【書籍1巻発売中&コミックス1巻7月1日発売!】呪われた仮面公爵に嫁いだ薄幸令嬢の掴んだ幸せ
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「呪われた仮面公爵に嫁いだ薄幸令嬢の掴んだ幸せ【連載版】」
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「これはどういう事だ? 何故私の色を受け継いでいない! まさかお前……」
生まれたての赤子を見て、エヴァン伯爵は妻の伯爵夫人に詰めよった。
「違います! この子は紛れもなく貴方の子供です! 瞳の色をご覧ください、貴方と同じアイスブルーの瞳です」
「そんなものを引き継いでも、意味がないだろう! こんな色なしの出来損ないなど、無能の役立たずにすぎないではないか!」
魔力が強いほど濃い色の髪を持って生まれてくるヴィスタリア王国で、エヴァン伯爵家のリフィアは真っ白な髪を持って生まれてきた。
白っぽい髪は平民の色という認識が強く、魔力を持つ者はほぼいない。居たとしても、貴族とは比べ物にならない程の微量の魔力しか持たないのが普通だった。
それでも一縷の望みをかけて、八歳の頃に神殿で行われた魔力検査。測定して分かったのは、リフィアには全く魔力がないという事実だけだった。
「エヴァン伯爵家の面汚し」
「無能の役立たず」
耳にタコが出来そうになるくらい聞いてきたそれらの言葉が証明された瞬間、元から冷たかった両親はさらに冷たくなった。
リフィアは今は亡き曾祖父が物置として利用していた別邸に隔離され、最低限の食事と衣類を与えられて放置された。世話をするメイドは居らず、別邸の外に見張りの騎士が一人立っているだけだった。
室内は骨董品にあふれホコリだらけで、歩く度にギシギシと床が鳴る。普通の貴族令嬢なら心細くて泣き出すだろう。しかしリフィアは肩の荷がおりたように、晴れ晴れとした顔をしていた。
(嫌な顔されてお世話されるより、気楽で全然いいわ!)
掃除、洗濯、身支度と、何でも自分でやるのは最初は大変だったけど、やっているうちに慣れた。
サイズが小さくなって着れなくなった衣服は、破けた部分の補修に使ったり、掃除用の雑巾にしたりしてあるもので代用してリフィアはたくましく生きていた。
幸いだった事と言えば、別邸には本邸の書斎に入りきれなくなった古い本や、曾祖父の私物と思われる本が置かれており、暇つぶしは十分に出来た。
別邸に隔離される前にマナーや読み書きをマスターしていたリフィアは読むのに苦労せず、逆に読書を楽しんでそこから新しい知識を得ていた。
誰もいないこの別邸にやってくるのは、一日二回食事を運んでくれるメイドと、たまにボロ着を持ってきてくれる執事だけだった。
しかし別邸に隔離されて五年後。二歳年下の妹セピアが来るようになって、リフィアのお気楽生活は幕を閉じた。
よく手入れされた赤い髪は綺麗に結い上げられ、可愛いフリルドレスに身を包んだセピアは、本に出てくるお姫様のようだ。しかし性格は本の中のお姫様とは似ても似つかない。
「お姉様、食事を持ってきてあげたわよ」
トレイに乗っていたのは、時間が経って石のように硬くなったパンに、しなびた野菜のサラダ、パサパサした魚のムニエルに、生臭い真っ赤なスープ。
セピアが同伴してくる時は、こうして食事に嫌がらせをされるのが日常茶飯事になった。
「ありがとう、セピア」
「ゆっくり、味わって食べてね」
嘲笑を残して去っていくセピアに、リフィアはそれ以上何も言えなかった。
父親譲りの真っ赤な髪をしたセピアは優れた炎魔法の才能があるようで、両親に可愛がられている。
初めてその嫌がらせをされた時、『もう少し食べやすいものにして欲しい』とお願いしたら、セピアは母に泣きついて訴えた。
『食事を運んであげたら、お姉様に文句を言われて睨まれた』と。
母は激怒して、リフィアの意見を聞くことなく頬をぶった。しかしそれだけでは収まらなかったようで、壁に打ち付けられ倒れたリフィアの体を今度は足蹴りし始める。
『食事をもらえるだけありがたく思いなさい! このエヴァン伯爵家の面汚しが! お前を産んだせいで、私がどれだけ責められたことか!』
『お母様、無能の役立たずでも勝手に殺してはお父様に怒られますわ。私はもう大丈夫ですので、どうかお気を静めになってください』
