12 キャメロンの気付きと真の優しさ
【キャメロン視点です】
あたしは魔法で作り上げた花束を抱えたまま立ち尽くした。
あたしの花の魔法は、誰もが目を輝かせて「わぁ! すごい!」と感動の声を上げるものなのに……。セシル様の視界には入らなかった。彼は今、お姉様の顔を見つめている。
本当に、本当にわけがわからなかった。普通に考えておかしい状況じゃない……?
だってお姉様のお顔は、こう言ってはアレだけど、下の中くらいのお顔なのよ? 肌艶は良くないし、お色はくすんでいるし、痩せて骨ばっていて、目の下にはクマがある。病気の人のやつれたお顔なの。全然美しくないの。
それに比べてあたしのお花はどう? どこからどう見ても美しいでしょう? そんなお花を作り上げたあたし自身も、際立って可憐な容貌をしているでしょう?
お肌はつやつやで、唇は血色良く桃色に染まっていて、目はパッチリと大きくて。実年齢よりも四歳は若く見える、可愛らしい童顔なの。
そんな、絶対に目を引くはずのあたしが意識されてないって、どういうこと? え? 本当にわからないんだけど? 今、何が起きてるの???
「……え? まさかあたし、空気になってる……?? ってこと……??」
十八年間生きてきて、空気になるなんてこと一度もなかったから、認識が追い付くまで時間がかかってしまった。
あたしは物心ついた頃から「蝶よ花よ」と周囲に愛されてきた。そういう容姿と魔法の才能を持って生まれてきたの。これは神様からのギフトだから、心置きなく享受して、隠すことなく披露してきた。
あたしという存在を表に出すことを、周囲の人々も歓迎していたわ。あたしが笑いかければ、人々も笑顔になった。あたしが魔法を使えば、人々は魅了された。神様からのギフトを最大限に活かして、あたしは周りの人々に幸せを振りまいてきたの。
――幸せにならなかった人もいた? そんなひねくれ者はカウントしていないから、知らないわ。不幸な人なんて、あたしの周りにはぜ~ったい、いなかったもん。
あたしは神様から特別に良いモノをいただいたから、ず~っと周りの人々にお裾分けをしてきたの。我ながらすっごく健気だったと思う。
でもね、旦那様になるセシル様は特別だから、お裾分けどころか全部をあげちゃうわ!
あたしの全部をあなたにあげる! 初めて肖像画のお姿を見た時に、もう決めたの!
とびきり可愛い顔も、しなやかで柔らかい体も、女の子らしい優しい性格も、素敵な魔法も。何もかも一級品をもらったあたしの全部を、あなたにあげる!
……そう思って、あなたをお迎えしているのに。一番綺麗なドレスをまとって、あなたのすぐ隣に立っているのに。
どうして見向きもしてくれないの? なんで何のギフトもない粗悪品の方を――お姉様の方を向いてるの? え? 何がどうなっているの? 普通に考えて、こんなのっておかしいわよね??
頭の中が真っ白になって、咄嗟にセシル様の手を奪ってしまった。
「……駄目ですっ! お姉様は病気なんです! 触れてはいけません、移っちゃいます!」
セシル様の手を握りしめて、お姉様の手から引き剥がした。彼は驚いた顔をしていた。
「エマ様は伝染するご病気にかかっておられるのですか?」
「そうなんです! だから、あまり長く一緒にいてはいけないわ。ねぇ、お姉様もそろそろお疲れでしょう? 無理は良くないわよ」
「えっ? あ、そ、そうね……」
お姉様はあたしの気遣いに甘えることにしたようだ。立ち上がって、セシル様に挨拶をした。
「ええと、そ……そういうことらしいので、私はこのあたりで……」
「あ、はい! 配慮が足らずに申し訳ございませんでした。お体は大丈夫ですか? 差し支えなければ、屋敷の中までお送りします」
「大丈夫ですっ! いつものように、あたしがお送りしますので。ね、お姉様。セシル様は応接間へどうぞ。せっかくおいでくださったのに、面白みのない畑の見学だけでは申し訳ないので、お茶の準備をいたしますわ」
「お茶? ですか? 恥ずかしながら、俺はまだ茶会のマナーなどを熟知しておらず……」
「うふふ、あたしも堅苦しいマナーは苦手なので、ご安心ください。さぁ、お屋敷の中へどうぞ。それではお姉様はお部屋に参りましょうね」
セシル様の案内は使用人に任せて、あたしはいつものようにお姉様と腕を組み、体を支えてあげながら歩きだした。優しくて健気なあたし。誰もが「良い子だねぇ」と評価してくれる姿。今度はセシル様の視界にも、ちゃんと入っている様子。
名残惜しそうに視線で見送るセシル様。でも、彼が見ているのは……お姉様の方……?
