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10 間違い手紙

 後日、我が家に一通の手紙が届いた。金箔で飾られた重厚な封筒だ。見るからに大事な用件の手紙である。

 差出人は英雄騎士こと、セシル・アーベラインであった。


 そう、これは縁談についての手紙。凱旋や祝賀会などのイベント事が一段落ついた今、正式に打診が来たのだろう。


 手紙を受け取った父がキャメロンと母を応接間に呼んだ。


「アーベライン騎士伯から手紙が来たぞ」


 彼は農家の出らしいが、騎士伯の位をもらっているようだ。貴族家に婿入りするにあたり、体裁を良くするために調(ととの)えられたのだろう。


「まぁ! きっと素敵な手紙だわ。キャメロンちゃん、早くいらっしゃい」

「はぁい! あ、お姉様も呼んでくるわ」


 え、いい、いい。そういう気は使わなくていい。

 素知らぬ顔で廊下を進もうとしたけれど、駆けてきたキャメロンに腕を組まれてしまった。


「お姉様! セシル様から金箔飾りのお手紙が届いたの。お姉様も来て!」

「私はやりたい事があるから」

「どうせお庭で土いじりをするのでしょう? そんなはしたない遊びより、家族の団らんの方が大事だわ」

「はぁぁ……用が済んだら即解散でお願いね」


 ズルズルと引きずられるようにして、私は応接間へと連行された。


「うふふ、とても綺麗な封筒だったけど、何のお手紙かしら」

『わかってるくせに。自慢したがりめ』


 ミシェは舌を出してベェーッとしていたが、見えていないキャメロンは超絶ご機嫌な面持ちだ。まさに幸福の絶頂にいるのだろう。紅潮した頬は緩みきっている。


 全員がソファーに座ったところで、父が手紙を取り出し、読み始めた。


「拝啓、時下ますますご健勝のこととお慶び申し上げます。

先日の祝賀会ではご丁重なるご挨拶と、お心遣いのお品をいただき厚く御礼申し上げます。

さて、この度は陛下よりご高配を賜っております縁談についてご相談したく、お手紙を差し上げました。

私、セシル・アーベラインはエマ様とのご縁を賜りたく――……ん……?」


 ん……? 読み間違えだろうか? 父は咳払いをしてからもう一度読み上げた。


「セシル・アーベラインは、エマ様との、ご縁を――……」

「……」

「……」

「……もぉっ、お父様? しっかりしてくださいませ」

「……エマ、様との、ご縁を……」

「お父様ったらぁっ!」


 痺れを切らしたキャメロンが手紙をひったくった。手紙を食い入るように見つめて、ただでさえ大きな目をさらに大きく見開いている。


「…………あ……れ……? あたしの……名前……は……? どこにも……。え…………?」

『どれどれ? おおっ! あの騎士、エマと婚約したいってよ! やったじゃん! 結婚しちゃえば!』


 キャメロンの背後から手紙をのぞき見したミシェが、ヒューヒューと口笛を吹いた。

 ミシェを除いた全員が、状況を把握できずに固まっていた。


 けれど、最初に我に返ったのはキャメロンだった。


「あ……名前を、間違えてしまったんだわ……。うん、あの日はバタバタしていたし、お疲れの中でのご挨拶だったから……」

「そ、そうだな……! そうに違いない! 確かに、パーティーでは色んな家が次から次へとアーベライン様に挨拶をしていて、名前なんて覚えられる状況じゃなかったものな」

「おっほっほ、アーベライン様ったら、うっかりしておられるのだから」

「ずぅ~っと戦場にいたお方ですものね。うっかりは仕方ないわ。貴族のみなさんのお名前を覚えるのはとっても大変だから、結婚したらあたしがお支えしないとっ!」


 あぁ、なるほど。そういうことか。そういえば、キャメロンが改めて自己紹介をした後、私のことも紹介していたっけ。きっとそのあたりで、ごちゃごちゃになってしまったのだろう。