『ええ、そうね。セピア、私の可愛い子。貴方が生まれてくれて、本当によかったわ』
母はセピアを愛おしそうに抱き締める。母の愛情を一身に受けながら、セピアはこちらを見てほくそ笑んでいた。
痛むお腹を押さえながら、リフィアはその場から動けなかった。目の前の光景を見て顔をゆがめると、その頬にしずくを伝わせる。
魔力検査をする前までは、少なからず母の愛情を少しは受けていた記憶もある。
たとえそれが機嫌の良い母の単なる気まぐれだったとしても、初めてもらって食べたクッキーは甘くてとても美味しかった。
そんな記憶に残るたまに優しかった母をここまで変えてしまったのは、魔力を全く持っていない自分のせいだとリフィアは感じていた。
(私は、生まれない方が良かったのね……この世に生を受けて、ごめんなさい。無能の役立たずでも、ここまで育ててくれて、ありがとうございました)
食事をもらえなければ、ここまで生きる事も出来なかっただろう。たとえ愛されていなくても、必要とされていなくても、育ててもらった事実は変わらない。
遠退いていく意識に少なからず死を感じながら、これで楽になれるとリフィアはそのまま眠りについた。
しかし翌朝、何故かリフィアの顔や体に出来た傷は綺麗に癒えていた。
最初は神様が起こしてくれた奇跡だと思っていたリフィアだが、次第にそうではないと気付き始めた。
セピアが持ってきてくれた食事も、とあることをすれば美味しく食べれるようになる。
「貴重なお恵みを、ありがとうございます」
感謝をして祈る事で、石のように固かったパンも焼きたてのふかふかパンになり、しなびた野菜のサラダもみずみずしく新鮮に変化する。パサパサした魚のムニエルも脂がのってジューシーになり、生臭い真っ赤なスープも澄んだ美味しいスープになる。
何故こうなるのかは分からないけど、感謝をしてお祈りすれば大抵の物はこうして良い状態にする事が出来た。
嫌がらせをされても、その場を凌ぎさえすれば何とかなる。そう学んだリフィアは、この力のおかげで別邸に隔離された辛い生活の中でも何とか堪え忍んで生き延びることが出来た。
◇
隔離されて十年、十八歳になったリフィアは十年ぶりに本邸へ入ることを許された。
「リフィア、お前にはクロノス公爵の元へ嫁いでもらう。出発は明日だ、準備をして旅立つように。話は以上だ」
十年ぶりに見た父は、相変わらず威厳に満ちあふれ有無を言わせぬ厳格さがあった。
もう用はないと言わんばかりに、リフィアの返事を聞くことなくエヴァン伯爵は書類に目を通し始める。要するに決定事項をただ伝えるために呼ばれただけだったのだ。
執務室を出ると、そこにはセピアの姿があった。
「役立たずなお姉様でも嫁の貰い手があって良かったわね。相手はあの呪われた仮面公爵ですって、お姉様にはぴったりね」
「クロノス公爵様は仮面を付けていらっしゃるの?!」
「え、ええ。そうだけど……」
その言葉を聞いて、リフィアから嬉々とした笑みがこぼれる。
「何を期待しているか知らないけど、仮面の下は醜く皮膚が鱗化しているらしいわよ。いずれそれが全身に回って死ぬ呪いにかかっているらしいわ。そんな人の子供を生むためでも、役に立てて良かったわね」
「セピア、他に仮面を付けている男性は居るかしら?」
「普段からそんな不気味な仮面を付けているのは、クロノス公爵くらいよ」
「そうなのね! 教えてくれてありがとう! 私準備があるから戻るわ」
別邸に戻って、クローゼットの奥に大切にしまっておいたコートを取り出す。
(もしかしたら、このコートをお返し出来るかもしれない)
昔、どうしても舞踏会を見てみたくてこっそり別邸を抜け出した事がある。
綺麗に着飾った男女が、楽団の音楽に合わせて優雅に踊る。夢のような一時。
綺麗なドレスも靴もアクセサリーもない自分には分不相応な場所だと分かっていても、本で読んだ光景を一度でいいから見てみたかったのだ。
その日はまだ冬の寒さが少し残っていて、薄い部屋着しか持っていないリフィアにとっては凍えるような寒さだった。
かじかむ手に吐息を吹き掛けて温める。身を縮こまらせてリフィアは、庭木の陰からこっそりと会場を覗き見ていた。
ホールの中からは優雅な音楽が聞こえてくる。その音楽に合わせて、窓に映る影が動く。
(きっと今、中で皆はダンスを踊っているのね!)
