離され、軟禁状態となってしまった。
■
それでも隙を見ては抜け出し、キャメロンに解毒剤を求めたが、行動虚しく……。どうにか二ヶ月はもったが、もういよいよ限界かも。立ち上がるのもしんどくなってきたわ……。
今日はいよいよ、婚約披露パーティー当日。
だというのに、私は一人、軟禁部屋で脱力していた。家族はもうとっくに屋敷を出ている。今頃は王城の控室で歓談中だろうか。
『エマが死んじゃったら……僕が天界まで手を引いてってやるから……』
「笑えない冗談はやめて……」
ミシェは涙目でしょんぼりしている。やんちゃで強気な彼の姿はない。ということは、本当にまずい状況が迫っているということだろう。
彼のペナルティーは未だ解除されていない。私の余命とチキンレースになりそうだ。
『たぶんもう少しだから、頑張ってよ……。せっかく野菜作りも楽しくなってきたんだろ? 僕、エマともっと一緒にいたい。エマが幸せに暮らすのを見守っていたい……』
「ミシェ……」
庭の野菜は使用人が世話をしてくれている。そうだ、「もうすぐ収穫できそうですよ」と言っていたっけ……。
「……そうよ……収穫を楽しみにしてたんだから。こんなところで死んでたまるものですか……!」
私は横たえていた体を無理やり起こし、クローゼットからドレスを取り出した。
「婚約披露パーティーに行くわ……。王族も参加するのだから、庇護を求めるにはこれ以上ない機会よ……」
『えっ、まさか……! ずっと隠してきたのに、いいのか?』
「もう……どうでもよくなったわ。目立たず静かに暮らしていきたい……なんて思っていたけど、死んだら全部終わりだものね」
侍女を呼ぶこともなく、私は自分で着替え始めた。胴体を締め付けないゆるやかなドレスを身にまとい、壁に寄りかかりながら部屋を出た。
『そっか。僕はエマの選択を応援するよ! お供するぜ、相棒!』
ミシェも体を支えてくれた。翼にはわずかに、神々しい光が戻りつつあった。