一話〜準備の時間〜
一話
服屋に着いて「服を買い取ってほしい」「安い服を売って欲しい」の二つをリオンが伝えた所、服屋の店主はファンブルグのリオンである事に気付いていたが、何も言わずに言われた通り着ている服の査定と、安物の服とその服の代金を差し引いた金を渡した。貴族の言う事には基本逆らわない、貴族の問題には深く関わらない、というのが平民が上手く生きる為の処世術である。
店主の儲けを出す為の多少の値段交渉をリオンは全て承諾し、結果リオンは5枚の金貨を手にする事ができた。かなり安く見積もられているが、着ていた服はそのまま売る事は難しいだろうからその手数料と、面倒を黙って引き受けてくれた迷惑料も込みで、リオンはその値段で了承した。
次にリオンは道具屋に向かった。
道具屋の店主もリオンを見て目を見開いたが、その姿を見て普通の平民を相手にするように接してくれる。
すぐに目当てのものを見つけ、アイテムバッグ(大)と瓶を10本ほど取って購入する。アイテムバッグ(大)は大銀貨8枚、瓶は1本銀貨1枚で合計大銀貨9枚となった。
残額は金貨4枚と大銀貨1枚。
宿代は確認したところ一泊で銀貨4枚、一食につき銅貨5枚と看板に書かれていた。2月程度は問題なく過ごせるだろうが、今までのように好きな事をして生きられる程の余裕は無い。
ポーションを売ろうかとも考えたが、歩いている最中に通った薬屋を見てその考えを改める。
名称:ポーション
品質:粗悪
効果:傷口をゆっくり治癒する
名称:ポーション
品質:小級
効果:傷口を治癒する
名称:ポーション
品質:中級
効果:傷口を治癒し、少しだけ体力も回復する
この三種類のポーションが店に並んでいたからだ。リオンが作ったポーションとは雲泥の差だ。そんなポーションの値段が銀貨5枚、宿代よりも高値だった。
驚きながら大銀貨2枚で売られているハイポーションも鑑定してみる。
名称:ハイポーション
品質:小級
効果:全身の傷を治癒する
結果を見て、自分の作り出したポーション以下の効果しかない事実に愕然としたリオンは、自分で作ったポーションを普通に売り出す事で面倒が起きる予感がした。面倒は避けたいし、誰かに利用される生き方も趣味に合わない。
そうなるとポーションは自分用ということになる。
(冒険者が一番スキルを活かした生活ができそうだな……いや、まだ判断するには早いかな……?)
この街で冒険者に登録するのは、死んだ事になる予定のリオンだとややこしくなりそうだった為、冒険者になるならないに関わらず少し遠くの街に行くことを決めた。
ぐぅ。やる事を決めたところで空腹を知らせる音が鳴り、周囲を見回して見つけた近くの料理屋に入る。
やや薄汚れた料理屋に、リオンは少しだけワクワクしてしまった。こんな所で料理を食べる事なんて、今までの人生では考えられない事だった。
どうすればいいか分からず店内を見回していると、料理屋の女将と視線が合う。
服屋、道具屋の店主とは違って、女将は目を大きく開いて「り、リオン様!?」と声を上げてしまった。すぐにハッとなって口元を手で抑えたが、もはや意味がない。
店内中の視線がリオンに注がれてしまい、リオンは苦笑いするしかない。
とりあえずカウンター席に座り、すっかり静まってしまった店内の中、リオンは努めて冷静に口を開いた。
「すいませんが、オススメの料理をお願いします」
*
料理は美味しいものだったが、沈黙と時折聞こえるヒソヒソ声の中では楽しめるはずも無く、逃げるように店を飛び出してそのまま宿屋に入り部屋を借りる。
(顔を隠すフードでも買えばよかったなぁ)
などと後悔しつつ、早速アイテムバッグを開いて瓶を取り出し、蓋を開ける。
「【ポーション作製】」
そう呟くとリオンの脳裏に「ポーション」と文字が浮かび上がって来た。意識を集中して指を瓶の入れ口に近づけ、魔力を液体にして流すようなイメージをすると、指先からポーションが出てきて瓶に溜まっていく。
10分ほどで10本貯め終えて鑑定をして見ると、全て伝説級のポーションである事が分かる。
(ひょっとしてとんでもないスキルなのかもなぁ……)
ただポーションを作るだけのスキルだと思っていたものが、ハイポーションを上回るポーションを量産できる物だった……そんな事がドロクに知られれば、間違いなくリオンを取り戻しに動くだろう。それが国でも悪党でも変わらない。
「……いっその事、スキルを使わずに平民のように暮らすのもありかな? なんて、そういう訳にもいかないか」
現状のリオンにとって、このスキルが生命線とも言える。バレないようにすべきではあるが、使わないという選択肢はない。
売る事は難しい以上、リオンに残った選択肢としてあるのは、冒険者の道くらいだろう。
荒事は好まない性格だが、貴族として最低限やるべき事をやっていた。見た事のある範疇ではあるが、モンスターもリオンにとって脅威と呼べるものではない。
今後の予定を明確にしたところで、リオンはベッドに寝転がる。木製のベッドに藁を敷き詰めてシーツを被せただけの粗雑なベッドだが、何もかもが新鮮なリオンにとってはこれすらも楽しい経験だった。
考える事が多くて疲れたのか、うと……うと……と瞼が重くなっていく。
(……なんだ?)
微かな物音に、リオンの意識が一気に覚醒する。音を殺してベッドから降りると、ゆっくりと出入り口まで動く。
ドンッ! 扉が蹴破られ、男が三人、室内になだれ込んできた。
「あ? いねぇじゃねぇか」
「この部屋だよな?」
「女将がそう言ってたぜ」
男達がそう言って部屋を見回すと、出入り口横の壁に背を預けるリオンに気が付いた。
「なんだ、気付かれてたのか? 運の良いガキだ。だが逃げるのが遅れたなぁ!」
そう言ってニヤつきながらリオンに掴みかかってきた大柄な男を、リオンもまた笑みを浮かべ、開かれていた扉を閉めてからこう言った。
「誰だかは知らないけど……お前らがロクデナシって事だけは分かったから、容赦はしないよ」