静寂に包まれた別邸では聞けない美しい音楽にそっと耳を傾ける。それに合わせて楽しそうに揺れる影を見ているだけで、リフィアの口元は嬉しそうに弧を描いていた。
『よければこれを使ってください』
声をかけられ振り返ると、仮面をつけた男性が、リフィアの肩に自身の着ていたコートを脱いでかけてくれた。
上質な生地のコートは冷たい風を完全に防いでくれて、とても暖かい。
『今日は冷えます。そのコートは差し上げますので、早目に室内へお戻りくださいね』
顔の上半分を仮面で覆った男性はそう言って、足早に立ち去った。
『あの、ありがとうございます!』
リフィアの声に振り返った男性は、口元に微かに笑みを浮かべて軽く手を振ると、馬車に乗り込んだ。とても豪華な馬車で、かなり身分の高い方だったのが分かる。
誰かに優しくされたのは、それが初めてだった。
どうしても気持ちが落ち込んで辛い時や寂しい時、リフィアはそのコートに何度も助けられた。
悪いと思いながらも肩から羽織り目を閉じて、優しく声をかけてくれた男性の事を思い出す。そうすれば、不思議と不安や寂しさも和らいだ。
(いつかここを出られる時が来たら、あの男性にきちんとお礼がしたい)
もしかしたらその願いが叶うかもしれないと、意気揚々と荷造りをした。
翌日、リフィアは迎えに来てくれた馬車に乗り込んで、クロノス公爵家に向かった。
振り返っても、誰も見送りをしてくれる者は居ない。
(最後にお母様に挨拶をしたかったけど、会ってはくださらなかったわね……)
あの日以来、母がリフィアの前に姿を現すことはなかった。
◇
約二週間かけて、王都の東側にあるクロノス領の立派なお屋敷に着いた。
執事服を身に纏い、暗緑色の髪を後ろで一つに結んだ眼鏡の男性が出迎えてくれた。
「リフィア様、ようこそお越しくださいました。クロノス公爵邸で執事長を任されておりますジョセフと申します」
ジョセフは流れるような所作で胸に手を当て腰を曲げた。
「初めまして、リフィア・エヴァンと申します。どうぞよろしくお願いいたします」
「長旅でお疲れでしょう。どうぞ中へご案内致します。お荷物は、先にお部屋へ運んでおきますのでお任せください」
「はい、ありがとうございます」
美しい薔薇が咲き誇る庭園を眺めながら、邸の中へ入る。豪華なエントランスを抜けて長い廊下を歩く。
(とても大きなお屋敷ね。エヴァン伯爵邸の二倍はありそうだわ)
立派な扉の前で立ち止まったジョセフは、ノックをして中へ入る。
「イレーネ様、リフィア様をお連れしました」
ジョセフに案内されて、応接間に入ると美しい金髪を結い上げた綺麗な女性が迎えてくれた。
「長旅で疲れたでしょう? ようこそ来てくれたわね! 私はイレーネ・クロノス。貴方の夫となるオルフェンの母よ。これからよろしくお願いするわ」
(お義母様!? てっきり、公爵様のお姉様かと思ったわ……)
「初めまして、イレーネ様。リフィア・エヴァンと申します。こちらこそ、よろしくお願いします。あの申し訳ありません。このような格好で……」
自分の持つ洋服の中でも比較的マシなものを選んで着てきたものの、破れたら何度も自分で繕ったボロ着は貴族らしからぬ装いなのは変わらない。
「気にしなくていいのよ。ジョセフ、リフィアさんをお部屋へ案内してちょうだい。着替えはたくさん用意しているから、遠慮なく使ってね」
イレーネはリフィアの緊張を解くよう優しく微笑んで言った。悪意や嫌悪のない柔らかな視線を向けられたのは、いつ以来だろう。
その優しさが心に染みて、リフィアは不覚にも泣きそうになるのを何とか堪えてお礼を言った。
「お心遣い感謝致します」
ジョセフに案内された部屋は、一人で使うにはあまりにも広くて驚くべき豪華さだった。
専属の侍女まで付けてもらい、湯浴みをして着替えさせてくれた。
持ってきた荷物は数日分の着替えとコートのみで、クローゼットの奥底に持ってきた着替えを閉まって荷解きもすぐに終わった。
「ミア、このコートに見覚えはありませんか?」
専属侍女の一人ミアに尋ねた。
「これは……昔旦那様がお召しになっていたものと似ていますね」
コートの背中部分のタグを見てミアは確信したようだ。
「やはりそうです! この記章はクロノス公爵家のものなんです」
「実は約二年前、とある舞踏会で薄着をしている私にかけてくださった方が居て、ずっとお礼がしたかったんです。あの方はやはり、クロノス公爵様だったのですね」
「旦那様が、そのようなことを!?」
食い入るように前のめり気味に、ミアは尋ねた。その瞳は何故かキラキラと輝いているように見える。
「はい。名乗らずにすぐ立ち去ってしまわれたので、もう一度会えたらきちんとお礼がしたいと思っていて」
「公爵様の事はイレーネ様がご説明なさると思うので、一度ご案内してもよろしいでしょうか?」
「分かりました、お願いします」
ミアに案内されて、再びイレーネの元へ向かった。
「リフィア様をお連れしました」
「よく似合っているわ。サイズも問題なさそうで良かった!」
イレーネはリフィアを見て、嬉しそうに顔を綻ばせた。
「はい、ありがとうございます」
「さぁさぁ、座ってちょうだい。ミア、お茶を淹れてもらえるかしら? 美味しいスイーツも一緒にお願いね」
「かしこまりました」
円卓のテーブルに、イレーネと向き合って座った。
テーブルには豪華なケーキスタンドが置かれ、初めて見るスイーツが所狭しと並べられている。美味しい紅茶まで頂き、体がぽかぽかと温まった。
「リフィアさん。オルフェンの元に嫁いできてくれて、本当に感謝するわ。呪いのせいで息子には誰も近付きたがらないから、貴方が来てくれて本当に嬉しいの」
「公爵様はどのような呪いにかかられているのでしょうか?」
「約十年前。息子が十五歳の時に王太子殿下を庇って、代わりにバジリスクの呪いを受けてしまったの。皮膚が少しずつ硬い鱗のようになって動かなくなり、それが全身に回っていずれ死に至る呪いなのよ」
