14 重病の姉と見せかけの姉妹愛
【前半はエマ視点、後半はセシル視点です】
『おーい、エマ! 起きろ! キャメロンとセシルが部屋に来るぞ!』
「……う~ん……えぇ?」
『見舞いに来るって!』
コンコン、とノックの音。私がソファーから立ち上がる前に、勝手に扉を開けられた。
「お姉様! セシル様がお見舞いをしたいと。あぁ、お姉様はそのままで大丈夫ですよ。セシル様、寝乱れた格好のままでごめんなさいね。姉のお見苦しいところをお見せしてしまい……」
「いえ、お部屋にお邪魔してしまいすみません、エマ様」
キャメロンはセシルを引っ張って、ずんずんと部屋の中に入ってきた。彼は申し訳なさそうに体を小さくしている。妹が強引ですみません……。
私はキャメロンにじとりとした目を向けたが、逆に彼女に睨み返された。いや、彼女は笑っている。目元はニンマリと弧を描いている。そのはずなのに、ぞっとする気味の悪さを感じた。
表面上は可憐なのに、二チャリとした嫌な湿度がある。そんな笑顔を見て、さっきの約束を思い出した。「セシルとちゃんとお別れしろ」と彼女は言っていたっけ。つまり、振れということか?
「……セシル様、お見舞いいただきありがとうございます」
「帰る前に一目お顔を見たくて。お体の具合は……?」
「ご覧の通り、良いとは言えませんね……。そういうわけですから、私は療養に専念するべく、近々家を出ようかと思っているのです」
「なっ……そうだったのですね」
じれったくなったのか、キャメロンが話に入ってきた。
「お姉様の病気はとても重くて……ここだけの話ですが、体に悪魔が巣食っているせいでこのようになってしまっていて……」
「なんと、悪魔に……!?」
「そうなんですぅ。うぅ、ぐすん。お可哀想だけど、周りの人にも害を及ぼしてしまうから、お姉様は結婚できない身なんです。近々修道院に入られるのよね? お姉様?」
「え、えぇ。その予定です」
「もう余命も長くはなくて……うぅ、ぐすっ、ふぇぇん」
え? そういう設定なの? あんまり盛りすぎると嘘臭くなってしまわない?
と、変な心配をしてしまったが、セシルは素直にショックを受けている様子だ。嘘をつくのは申し訳ないが、解毒剤がかかっているので、私は演技を続ける。
「だから、叶うのならば、セシル様には妹と縁を繋いでいただきたいのです。私の代わりに、どうか妹と幸せな家庭を築いてください」
「お姉様ぁっ……。そんな遺言なんて聞きたくないわ……!」
ふえええん、えん、えん、とキャメロンは顔を覆って泣きだした。セシルはしばらくの間、口元を引き結び、苦し気な面持ちをしていた。
「……そう、ですか……。それが……あなたの望みならば」
深く息を吐いて、彼は意を決したように頷いた。
「俺は戦を終結させた手柄を評価され、王家から多額の褒美をいただいています。あなたへの支援は惜しみません」
「お心遣いに心から感謝申し上げます……」
「あなたは……呪われた姿の俺から目を背けず、恐れずに向き合ってくださった。そんな誠実なご令嬢は、きっと他にはいない。心からの感謝を込めて、この気持ちだけはお伝えさせていただきます。キャメロン様には申し訳ないが……俺が心魅かれたのはエマ様、あなたでした」
セシルはソファーの前で膝をつき、私の手を取って口づけを落とした。
……ふぉぉ……と、喉の奥で呻いた。感動の呻き声だ。こんなにも真正面から、情熱的に好意を伝えられたのは生まれて初めてだ。こんな状況であっても感慨深い。人生、最初で最後の『モテ』である。
体調が優れない状態でよかった。元気な時にされてたら、顔が真っ赤になってしまっていたかもしれない。今は土気色をしているので、動揺を上手く隠せていると思う。
「ありがとうございます。……妹を、どうぞよろしくお願いします……ガクリ」
「は、はい……! 承りました!」
私はガクリと脱力して、クッションの山に埋もれた。すかさずキャメロンがセシルの腕に絡みつき、部屋を出て行った。
■
エマ様を見舞った後、俺はまた応接間へと案内された。テーブルの上にはあれよあれよと書類が並べられ、ペンを握らされた。
ハーゲン伯爵夫妻が「さぁ、どうぞ」とサインを促す。これは婚約を取り結ぶための書類だ。キャメロン嬢の名前が既に書かれていた。
サインを入れる前に一呼吸おいて考える。
やはり自分にはエマ様への未練がある。
しかし、考えたくはないことだが……彼女は余命が短いのだと聞いた。彼女と結婚したとしても、不幸があったとわかれば、王家はすぐに後妻をあてがうだろう。
その相手は、恐らくキャメロン嬢になるのではないかと思う。どのみち彼女と結婚することになるのではないか。そう考えると、現状でのエマ様との結婚が躊躇われる。
姉の後に後妻として迎えるという条件では、キャメロン嬢に対して失礼だろう。「姉の後釜」などと変に周囲の目に晒されて、名誉に傷をつけてしまうに違いない。
妹想いのエマ様は、きっとそんなことを望んではいないと思う。
ならば……
「キャメロン様と婚約を交わし、ハーゲン家に迎え入れていただくことを願います」
決意を表明してから、書類にサインを入れた。これが、皆にとって最善となる選択だろう。
そう信じて、心を決めた。
その後は婚約披露パーティーの話などをされて、帰路へと就いた。
「婚約披露パーティーなんてものもあるのか……。王族もご出席なさるということは、やはりこれも囲い込みの政略なんだろうなぁ」
婚約を大々的に発表することで、俺の逃げ道を塞ぐ意図があるのだろう。段々、お上の考えというものがわかってきたぞ。
やれやれ、手が込んでいるな……。と呟いた時、ふと自分の指先から黒い煙が出ていることに気が付いた。
「あれ……?」
指先をごしごしとすり合わせると煙は消えた。何だろう、見間違いだろうか?
「土埃か? いや……」
なんだか呪いの煙に似ていた気がしないでもないが、呪いはもう解けたのだし、やっぱり見間違いか?