女神様は僕を転生させない
どこの小説サイトを覗いても転生ばかりになったころから、だんだんと転生というものが大成金時代(嘘)にしか見えなくなった。なんか人間の卑しさが文字並みに目立つようになった。そうすると転生が嫌いというよりも、人間性が、つまりはそれを作り上げた現代が歪に思えてきた。すると不思議なもので、僕の毎朝の通学路、そこを通るゴミ収集車を見る目も変わってきた。
「なんかの間違いで僕も異世界で極楽浄土してえわぁ」
僕はその毎朝になってしまった念仏を唱えながら赤信号を無視するのであった。なんと今日は運がいいらしい。ちょうど勢いよくゴミ収集車がこちらへ走ってきた。
「あぶなーい!」
ガッタンゴロロン――やはり現実は無情だった。酔っ払ったトラックが横の道路から出てきて、ゴミ収集車と激突。まるで僕を助けたようにトラックとゴミ収集車がぶつかり止まった。
中にいる人は血塗れだったから、僕はまもなく110番をする。
「はい。事件ですか、事故ですか」
「事故だけど事件です。事故が起こりました。〇×〇〇×丁目の〇×辺りです。怪我してそうなので救急車もお願いします」
「わかりました。どんな事故ですか?」
「車の衝突事故です。羨ましいぃいいいいいい!!」
「……?」
僕はAEDを使えと電話の警察の人に言われましたが、このご時世だから、何も返さず電話を切って逃げました。もちろんあとで担任と警官に呼び出されてこっぴどく叱られましたが、僕は謝りませんでした。しばらく謹慎になりました。なんでやねん。
ニートも学校からそうしろと言われたのなら少し心持ちも違うだろうか。僕を虐めているのはつまるところ教師であって世間である。つまりだいたい総理大臣が悪く、だいたいどこぞのお金持ちが悪い。悩んでもどうしようもないから、僕はハウスワークだかデスクワークだかで家にずっといる親父、母を煙たがって、散歩することにした。いや、転生することにした。
僕は誇り高き右翼過激派なので、最近中国人が買ったらしいマンションから飛び降りようと思う。さすが中国人なのか、セキュリティはガバガバなので、屋上から日本の景色の良さがよくわかる。
僕は汚ねぇ字で書いた日本語なのか異世界語なのかわからん遺書を、中身は言うまでもなく――ブラック企業で鬱になりました。ふらふらしていたらここから落ちました――という内容のものを、カビだか苔だかわからんこれまた汚ねぇ靴の中に刺して、いよいよおさらばしようと手すりに踏んだ。
「ああ、生まれ変わったらウサ耳の美少女がいいな」
その心持ちでピョンピョンと、僕は跳び下りました――ところがすっとこどっこい、まるでゲームみたいな上昇気流が容易く俺の身体をふわりと浮かせ、おふざけなのか、月まで昇らせる勢いで僕を持ち上げた。しかも妙にネバっとして臭いので、気持ちが悪い。その大気汚染に酔っている間に、僕は宙から屋上の地面に頭を打って、倒れてました。また死ねませんでした。
「どんだけコイツ、死のうとすんだよ。マジで無理なんですけど。ねぇ、神様、コイツボコしていい?」
頭を打ったせいか、麗しき透明がかった金髪の美女が雲に映えている。僕に指を差して、かなりワガママに怒っている。僕は神様ではないのは、少し残念であるが、翡翠のような瞳が僕に向いていないからわかった。
「お姉さん、綺麗ですね。どこ住み? え? やっぱ異世界? よし、今から行くよん!!」
「おい待て、この野郎! 馬鹿野郎! ふぅー! ふぅー!!」
またしても風のせいでコンクリートに顔面をぶつけた僕。なんだ。僕、不老不死か? それとあの風って金髪美女の吐息だったのか。えっ、息臭くない?