悲しそうに微笑むイレーネの姿を見て、リフィアは胸が痛んだ。
「イレーネ様、公爵様は今どちらに?」
「最近体調を崩す事が増えてしまって、昨日から自室で休んでいるわ。後で一緒にお見舞いに行ってくれるかしら?」
「勿論です! 私、公爵様にずっとお礼がしたいと思っていて」
リフィアは、舞踏会でコートをお借りしたことをイレーネに話した。
「そんな事が……息子が外で女性に声をかけるなんて、初めてだわ!」
「イレーネ様、よかったら公爵様の元へ、今からでも連れていってもらえませんか? お辛い思いをされているのならせめて、傍で看病をさせて欲しいのです」
「まぁ! そんな事を言ってくれるのは、貴方が初めてよ。ありがとうリフィアさん」
イレーネに案内されて、リフィアはオルフェンの元へ向かった。ノックをするも、返事がない。
音を立てないよう部屋へ入ると、仮面を付けたまま眠るオルフェンの姿があった。
顔の右半分まで皮膚の鱗化が進行しており、仮面では隠しきれていなかった。右手も硬い鱗でぎっしりと覆われている。
「硬鱗化がこんなに進行しているなんて……!」
その様子を見て、イレーネは悲痛な声を上げる。ショックのあまり傾いた体を、咄嗟にリフィアが支えた。
「イレーネ様、後は私にお任せください」
「ありがとう、リフィアさん」
ジョセフにイレーネを預け、代わりに運んでくれた看病セットを受け取り、ベッド脇のテーブルに置いた。
オルフェンは荒い息を繰り返し、汗ばんだ黒い髪が皮膚に張り付いている。前髪をかき分けそっと鱗化した額に手を当てると、驚くほど熱かった。
(酷い熱だわ……)
タオルを桶の水に浸し硬く絞って、顔や首元の汗を拭う。襟元まできっちり閉められたボタンを緩めて風通しをよくしてあげたら、オルフェンの荒い呼吸は少し落ち着いたように見える。
(仮面が邪魔ね。でも寝る時までお付けになっているという事は、人に見られたくないという事よね)
許可なく触れるのは憚られ、なるべく仮面に被らないよう額に水に濡らしたタオルを乗せたら、オルフェンの閉じられていた瞳がパチッと開いた。
(綺麗な紫色の瞳……)
仮面の奥で、オルフェンのアメジストを思わせる美しい瞳が動揺しているのが分かった。
「は、初めまして、公爵様! リフィア・エヴァンと申します。あの、おかげんはいかがでしょうか?」
「君が、看病してくれていたのか……?」
「はい、そうです! 決して怪しい者ではありませんのでご安心ください! イレーネ様に案内してもらって来ました!」
リフィアは、自分が不審人物ではないと訴えるのに必死だった。
「母上が……そうか、君が新たな妻なのか?」
新たな妻という言葉に引っ掛かりを覚えながらも、リフィアは答えた。
「はい、そうです。クロノス公爵様の元へ嫁いできました」
「そうか、それは災難であったな。手切れ金を払うから、出ていくといい。母上には僕から言っておく」
「え…………」
「どんな事情があったかは知らないが、こんな化物の子を産むのは君だって本意ではないだろう?」
オルフェンはベッドから起き上がろうとしているが、首筋から右手にかけて硬鱗化が進んでしまった身体が言うことをきかないのか、顔を苦痛に歪めている。
「大丈夫ですか?!」
慌てて支えようとしたリフィアの手を「僕に触れるな!」と、オルフェンは思い切り振り払った。その拍子に、リフィアはバランスを崩して床に倒れこんでしまった。
「すまない……僕に触れると、君にうつるかもしれないから……」
オルフェンは、左手を額に当てながら歯がゆそうに唇をきつく噛んだ。
(私の事を心配してくださっているのね。やはり公爵様は、とても優しい方だわ)
「触るだけでうつるなら、とっくにうつってます。でも私は何ともありません。だからどうか、傍において頂けませんか? 私は貴方にお礼がしたいんです」
「……お礼?」
「昔、エヴァン伯爵家の舞踏会で、寒さに震える私に公爵様はコートをかけて下さいましたよね?」
オルフェンは、仮面の奥で一瞬大きく目を見開いた後、答えた。
「……確かに、そんな事もあったかもしれない」
「私、誰かにああして優しくしてもらえたの、初めてだったんです。だからとても嬉しくて、もしまたあの方にお会いする事が出来たら、お礼をしたいとずっと思っていました。だからせめて、公爵様の具合がよくなるまででも構いません。私をお傍に置いて頂けないでしょうか?」
「君は僕が怖くないのか? こんな醜い姿をして、気持ち悪いのに……」
「私は貴方の優しさを知っています。見た目なんて関係ありません」
綺麗な格好をした性格の悪い意地悪な人より、見た目が悪くても思いやりの心がある優しい人の方がいい。エヴァン伯爵家で虐げられて生きてきた中で、リフィアが学んだ事だった。
今まで生きてきた中で、冷えきった心を唯一温めてくれたのは、小汚ない自分にコートを掛けて気にかけてくれたオルフェンだけだった。
リフィアは、そっとオルフェンの硬い鱗で覆われた右手に自身の手を重ねて言った。
「ほら、何ともないでしょう?」
「君は…………っ」
優しく手を握り微笑みかけてくるリフィアを見て、オルフェンの仮面の下から、つーっと涙が滴り落ちる。
「ごめんなさい、急に触れたりして! 驚かせてしまって申し訳ありません!」
自分のはしたない行為でオルフェンを泣かせてしまったと、リフィアは慌てていた。
ベッド脇のテーブルから新しいタオルを取って、オルフェンの涙を拭おうとすると、タオルを奪われてしまった。
「だ、大丈夫だ! 自分で出来るから!」
タオルで顔を覆ったオルフェンの耳は真っ赤に染まっていた。
「公爵様、お腹空いていませんか?」
病気を治すにはしっかり食べないといけないって、本で読んだ知識を思い出しリフィアは問いかけた。
「あまり食欲はない」
(あまりってことは、少しなら食べれるって事だよね!)
