二話〜才能〜
インフルエンザという病気にかかるなどした
二話
「兄さんが死ぬなんてありえない!」
「そうよ! 兄様が王都周辺にいる程度のモンスターに負ける筈が無いわ!」
ドロクが屋敷に着いてすぐ、リオンの弟のレイドと妹のリーアにリオンの死を告げた。
話した内容はこうだ。教会で祝福の儀式を受けたリオンはあまりにも役に立たないスキルを得てしまい、茫然自失のまま一人で宿に戻っていく。ソッとしておく事にしたが、宿に戻るとリオンはおらず、捜索した所一人で外に出ていった事を知り、追いかけたがモンスターに殺されてまったリオンを見つけた……という、どこにも真実がない作り話。しかしファンブルグ家当主がそうなったと言えば、そうなるのである。
レイドもリーアもファンブルグ家の人間としてそれは承知の上で、それでも信じられない作り話に声を上げてしまった。
二人の反応が予想外のものだったので、驚いてドロクは聞き返す。
「……どういう意味だ?」
「父さんこそ何を言っているんですか!? あの兄さんがそのへんのモンスターに殺されるなんて、誰も信じませんよ! しかも役に立たないスキルを得たってだけで茫然自失になんて、あの兄さんがなるはずがない!」
「そうよ!」
「意味が分からん。分かるように言え」
「……父さん、本気で言ってるんですか?」
「ど、どういう事だ? 年下のお前たちよりも才能がないリオンがなんだと……」
レイドはドロクが本気でそんな事を言っている事を理解し、深く……深くため息を吐く。
(父としてはアレだが、王族にも重宝される程の人間であるという点でそれなりに尊敬はしていたが……)
「なんだ! その態度は!」
「父さん、本気で兄さんに才能がない、なんて言ってるんですか? どうしてそんな風に思っているんですか?」
「当然だろう! いつもダラダラと遊び呆けて、決まった時間にしか訓練をせず、武術でレイドに負け、魔法でもリーアに負ける! せめてスキルが有用であればと思ったが、あんなゴミスキルとは……」
「……父さんは兄さんが真面目に武術の訓練に取り組んでいなかったのは知ってるんですね」
「当たり前だ、報告を受けている。その日の気分で武器を変えているなど、不真面目な態度である事もな」
「確かに兄さんは武術に全く興味がなくてその日の気分で武器を変えて、本気の僕と正面からやり合って飽きたら降参していました。でもやる気が無いのに、全ての武器で僕の剣と対等以上にやり合ってたんですよ。それも理解しているんですか?」
「………………なに?」
レイドの剣の腕は、10歳にして既に王国騎士顔負けである。そのレイドから見ても、リオンは別格だった。槍を持てば翻弄し、短剣を持てば手数で押し、篭手を持てば防御が硬く、盾を持てば圧倒される。その他あらゆる武器を使ったが剣だけは使うことは無かったが、それもリオンの慈悲である事をレイドは見抜いていた。
それらをドロクは部下から報告を受けていたが、「やる気がない」「武器をコロコロ変えて遊んでいる」という部分だけ聞いて他を聞き流していた為、この事実は知らなかった。実際部下は「やる気があれば」「本人にその気がない」と勿体無さそうにしていたが、その言葉をそのまま受け取った結果、ドロクの中でのリオンは「やる気がなく武術の訓練中も遊んでいる才能なし」という話になってしまっていた。
レイドが諦めたように首を振って黙り、代わってリーアが怒りをあらわにした。
「兄様は魔法の腕も一流よ。五大元素を使える上に、身体強化と光魔法まで使えるのよ。それに無詠唱で同時に三つ以上の魔法を放つ事もできるし、火力こそ私の方が上だけど、それ以外で私が勝ってる所なんて一つも無いわ」
「な……なに!?」
「火力だって、魔法の競い合いに興味がないからだし。本気でやり合ったらこっちが魔法を使う前に制圧されるわね」
魔法の訓練では、リオンはリーアとの比べ合いしかしていなかった。同じ魔法を使い、火力で相手を任せるだけの力任せの訓練は、リオンの真価を発揮するものではない。
当たり前のように火力に特化させたリーアに勝てる訳もなく、ドロクの耳には「リーアに負けるリオン」という現実だけが届いていた。
自分がとんでもない事をしてしまった可能性を突きつけられたドロクは、立ち上がって叫んだ。
