〈15〉それぞれの思惑
ワイズの聖域での宣言のあと、十家のガリム家の当主ケイタがワイズに詰め寄った。
「なぜ、あのような場所で上級身分の戯言を相手にしたのですか?」
「戯言だからだ。御神木からはもうリンゴは実らん。実らなければ我々の支配を認めるんだ。こんなうまい話はないだろう。それで我々のことを目の上のたん瘤と思っている上級身分にも認めさせることが出来るんだからな。とてもいい話だ」
「ですが、もし聖なるリンゴが実ったら」
「実りはしない。そんなことを心配するより、そろそろエリス嬢の嫁ぎ先でも考えた方がいいんじゃないのか? ナパ国一の美少女といわれるエリス嬢だ」
「……」ケイタは答えなかった。ケイタはエリスを溺愛していて嫁ぎ先などまだ考えたくもなかった。
「どうだ。貿易で財を成しているイスバインの息子は。イスバインの息子がたいそうエリス嬢を気に入っているらしい。それにあれは信用できる上級身分だ。金もたんまりある」
「イスバインの息子とエリスでは年が離れすぎです。エリスが嫌がります」
「そうか。なら尚更、エリス嬢が気に入る嫁ぎ先を探さんとな。こんな終わった御神木に気を取られている場合ではない。我々は権力の証しである聖なるリンゴがない新しいステージに進まなくてはいけない。この一年はその準備にとりかからなくてはいけない。上級身分の選別もそうだ。聖なるリンゴが失われた今、我々の支配を盤石なものにするためには決して欠かすことはできないことだ。エリス嬢の嫁ぎ先も上級身分に嫁がせるのなら、そのことも念頭に入れて欲しいな」ワイズは十家の当主たちにいい、そしてケイタに念を押した。
ユウマはグレコの屋敷の一室にいた。そこにはレングもいる。
「先にも言ったが御神木はハイメがいうように死に体同然。このままなら来年も聖なるリンゴは実らない」ユウマが言った。
「だが、お前は実らせることが出来ると俺に言った」グレコが言った。
「それはあくまでも種を絶やさぬように一年、ないし二年、延命させることが出来るだけであって蘇るわけではない」
「それでいい。終わってる樹が蘇って長生きするなんて毛頭考えてない。来年実をつけてくれればそれでいい。出来るんだろ?」
「それなら」
「なら、やってくれ。来年、実ってくれればそれでいい」
グレコはユウマを見たとき、初め、驚いた。なぜなら三年前にユウマに聖なるリンゴに似せた毒リンゴを盗ませ母殺しを画策した張本人だからだ。
グレコはユウマを知っている。
しかし、ユウマはそのことを知らない。グレコのことも知らない……。
「聖なるリンゴが実らないとお前の命もそこで尽きることになる。それは分かっているな」
「はい」
「なら、せいぜい励め。そして、必ず聖なるリンゴを実らせろ。そしたらお前に良いことが起こるかもしれない」
グレコは不敵な笑みを湛えた。
ユウマはその笑みの意味が分からなかった。
ナパ国の人々の関心は、来年、ユウマが聖なるリンゴを実らせることが出来るか否か、に向けられていた。
執政十家に反抗する反執政十家も成り行きを見守った。
「来年、聖なるリンゴが実らなければ、政変の導火線になるのは間違いない」マトイが言った。
「我々の闘いはもう始まってる。実らなかったのを見届けてから動いては遅い。今こそ、執政十家に反対する者を増やし、来る日に備えなければいけない」ジュリスが言った。
「上級身分、下級身分、奴隷も関係なく?」レジスタが尋ねた。
「そうだ」
「あえて不安を煽ったり、流布することも必要になるな」
「手段は選んではいられない。兎に角、執政十家の独裁を終わらせなくてはいけない」ジュリスが締めくくった。
ユウマは御神木がある聖域でルノアとカナタと三人で御神木の延命に尽力していた。
グレコの家に仕える者たちがユウマたちを監視していた。監視はユウマたちが逃げないのを見張っているようなものだった。
カナタの指示のもとユウマとルノアは御神木の回りを掘っていた。カナタはリンゴの樹にもっとも詳しい少年だった。
「なんで俺が都まで来て穴掘りしなくちゃいけないんだよ! 大体、これ、本当に延命できるのか?」ルノアが言った。
「出来ますよ」カナタが言った。
「ディオンさんがカナタも行けっていったのはこういうことも想定してのことだったんだね」ユウマが言った。
「カナタ、やっぱダメそうだったら早く言えよ。逃げるにも段取りがあるんだからな」
カナタはユウマと顔を見合わせ微笑んだ。