「少しでも食べれるなら召し上がられてください。何か作ってもらえるよう頼んできますので!」
部屋を出て行こうとすると、オルフェンに呼び止められた。
「ま、待って……」
「はい、何でしょう?」
「傍に、居てくれるんじゃ……なかったのか?」
仮面の奥で、オルフェンの紫色の瞳が揺れているのが分かった。リフィアはオルフェンの不安を取り除くように明るく答える。
「頼んだらすぐに戻ってきます!」
「そ、そうか……」
「はい、少しだけお待ちくださいね!」
廊下に出ても誰も居ない。広い公爵邸は閑散としていて人の気配がまるでない。
「あの、どなたかいらっしゃいませんか!?」
呼び掛けながら廊下を歩いていると、運良く部屋から出てくるジョセフとばったり会った。
「ジョセフさん! 公爵様がお目覚めになられたので、何か消化に良い食べ物をお願いしたいのですが……」
「旦那様がお目覚めに! 分かりました、すぐに手配致します! それとリフィア様、私に敬称は必要ありません。どうかジョセフと呼び捨てください」
使用人に敬称をつけて呼ばない。それは小さい頃に習ったマナーではある。
しかし別邸に隔離され人との接触を極端に絶たれていたリフィアは、自分より一回り以上は年上の男性を呼び捨てにするのに抵抗があった。そのため敬称をつけて呼んでいたが、頼まれてしまってはそうせざるを得ない。
「分かりました、ジョセフ。あの、イレーネ様は大丈夫ですか?」
「はい、今は眠っておられますのでご安心ください」
その時、リフィアのお腹がきゅーっと鳴った。恥ずかしくてお腹を押さえたリフィアに、ジョセフは柔らかな笑みを浮かべて口を開く。
「リフィア様の分も一緒にお作りするよう手配しておきます。よかったら、旦那様と一緒に召し上がられてください」
「あ、ありがとう、ございます! それでは、公爵様の所へもどります!」
(まるで自分のご飯を催促しに行ったみたいになっちゃった。恥ずかしい!)
リフィアは足早にオルフェンの元へ戻った。
ノックをするけど反応がなく、ゆっくりドアを開けて中に入るとオルフェンは再び眠りについていた。
(さっきよりは苦しくなさそうね)
静かな寝息をたてるオルフェンの様子を見て、リフィアはほっと胸を撫で下ろす。
桶の水を新しいものに入れ替えて、オルフェンの額に硬く絞ったタオルを乗せる。温くなったら再び水に浸してそれを繰り返していたら、ジョセフが食事を運んできてくれた。
「旦那様、また眠られたのですね」
「はい。折角用意して頂いたのに申し訳ありません」
「いえいえ、よかったらリフィア様だけでもお召し上がりください」
ジョセフはテーブルに見たこともない美味しそうな食事を並べて紅茶を淹れてくれた。
「公爵様がお目覚めになったら、一緒に頂きます!」
「旦那様はいつお目覚めになるか分かりませんし、ご遠慮なさらずに……」
「はい、ありがとうございます」
「それでは、何かありましたらお申し付けください」
ジョセフが退室した後、リフィアは食事に手をつける事なくオルフェンに寄り添った。額のタオルが温くなったら取り替え、汗が滲んできたら拭いと甲斐甲斐しく傍で看病をした。
(どうか、公爵様の具合が良くなりますように……)
◇
ゆっくりと、髪を撫でられているような感覚がして目を覚ます。
「すまない、起こしてしまったか……」
リフィアの微睡む眼差しが、申し訳なさそうに放たれた声の主を捉える。その瞬間、一気に覚醒した。
「はっ! 私、眠ってしまっていたようで、申し訳ありません!」
外では鳥のさえずりが聞こえ、窓からは明るい光が差している。どうやら朝を迎えているようだ。
「ずっと傍に付いていてくれたんだな」
「はい! あの公爵様、お加減はいかがですか?」
「熱は引いたようだ。それにいつもより身体が軽く感じる。君が看病してくれたおかげだ。ありがとう」
「よかったです!」
「食事も取らずに看病してくれていたのか?」
「公爵様がお目覚めになったら、一緒に頂こうと思っていて、私も寝てしまったようです」
「お腹空いたであろう? すぐに新しい食事を用意させよう」
「いえ、私はこれで大丈夫です!」
「冷めて美味しくないであろう。そちらは処分して新しいものを……」
「いえいえ、こうすれば大丈夫です!」
(捨てるなんて勿体ないわ!)