やっぱり、これは何かおかしいわ。確実におかしなことが起きている。廊下を歩く間、フル回転で頭を回して確信した。
今までの人生で起こり得なかったことが起きているということは、絶対に何か裏があるはずだ。そう、きっとお姉様はセシル様に何かしたに違いないわ……!
「……そう、そうよ。あたし、わかっちゃったわ」
「え? 何?」
お姉様の部屋の中に入ると、あたしは後ろ手に扉を閉めた。中まで入ってきたことにお姉様は怪訝な表情を浮かべているが、あたしはあたしのやるべきことをやらないと……! そう、神様にギフトをもらった者として、毅然と対応しないといけないわ!
あたしはお姉様に迫って言った。
「お姉様……! あなたにはきっと悪魔が憑いているんだわ! 悪魔の力でセシル様を誘惑しているんでしょう? ね、そうよね!?」
「はぁ? 急に何を言い出すの?」
「だっておかしいでしょう? まるであたしがセシル様に相手にされていないかのような事が、次々に起こって……!」
「それは……ええと、何というか。正直、私もものすごく驚いているわ」
「でしょう!? やっぱり何か邪な力が働いているんだわ!」
「そ、そうなの? ……ミシェ、もしかしてあなた、何かした? 力を使って、人を無理やり恋に落とすとか……。え? してない? 本当に?」
お姉様は虚空に視線を向けて、ボソボソと早口で何かを呟いていた! ほら……! やっぱり何かいるんだ! 決定的瞬間を押さえたわ!
「今、悪魔と喋ってたでしょ!? 前から時々、独り言を呟いてるなぁとは思ってたけど、よもや悪魔が相手だったなんて……!」
「ちっ、違うわよ! 変なことを言わないで! 今話しかけたのは、ほら、イマジナリーフレンドってやつよ。恥ずかしいけれど、お人形に話しかける癖がまだ抜けなくて――」
「あたしに嘘は通用しないわ! お姉様が悪魔の誘惑の力を使ってるって、あたしわかってるんだから! お婿さんを迎える話が白紙になって、あたしに嫉妬してたんでしょう!? だからって、悪魔に心を売って妹を不幸にするなんて最低よ……っ!」
涙をこぼしながら、あたしはお姉様に詰め寄った。
献身的に支えることだけが優しさじゃない。悪いことをした時には、厳しく咎めるのも優しさだ。あたしは今、真の優しさに気が付いたわ。
「それでもあたしは……っ、どんなに酷い仕打ちを受けたとしても、お姉様のことを愛しているわ……! あたしが助けてあげる! 真の優しさに気が付いたあたしだけが、お姉様を助けてあげられる……っ。だから、ごめんね……!」
「えっ!? 待っ、この花は……っ」
あたしは魔法を使って、手元に大輪の花を出した。赤と黒が入り混じった花弁を持つ、猛毒の花。香りを吸い込むだけで中毒を引き起こす、「死神」と呼ばれる一輪花だ。
お姉様の顔に押し付けると、彼女はガクリと膝をついた。ゲホゲホと苦しそうに咳き込み、涙を流している。けれど、お姉様の涙よりも、あたしが流す涙の方が輝いていた。
死神の花を消し去ってから、あたしはぐすんと鼻をすすった。
「ごめんね、お姉様……。お姉様が悪魔と決別できたら、きっと治してあげるから!」
「ゲホッ……け……決別……? ……ゲホゲホッ」
「そうよ。お姉様は悪魔の力を使ってセシル様を魅了しているでしょう? まずはそれを何とかして。ちゃんとセシル様とお別れしてちょうだい。できます……?」
「……わかっ……た……言う通りに……するから。必ず……解毒剤を……」
「よかった……! 約束よ!」
お姉様は悪魔との決別を承諾した。あたしもものすごく心が痛んだけれど、これもすべてはお姉様とセシル様のため。みんなの真の幸せのため。
あぁ、あたしったら、本当に健気なのだから……。