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11 セシルの訪問

 畑仕事が一段落して、休憩を取ろうと屋敷に入ったちょうどその時、セシルが訪ねてきた。使用人が出迎え、両親がバタバタと玄関ホールに駆けつける。


 私もホールに居合わせてしまったので、仕方なくそのまま待機。ダッシュで逃げ出すなんてことは、さすがにマナー違反である。

 端の方に移動して、さり気なく使用人たちの整列にまざった。


 どこからどう見ても使用人の格好なので、使用人列に並んでいた方が馴染むと思ったのだ。私は作業着みたいな簡素なドレスに、土で汚れたエプロン。頭にはほっかむり。茶ばんだ軍手を着用中。うん、隣に並んだ清掃係のおじさんと調和している。よし。

 

 キャメロンが廊下の奥からパタパタと駆けてきた。


「セシル様ぁっ! お待ちしておりましたぁ!」


 彼女が横を通り抜けた瞬間、ボリュームたっぷりのスカートに押されてよろめいてしまった。隣のおじさんが支えてくれたが、「え、あれ!? エマお嬢様!?」と、ギョッとした顔をされた。今気が付いたらしい。すみません、お邪魔してます。


 キャメロン、両親がそろったところで、セシルは胸に手を当てうやうやしく挨拶をした。


「突然の訪問となり申し訳ございません。まずは謝罪したいことがあります」

「えぇ、えぇ、お聞きしましょう」


 父が「うむうむ」と訳知り顔で先をうながす。


「縁談の手紙の件なのですが……」

「うむ」

「気が急いてしまって、いきなり婚約打診の手紙を送ってしまったことを謝りたく思います。まずは茶会などを開いて、エマ様と親睦を深めるべきでした。急に手紙を送って、彼女を驚かせてしまったかと思い、申し訳なく……」

「うむ……? ゴホン。アーベライン様、その件ですが、名前を間違えておいででしてね。花嫁の名前は、正しくはキャメロンと言います」


 キャメロンは軽やかに前へ出た。


「あたしはキャメロンですわ。うふふっ、セシル様ったらもぅ~」


 淑やかに、それでいて可憐な所作でお辞儀をする。美しいドレスの裾がふわりと舞い、花の甘い香りがこちらまで漂ってきた。彼女は人々を魅了する、最上級の笑顔を浮かべた。


 が、セシルは玄関ホールの端っこへと顔を向けていた。


「あっ! そちらにおいででしたか、エマ様!」


 ヒュホッ……!? 私の気管は変な音を立てた。


 セシルはキャメロンと両親にペコリと一礼すると、使用人の列へと歩み寄ってきた。一直線に私の前に来て、手を取られた。


「エマ様、祝賀会ではお気遣いいただきありがとうございました。あの日以来、どうしてもあなたのことが心から離れなくて……。性急な手紙を送ってしまい、すみませんでした」

「え……え? ええええと、私は、使用人です……。キャメロンお嬢様は、あちらに……」

「? ええ、妹君には今ご挨拶をいただきました。エマ様は使用人のお手伝い?も、されているのですね? 俺は戦場暮らしが長くて、貴族の暮らしはよくわかりませんが、エマ様は働き者なのですね。庭仕事をされていたのですか?」


 握っている手――私の土の付いた軍手をまじまじと見ている。私は頭が真っ白になってしまって、機械人形のようにギクシャクと口を動かした。


「は、は、はい……。庭で、野菜作りを少々、たしなんでおり……」

「それは素敵ですね。作業の途中でお出迎えいただいたのですか? 邪魔をしてしまって申し訳ない。よければ見学をしても?」


 一体何が起こっているのか。どう動くのが正解なのか。生まれて初めての状況に、頭が追い付かない。

 玄関ホールにいる全員があっけに取られて身動きを取れずにいた。


 ミ、ミシェ、助けて……! この状況どうにかして……!

 私は初めて守護天使に縋りついた。


『よしきた! エマの頼みなら!』


 ミシェは翼をはためかせて、硬直している父に体当たりをかました。いや、彼の体の中に入り込んだのだった。

 憑依された父は操り人形と化して、声を張り上げた。


「セシル様、どうぞお庭へ! エマ、ご案内なさい」

「えっ、あっ、はい……!」


 ミシェは父の体を乗っ取って命令を下し、すぐにスゥッと出てきた。


『守護対象外の人間に直接干渉するのは、実はあんまりよくないんだけどな! 一定期間ペナルティーをくらっちゃうからさ。まぁ、僕はペナルティー王だから、気にしちゃいないんだけど』


 天使にも規則があるらしい。ミシェの説明を聞きながら、私は庭へと移動した。手はセシルに握られたままだった。


「…………あたしも……お庭に行くわ。間違えていらっしゃるんだもの。正さないと……」


 スカートを握りしめた手をブルブル震わせながら、キャメロンが後をついて来た。が、私には気にしている余裕などなかった。





『そんなフリフリドレスで畑に来んなよな。あーあ、綺麗な生地が土まみれだ』


 どういうわけか三人で庭に集合してしまった。

 

「……ええと、こちらが私の育てている野菜です」

「おお! 思っていたよりたくさん育てていらっしゃる。すごいですね。これ全部おひとりで?」

「はい、一応」

「へぇ、菜園を趣味にされているご令嬢がいらっしゃるとは。高貴な女性は趣味として刺繍とか観劇とか?を楽しむものなのかな、と思っていました」


 弾かれたように、キャメロンが話に入ってきた。


「土いじりをするお姉様は、貴族としてはちょっと変わり者ですねぇ。でもあたし、お姉様のそういうところも大好きなんです。人とは違う趣味って素敵じゃないですか。あたしも実は人とは違う趣味があって――」

「あ、葉の裏に虫がついてますね」


 セシルは野菜の葉をめくって裏側を見ていた。マ、マイペース……天然だろうか。

 キャメロンの自分語りは中断され、話題が切り替わった。


「ハーブを一緒に育てると虫よけになりますよ」

「あら、そうなのですか。お詳しいのですね」

「実家は農家ですから。十歳頃までは家の手伝いをしていたんです」


 すかさずキャメロンが割って入る。


「まぁっ! じゃあセシル様は植物にお詳しいのですね。あたし植物の魔法が使えるんですよ! 中でも一番得意なのがお花の魔法なんです。ほら、見てください。花束だってあっという間にこの通り――」

「あっ、いけませんエマ様! その虫には毒があります!」


 茎に付いていた芋虫を指先で落とそうとしたら、セシルに手を握られた。ごつごつとした大きな手。剣を握る男性の手だ。逞しい男性の手が、私の手をギュッと……。ギュッと……。


 ……何これ照れる……!!!!


 エスコートや舞踏会で男性と手を重ねる機会は多いけれど、私的な場面でこうもギュッと握られるなんて初めてで、普通に照れる。顔が熱い。


 た、助けてミシェ……!


『僕は何もできないよ。さっき干渉した分のペナルティーで、しばらくは天使の力を使えないんだ』


 そうなんだ、ペナルティー中は無力なのね。……本当に?

 ミシェはニヤニヤしながら、重ねられた二人の手をツンツンとつついていた。




「は……? ……は……? ……え? 待って……? 意味が……わからない……。え…………?」


 キャメロンがぼそぼそ呟き、わなわなと体を震わせていることには、誰も気づいていなかった。



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