リフィアは用意された食事に向かって祈りを捧げた。
「貴重なお恵みを、ありがとうございます」
冷めて固くなった料理は、まるで出来立てのように温かな湯気を放ち始めた。
「魔法で温めたのか?」
「いいえ、私には生まれつき魔力はありません。でも何故か昔から、こうして感謝をすると傷んだ食事もまるで出来立てのように美味しくなるんです」
(良い食材が使ってあるのね、とても美味しそうだわ!)
目の前の豪華な食事に目を輝かせるリフィアの傍らで、オルフェンは憤りを隠せなかった。
「君はずっとそうして、生きてきたのか……? 伯爵家に生まれながら、まともな食事すら出してもらえなかったのか!?」
「魔力を持たない私は貴族としての務めも果たせませんし、食事を与えてもらっていただけでも感謝しないといけません。家族のために、何も返すことが出来なかったのですから……」
ヴィスタリア王国の生活が貴族の持つ魔力で支えられているのは、本で読んで学んだ。
かつて氷の大地と呼ばれていたこの地は、遠い昔に大聖女が枯れてしまった世界樹に祈りを捧げて緑豊かな大地へと復活させた。
人々は二度と枯らさないよう世界樹を大切に守ってきたものの、世界樹にも寿命がある。それを何とか魔力で延命させているのが、今のヴィスタリア王国の現状だった。
だからこの国では、魔力が高いほど高い地位や名誉を授かる事が出来る。
「君が嫁いでくるにあたり、母上は多額の結納金を伯爵家に払っている。今までの恩はそれで十分返せたはずだ。君を虐げてきた者達に、それ以上の感謝は必要ないと僕は思う」
リフィアもそれは薄々分かっていた。それでも実際に言葉にして言われると、やはり心は痛んだ。家を出る時、誰にも見送りをしてもらえなかった。それは家族にとって、家の中の不用品を捨てるのと、同じ感覚だったのかもしれないと。
「たとえ体よく追い払われた身だとしても、ずっと憧れていた公爵様にお会いできて嬉しかったです。あの時は、本当にありがとうございました」
「リフィア、君さえよければ……妻として、これからも僕の傍に居てくれないか?」
「魔力を持たない私が傍に居たら、公爵様を不快にさせたりしませんか?」
リフィアは不安そうに青い瞳を揺らす。そんなリフィアを愛おしそうに、オルフェンは仮面の奥から見つめていた。
「この髪を見たら分かるとは思うのだけど、僕は生まれつき多大な魔力を持っている。だから心配しなくていい。足りないものは、補い合えば良いと思うんだ」
「補い合えるほど、私は公爵様のお役に立てるのでしょうか……」
ここでの生活は至れり尽くせりで、一方的に与えてもらってばかりだった。その恩に報いる程、今の自分に何が出来るのかリフィアは考えても答えが出なかった。
「好きなことをして、笑って僕の傍に居てくれると嬉しい。君の存在が、僕の心を温めてくれるから。少しだけ、昔話をしてもいいかい?」
「はい、かまいません」
「妻として、ここに女性が送られたのは君で三人目なんだ。一人目は、僕を見て恐怖に震えて泣いていた。二人目は、すごい剣幕で『化物、気持ち悪い、こっちに来るな』と怒っていた。手切れ金を渡すと、彼女達はすぐに出ていったよ。だからまさかこんな僕に、寄り添って看病をしてくれる女性が居るなんて思いもしなかった。君に不快な思いをして欲しくなくて、僕は君の手を振り払ってしまったんだ。あの時は本当にすまなかった」
「いえ、滅相もございません! あれは公爵様の優しさだったと、きちんと分かっておりますから」
「リフィア、君が僕の手を臆せず握ってくれて、あの時本当はとても嬉しかった。こんな身だから僕はいつまで生きられるかも分からない。君の幸せを願うなら、本当は縛り付けるべきじゃないのも分かってる……けれど残りの人生を、出来ることなら僕は君と共に歩んで生きたい。その……君の事が、好きになってしまったようなんだ」
仮面の奥から真っ直ぐに注がれる熱の籠ったオルフェンの眼差しに、リフィアの胸が大きく高鳴る。
人に好意を寄せられるのが初めてのリフィアにとって、それはとても甘美で蕩けるようなふわふわした気持ちだった。
(これが、幸せっていうのかしら……)
差し出されたオルフェンの硬鱗化した震える手を、リフィアは両手で優しく包み込んだ。
「とても嬉しいです! ありがとうございます、公爵様」
「オルフェンだ。その、名前で呼んでくれないだろうか?」
「はい、オルフェン様。貴方に出会えて、私は今とても幸せです。この幸せを少しでも長く貴方と共有したい。だから少しだけ、このまま祈らせてください」
「僕のために、ありがとう」
リフィアは心を込めて祈った。この出会いに感謝し、共に歩んでいきたいと強く願った。
「オルフェン様との出会いに、心から感謝致します」