「とにかく! リオンは死んだ! それが真実だ! いいな!?」
既に王宮へ使いも出してしまっており、自分の過ちを認められないドロクは部屋を飛び出していく。
残ったレイドとリーアは顔を見合わせ、揃ってため息を吐いた。
「これ、どこまで兄さんの想定通りなんだろうね……」
「生まれてから今日まで、兄様の考えてる事が分かった事なんて一度もないわよ」
「それは僕もそうだけど……はぁ、いずれにしても父さんが決定を覆す事もなさそうだから、僕が次期当主か……」
「……お互い、器に足りないわね」
「嘆いても仕方ないか……」
レイドは窓辺に寄って外を見る。二人の兄妹の心境とは裏腹に、澄み渡った青空だった。
(恨めば良いのか、羨めば良いのか……兄さんには【ファンブルク】は狭過ぎたのかもな)
*
「ごぁあああ……!」
「な、なんだこいつ……ただのガキなんじゃなかったのかよ……!」
「………………」
リオンを襲撃した男達は、ものの数分で床に転がされていた。最初に手を出した大男は気絶させられている。
リオンはそんな男たちを見下しながら言った。
「元冒険者かな? ランクは精々C〜D程度。今はこうして犯罪者、か」
「て、テメェらのせいだろうが! 自分達の都合で冒険者ギルドを私物化しやがって!」
「私物化? そんな話は聞いたことが無いけど……素行調査をさせて基準に満たない場合は冒険者資格を剥奪するようになったのは聞いてるけど、もしかしてそれの事かな?」
「し、仕事はちゃんとしてただろうが!」
「調査部はかなり優秀で、問題を起こす冒険者が激減したと話には聞いてるけど。いや、こんな夜分に押し入るような自分の人間性から見直してみるべきだったね」
「うるせぇ! ガキに何が分かる!?」
「逆に聞きたいのだけど、仕事をすれば誰かに迷惑かけても良いなんて本気で思ってるの? ご飯を食べに行ったら美味しい料理は出してもらえたけど、顔がムカつくって言われて水をかけられたとして、「料理は美味しかったから仕方ない」って言えるの?」
「はぁ!? そ、それとこれとは」
「何が違うの? お前の言ってる事はそういう事だけど。仕事さえちゃんとしてれば、その他何をしても許されるんでしょ?」
「う……」
「それに冒険者カードの再発行手続きをすれば素行調査がされて合格すれば再発行してもらえるよね? 6割くらいは素行が回復して再発行されてるハズだけど、何やってたのかな?」
「……ぐ……ぼ、冒険者として代わりに危険な仕事をしてやってんだ! ちょっとくらい良い目見ても良いだろうが! 冒険者特権だ!」
「冒険者特権……危険な仕事の分、報酬は多く支払われていたと思うんだけど、それでも足りないからって勝手に追加報酬を得ようとするくらいなら、冒険者なんて務まらないね。自分の労働に見合った報酬を出してくれる理想の雇い主を探すべきだったね」
布団のシーツを破って男たちを縛り上げたリオンは、荷物をまとめて部屋を出て下に降りると、女将が驚いたような表情で出迎えた。
そしてすぐにその場で土下座する。
「も、申し訳ありませんリオン様……! あ、あいつらに脅されて仕方なく……!」
「……仕方なく、ねぇ。それならなんでまだここにいるんですか?」
「………………」
「まぁ、宿泊費は布団のシーツの修繕費って事で。報告は正確にさせていただきますので、そのつもりで」
グルだったのか、話を持ちかけられて乗ったのか、リオンにはどちらでも良かった。
そのまま衛兵の詰め所へと向かい、事の顛末を話したリオンは、宣言通り何が起きたのかを正確に伝える。少しして連行されてきた女将と三人のゴロツキを見て、衛兵達が騒がしくなった。
「ランビック!? お尋ね者の元B級冒険者じゃないか!」
「元C級のテヘニーにマルシーまで……ほ、本当に一人で制圧したのですか!?」
そう問いかけられて、微妙な表情で答える。
(元B級だったのか……それにしては手応えがなかったんだけど……)
必要な事は全部話し終えて状況も確認できたという事で、リオンは解放される。
その前に、とリオンは衛兵達に言った。
「ごめんなさい、すぐに分かる事だと思うのですが、僕は多分死んだ事になる予定の人間です。なので今回の事を報告する時は僕の名前を消してください。僕は……レオ、ただのレオです」