私、あなたの声がキライです
「あー、やっぱ今日もいたぁ」
その声が聞こえた瞬間、心の中でカウントダウンが始まる。
——5、4、3、2、1。
「オレさ、今日、マジで疲れてるんだよね〜。癒やしてよぉ、ねえねえ」
声の主は、週に三度は現れる常連客。年は四十代半ば、職業不詳。
私の名札を見ては「ミユちゃん」と馴れ馴れしく呼び、ろくに商品も買わず、レジ前でひたすら喋る。
「彼氏いないでしょ? オレがさ、いい人紹介してあげよっか?」
ニヤニヤと笑うその顔、苦手を通り越してホラーである。
私の作り笑顔も限界だった。こっちは接客中、仕事中。笑っていればいいって思われてる空気が何より不快だった。
彼の喋りが止まらない中、私はスッとレジの操作を終え、商品の入った袋を差し出した。
「……870円になります」
「あれ? ミユちゃん冷たくない? オレこんなにフレンドリーなのに?」
その瞬間、私は顔を上げて、はっきりと言った。
「あなたの声が、ムリなんです」
彼の表情が凍りつく。私は続けた。
「声が大きくて、距離も近くて、何より内容が不快です。仕事中に癒やせとか、彼氏いないでしょとか、全部セクハラです」
「……いや、そんなつもりじゃ——」
「“つもり”の話じゃないんです。“言われた側がどう思うか”です」
店内は静まり返っていた。冷蔵庫のブーンという音がやけに響く。
彼は視線を逸らし、財布から小銭を取り出すと、言葉もなくレジ袋を受け取って店を出ていった。
私は深く息を吐いた。そして、次のお客様にいつも通りの声をかける。
「いらっしゃいませ」
でも今日の声は、少しだけ胸を張っていた。