繋がれた手に温かな光が宿り、奇跡が起きた。リフィアが異変を感じてオルフェンの手を離すと、硬鱗化していた手が綺麗に治っていた。
「手が、自由に動く!」
オルフェンは自身の曲がらなくなっていた手を握ったり開いたりして、その奇跡に感動していた。
「すごいよ、リフィア! 君はもしかすると、神聖力を持っているのかもしれない」
「神聖力、ですか?」
馴染みのない言葉にリフィアは首をかしげる。
「かつて聖女だけが持っていたと言われる奇跡の力だよ。枯れた大地を緑に変えたり、怪我や病気を治したり出来たと言われているんだ。魔力を持つ者は、神聖力を扱えない。君にはもしかすると、聖女としての素質があるのかもしれない」
「酷い怪我をしても、一晩休めば治っていました。それは神聖力のおかげだったのでしょうか?」
「虐待までされていたのか!?」
「い、いえ、私がお母様を怒らせてしまったせいです! 魔力を持ち合わせていない子を産んだことで、お母様は周囲から責められていたようで……それが爆発してしまった時に、少しだけ……」
「辛いことを思い出させてしまって、すまない」
しゅんと項垂れてしまったオルフェンに慌てて否定する。
「私、嬉しいんです! 手を治せたと言うことは、いつかは呪いを完全に解くことが出来るかもしれません。そうすれば少しでも長く、オルフェン様のお傍に居れますから」
今まで不遇だった人生があったからこそ気付けた力だと思うと、これまでの辛い人生も報われた気がした。
(大切な人の役に立てるかもしれない、これほど嬉しい事はないわ!)
「リフィア……どうして君はそんなに可愛いんだ」
オルフェンの左手が、愛でるようにリフィアの頭を撫でる。
「頭を撫でられるのって、意外とくすぐったいのですね」
「す、すまない!」
慌てて手を引っ込めようとしたオルフェンに、「どうかやめないで下さい」とリフィアは訴えた。
「この白い髪にそうして笑顔で触れてくださるのは、オルフェン様だけです。『頑張ったね』って頭を撫でてもらえる妹が、子供の頃はとても羨ましかったんです。だから魔法以外のお勉強を必死に頑張ったんですが、見向きもされませんでした。この年になって、諦めていた夢が叶うなんて思いもしませんでした」
昔の事を思い出し、悲しそうに笑うリフィアを見て、オルフェンは慰めるように優しく頭を撫でた。
最初は恥ずかしくてくすぐったいと感じたものの、それが次第に心地の良いものへと変わっていく。
気持ち良さそうに目を細めるリフィアを見て、オルフェンの口元は嬉しそうに綻んでいた。
「僕でよければ、これからいくらでも撫でるよ。だからリフィア、これからは遠慮無く君のやりたい事や、僕にして欲しい事を教えてね。これは約束だよ」
「はい、オルフェン様。ありがとうございます」
誰かに心配される事がこんなに嬉しい事だったんだと、リフィアは初めて知った。
呪われた仮面公爵との新婚生活は、こうして幸せいっぱいに包まれていた。
◇
その日から、クロノス公爵邸の雰囲気に変化が訪れる。閑散として静寂に包まれていた邸は、明るい声で賑やかになっていった。
どんな名医を呼び寄せても、大神殿で大司教に祈りを捧げてもらっても治らなかった呪いが、部分的ではあるが治った。その事実が、イレーネと使用人達の希望となったのだ。
食の細いオルフェンが美味しく食べられて栄養があるものをと、リフィアは料理長やイレーネ、主治医と共にメニュー開発を行い、オルフェンに食べさせた。
もっぱら、物理的に食べさせたのはリフィアであるが。
そうするうちに分かったのは、利き手の右腕の硬鱗化が進んだことで、オルフェンは慣れない左手で食事を取らなければならなかった。
今まで使ってなかった手ではスープを掬うことすら難しく、こぼしてばかり。とはいえ、いい年をした大人が食事を食べさせてもらうというのも恥ずかしい。
栄養のあるおかずには手を付けず、気軽に摘まんで食べれるパンだけを食すようになり、栄養のバランスが偏り体調を崩しやすくなっていったのではないかという事実が見えてきた。
オルフェンのプライドを傷付けずに、栄養のあるご飯をきちんと食べてもらえる方法をリフィアは考えて実行した。
「オルフェン様。はい、あーん」
最初はリフィアに食べさせてもらう事も恥ずかしくてオルフェンは抵抗していた。
「じ、自分でやるから……」
「仲の良いカップルはこうして食べさせてあげるのが普通なのです! ですからオルフェン様、遠慮しないでください」
「だ、だが……」
本で得た『ラブラブカップル』の知識を思い出し実行するリフィアに、オルフェンはたじたじだった。
しかしそこへ侍女のミアがとんでもない爆弾を投下してきた。
「リフィア様、いまの流行は口移しです!」
「口移し?」
聞きなれない単語に、リフィアは首をかしげる。