「聞こえてんぞ! クソガキ!」
「あっ、やっぱり息臭い」
「違うわ! てかテレパシーだから臭いなんか届かねえわ!」
「テレパシー……アルミホイル被っとくか(巻き巻き)」
「ああもう、いいわ、そういうボケ。え? 本気かよ。バカじゃん」
「は? お前、洗脳されてるの気づいてないの? バカじゃん」
なぜかレスバがはじまりそうだった。というかはじまって、おわった。僕は負けました。切腹する勇気もありません。ガチで病んだので、もう一回ここから飛び降りました。またくせぇ、美女の息に頭を打ちました。なんか癖になってきた。
「それここのオーナーの汚水だぞ」
「うぇえええっ!!」
吐きそうで吐けなかったが、すっきりしたから、雲の上の美女がよく見えるようになった。あれ、幻覚ってこんなに気持ちよく見えるものなの? それにこんなに話しているけれど、この美女誰なの?
その疑問を浮かべた途端、美女が「あっ、こいつと話しちゃダメじゃん!」と慌てだした。と地の文を頭に浮かべると、さらに「うわっ、うわっ!」とさらにさらに慌てだした。と地の文を頭に浮かべると、以下略。
「あのさ、喋んなきゃいいのでは?」
「あっ――確かにそうだわ。お前、賢いな」
「そうだぞ。僕は賢いんだ。それなのにこの人生、退屈で溜まらない。つまらない。それはこの現世がおかしいからだ。だから僕はここから飛び降りるのでした」
「おい、だからそれ止めろって言ってんだろ!」
「ふん?」僕はボソッと嫌味ったらしく笑いながら真っ逆さまに飛び降りた。
「ふぅふぅー! ふぅうううう!!」臭い暴風吹き荒れる。
僕は例のごとく着地した。顔で。この痛みがだんだん快感になってきたのは、あの美女のぜぇぜぇと息切らす様が面白くなってきたからだろうか。
「あれ、やっぱり死ねないな。お前、悪魔かよ」
「違げえよ! 女神だわ! あっ、言っちゃダメじゃん!!」
「そっか、女神なんだ」
「せ、性格悪いな、コイツ……」
「普通に話してるけど、いいの?」
「……」
「無視するとか残忍だな。これ、いじめでは? 女神がそんなことするなんて。やっぱり悪魔に違いない」
「マジでこいつ死んでほしいんだけど。はぁ……生かす必要なくない?」
年上の金髪美女を弄ぶのがこんなに楽しいだなんて。帰りにコンビニでティッシュ千ダース買ってこよ。
どうやらこの美女は女神らしい。幻覚にしてもこんなに綺麗なら、もはや僕が綺麗ということでそれはそれでいいとして、女神らしい。口は悪く、性根も悪いかもしれんが、やはり容姿は女神と言い張れるだけの美貌がある。それとその言動から、女神が僕の度重なる死亡フラグを葬ってきたらしい。なぜ僕を異世界に行かせてくれないのか、その理由を女神は勝手にこぼしはじめた。
「性格が陰湿、クズ過ぎるから転生先でお断り。確かにどうしようもないクズだし、平凡以下だし、その判断も正しいと思うけど、私ずっとこいつの相手してるの考えろや!!」
なんか勝手にキレ出した。女神怖い。
「毎日、自殺行為じみたことして、そのたびに助けてやってんのにまたすぐ死のうとするし。メンタル豆腐過ぎて、ちょっと怒られたくらいで死のうとするし、なんなのあれ、私が友達と昼休憩入ってるときに死のうとするのやめてほしいんですけど。全然、休めねえわ! それに体内時計狂ってるから深夜もずっと起きてて、私だけ毎日夜勤なんですけど。一人ぼっちでこのクズ眺めてる時間って何なの? しかも残業代出ないし! 残業代出ないし!!!」
これはもう手が付けられない。女神超怖い。こんなんじゃおちおち自殺もできやしない。またここから飛び降りようものなら、さらに五月蠅い雲になるだろうし。とりあえず今日のところは家に帰るか。
と、家についても女神はずっと僕の頭の中で激昂していました。それが太鼓の音を太鼓の中で聞いているような煩さ、振動が、僕の頭は爆発しそうでした。けれど僕は必死にそれを耐えた。女神が疲れ果てて眠った真夜中まで、僕はぼんやりと耐えていた。
これほどにまで死にたいと思った四時間は今までに無かった。僕はやっと安心してベッドで眠るのでした。かなり疲れていたから久々に安眠できた。