 私は納得すると、スゥ~ッと気配を消して、応接間をあとにした。用は済んだのだから、もういいだろう。


『ええ~? 本当に間違いかぁ? 文中に五回も名前出てきてんぞ?』

「私とキャメロンの名前を逆に覚えちゃったのよ」


 この後、父が訂正の手紙を出して、この一件はおしまいだろう。私はさっと気持ちを切り替えた。


「さ、お庭に行きましょう」

『今日は何すんの?』

「草取りと害虫のお勉強」


 最近、実際に野菜作りを始めてみたのだ。いくつかの種類の野菜を種から育てて、今はわさわさと葉が増え始めているところ。


 庭仕事用のエプロンとほっかむり、軍手を身につけて、草取りを開始する。が、その前に。


『祈りの魔法も忘れるなよ!』

「もちろん」


 光魔法士の日課、お祈り魔法をしておく。胸の前で手を組んで、心の中で呪文を唱える。呪文は天界の言葉だそうで、ミシェから教わった。私には意味不明な言葉なので、とりあえず音だけ真似して唱えている。


「よし、おしまい」

『ご苦労さん!』


 割と適当なので、本当にこれでいいのか疑問である。


「前から思ってたけど、これ、ちゃんと効果があるの? こんな見よう見まねの魔法で」

『「祈り」は効果範囲が広~~~い魔法だからな。目の前でパッと何かが起きるわけじゃないんだよ』


 セシルの呪いを吹き飛ばした浄化の魔法のように、わかりやすい効果がある方が達成感があって気分がいいのだけれど。お祈り魔法はそういうものではないらしい。なので、何かをした実感がまったくない。でも魔法を使った後はしっかり疲労感が残るので、何かしらは起きているようだ。


『今のエマの祈りのおかげで、国土を覆う祓魔(ふつま)の結界がさらに強化されたぜ』

「何にも変わった感じはないけれどね」

『西の戦地だって、エマが祈りを続けたおかげで制圧できたんだから』

「またまた~。ヨイショはいいから、ミシェもお手伝いして。翼を広げて日除けを作ってちょうだい」

『……もぉ~。天使を日除けに使う奴、エマが初めてだよ』


 ぶつくさ言いながらもミシェはお願い通りに動いてくれた。なんやかんや楽しそうにしている。


 畑の雑草を抜いた後、野菜の葉っぱの裏を確認する。アブラムシが増えてきた。


「虫よけの薬はどうすればいいのかしら? あら、こっちは虫がいないのに茎が割れているわ」


 野菜作りはなかなか教本通りにはいかず、難しい。けれど、毎日こつこつと世話をするのはとても楽しい。自分の性格的に向いていると確信したので、修道院暮らしにはすっかり前向きになっている。


「よし、虫よけの農薬を作ってみよう。ええと、バケツ、バケツ」


 バケツを取りに行ったら、屋敷の門前でバタバタと音がした。早馬の使者が来たみたいだ。父が対応に出てきた。


「セシル・アーベライン様より、ハーゲン伯爵へ急ぎのご連絡があります」

「あぁ、縁談相手の名前を間違えた件か?」

 

 間違いに気が付き、謝罪の早馬を出したのかもしれない。今頃、失態に顔を青くしていなければいいけれど。


「名前……? ええと、事の詳細は聞いておりませんが、『午後に面会をお願いできないか』とのことです」

「おお! 我が家においでになるということか? もちろん、構わないと伝えてくれ」

「仰せつかりました」


 彼は直接謝罪に来るようだ。誠実な性格なのだろう。キャメロンとお茶をしたいという思惑もあるのかもしれない。


 何にせよ、私には関係ないわね。

 

 キャメロンの自慢癖に巻き込まれて、お茶会に連れ込まれないようにだけ気を付けておく。呼ばれても参加できないように、土まみれになっておこうかしら。



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