「よかったら私がおすすめの本をお貸ししますので、今度読まれて下さい!」
その日の晩、ミアに借りた恋愛小説の本を読んだリフィアは、知識をアップデートした。
◇
翌日の朝、リフィアはオルフェンの朝食を持って部屋を訪れた。
「おはようございます、オルフェン様」
「おはよう、リフィア」
「朝食をお持ちしました。今日は一緒に食べましょう!」
「一緒に?」
しかし、リフィアがベッド脇のテーブルに置いたのはどう見ても一人分の朝食だった。
「はい、一緒にです!」
数種の野菜を細かくすり潰した特製ポタージュをスプーンでひとさじすくう。
フーフーと息を吹き掛けて冷ました後、リフィアはいつもならそれを「あーん」とオルフェンに差し出す。
しかしそれをパクリと自身の口に含んだ。食器とスプーンをテーブルに戻したリフィアは、オルフェンの頭を抱えるように両手を伸ばす。
動かないようにオルフェンの頭を両手で包み込んで、昨日ミアに教えてもらった『口移し』を実行に移した。
「いかが、でしたでしょう?」
頬を赤く染めながら問いかけるリフィアを見て、オルフェンの顔も負けず劣らず真っ赤になっていた。
「あーんは古かったのです! 今の流行は、この『口移し』らしいのです!」
「すごく幸せ……なんだけど、その……胸の動悸が収まらないから、僕達はまだ『あーん』の方が良いかもしれない」
「オルフェン様、私も今すごくドキドキしてます!」
その日から、オルフェンはリフィアの『あーん』を素直に受け入れるようになった。
リフィアのそんな献身的な看病のおかげか、部屋に閉じ籠りがちだったオルフェンの体力は戻り始め、少しずつ体調の良い日が増えていった。
「オルフェン様、一緒にお散歩しましょう!」
手を繋いで仲良く庭園を散歩するオルフェンとリフィアの姿を、使用人達は微笑ましく見つめ、イレーネは感動で涙を流しながら二人の様子を見守っていた。
「見てください、オルフェン様。珍しい青い薔薇が咲いています! とても綺麗ですよ」
「リフィアの美しい瞳と同じ色の薔薇を、庭師に頼んで植えてもらったんだ。気に入ってもらえてよかった」
育てるのが難しく、昔は『不可能』という花言葉を持っていた青い薔薇。その希少価値は非常に高く、オルフェンの夢を叶えるべく庭師達が頑張ったまさに汗と涙の賜物だった。
「まぁ、そうだったのですね! ありがとうございます。隣にはオルフェン様の瞳と同じ綺麗な紫色の薔薇も咲いていて、とても素敵です!」
オルフェンは優しく目を細めて、愛おしそうにリフィアの頭を撫でた。
「いつまでも君と一緒に居たいっていう気持ちを込めて、隣に植えてもらったんだ。毎年、この時期にはきっと並んで咲くはずだよ。たとえこの身が朽ちてしまっても、リフィアが寂しくないように……」
「オルフェン様……そのお心遣いとても嬉しいです。でも私はオルフェン様ともっと一緒に過ごしたいです。だからずっと、私の傍に居てください」
リフィアはオルフェンの右腕にぎゅっとしがみつくように抱きついた。シャツ越しでも分かる、硬いオルフェンの右腕に頬を寄せる。
「ありがとう、リフィア。君が傍に居てくれて、僕はとても幸せだ」
「私だって、オルフェン様とこうして綺麗な庭園を散歩出来るようになって、とても幸せです! 今まで出来なかった事を、オルフェン様とこれからもっと一緒にやりたいです! 貴方の傍で掴めたこの幸せに、私はとても感謝しています。本当にありがとうございます」
(だから、この身が朽ちてしまってもなんて言わないで……)
リフィアの瞳からこぼれた涙が頬をつたってオルフェンの右腕に触れたその時、また奇跡が起こる。
目映い光りに包まれて、硬い鱗に覆われていたオルフェンの右腕が綺麗に元通りになった。
「オルフェン様、腕が!」
右肘を曲げたり肩を回したりして、オルフェンは右腕が自由に動くようになった事を実感した。
「ありがとう、リフィア。君のおかげだ。ずっとこうしたかったんだ」
オルフェンは、リフィアの体を両手できつく抱き締めた。
「大好きな君を、この手で抱き締めたかった……」
小刻みに震えるオルフェンの背中に、リフィアも手を回してぎゅっと抱き締め返す。幸せを噛み締め合うように、しばらく二人はそうして抱き合っていた。
春の暖かな風に揺られて、甘い薔薇の香りが舞い優しく包み込む。
『奇跡』と呼ばれる青い薔薇は、『気品』高き紫の薔薇に寄り添うようにして咲いていた。そしてこれからも、仲良く寄り添って咲き続ける事だろう。
最後までお読みくださりありがとうございました。
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それでは、長編版でまた皆様にお会いできる事を願って……!
2022.10.24 花宵