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四十七 絶縁

   四十六  絶縁


 寝たと思ったら、すぐに起こされた。アパートの自宅玄関のチャイムが鳴っている。扉を強くたたく音も聴こえる。鍛冶は起き上がり、扉のスコープをのぞいた。スコープの向こうにいたのは栗坂だった。

「一晩に何度もすみません。これ見てください」

 栗坂は『みずほ新聞』を手にしている。鍛冶が見せられたのは、中面の下段にある出版広告だ。写真週刊誌『焦点』が、その日発売号の広告をいつものように載せていた。


《美人記者を撃ち殺させた警察クラブキャップの罪と罰》


 雑誌の掲載内容が縦書きで派手に並ぶ中、ひときわ大きな白抜き文字で記されている。そのタイトルから判断する限り、『焦点』最新号に鍛冶を批判する記事と写真が載っているのは確実だ。「警察官と拳銃」企画で協力関係にあったはずの『焦点』の所業とは、鍛冶は思いたくなかった。

「『焦点』は。入手してないのか」

「コンビニをあちこち回ったんですけど、まだ入荷してません。東京都内ならもう売ってるはずなんだけどなあ」

「ほかの社の広告は見たか」

「いつものように、全国三紙。『ふそう』『日日』にも載ってます。内容はこれとまったく同じです。いつもなら先行して記事を載せる『焦点』のオンライン版では、今のところこの件には一切触れてません」

「部長とデスクには」

「まだ知らせてません。『焦点』を確認してからの方がいいかと思って」

「分かった。これから電話で起こすわけにはいかん。携帯にメールだ。この広告を撮って添付してくれ。おれが借りてる携帯電話じゃ、二人の私用(プライベート)アドレスが分からん」

 鍛冶の部屋の玄関口で栗坂は携帯電話のカメラ機能で紙面を接写し、轟とデスクにメール送信した。

「おれは会社と自宅の往復しか動けない。『焦点』を大至急入手してくれ。入手したらおれに連絡を、いや、公の面前じゃおまえはおれに連絡を取れんな。部長かデスクに知らせてくれ」

「分かりました。でも、『焦点』がどんな写真を載せてくるんでしょう。まさか剣城さんの形見を」

「この見出しの限りじゃ、ターゲットはおれだ」

「また『デーリー』の社説みたいなことに」

「とにかく現物の入手だ。おれはこれから会社に行く。広告には自分で気付いたことにする。おまえはおれの家には来ていない。それでいいな」

 鍛冶は身支度を整えながら、栗坂の車がタイヤをきしませ交差点を曲がる音を聴いた。


 出社するころには空が白んでいた。社屋隣のコンビニエンスストアを何度ものぞいたが、『焦点』は入荷していなかった。


 デスクの出社はいつもよりずっと早かった。編集局のフロアには、庶務のアルバイト女性さえまだ出勤していない。それでもデスクは、鍛冶を人目につかない四階に呼び出した。小会議室で、かばんから出した『焦点』をテーブルに放った。

「見開きで四ページ使ってある。おれも映ってる」

 おれも映ってるというデスクの言葉の意味が鍛冶には最初、分からなかった。ページをめくって分かった。最初の見開きに、隠し撮りした鍛冶の全身のショットがでかでかと載っている。隣にデスクが並んでいる。デスクの両目は横長く棒状に塗りつぶされているが、知っている者が見ればデスクと一目瞭然だ。二人で会社近くに昼食を取りに出掛ける途中を狙われたのだ。やはり鍛冶は張られていた。

 次の見開きには、早苗の米国留学中のものとみられる写真と、葬儀の様子をとらえたショットが載っている。

 早苗の写真が載るページから先に記事を鍛冶は斜め読みした。早苗の人権を踏みにじるような表現はない。むしろ、同情的な書きぶりだ。

 自分とデスクの全身写真が載っているページに戻って記事を読んだ。


《警察署の取調室でのロシアンルーレット疑惑に一石を投じたが、飛ばし記事の連続で取材現場を外された》


 信じられない。

『焦点』は鍛冶の取材を、『県民タイムス』の報道を応援してくれていたはずだ。だから、コルト社製拳銃の回転弾倉のからくりを鍛冶は『焦点』記者に情報提供した。『焦点』は証拠物件であるコルト銃の写真を入手し、『県民タイムス』報道の正当性を証明した。『焦点』とは相互補完の関係にあるものだと鍛冶は思っていた。大きな誤解だった。鍛冶は手のひらを返して攻撃対象にされた。

「おまえのところにはなにか言ってきてたのか」

 デスクが尋ねた。

「いいえ、受けてません。会社に連絡があったとしても、ぼくは知りません」

 鍛冶は答えたが、デスクには信用してもらえないのではないかと思った。

 早苗が死んだ日の夜、早苗が最期に撮った写真を紙面に載せられないと知って、鍛冶は『焦点』に写真を売り込もうとした。浅はかだった。新聞記者の誇りを捨てるのかと轟が鍛冶をいさめた。轟の言う通りだ。週刊誌など、『焦点』など信用してはならない。報道労連が報道機関と認めない『デーリー新聞』と同じか、それにも満たないごろつき集団なのだ。

「文面を読んだ限りじゃ、おまえに直当たりした形跡はないな。だが、二の矢三の矢が放たれることは覚悟しとけ。敵は『焦点』だけじゃないぞ。『デーリー』だけでもない。絶対に外部と接点を持つな。社内の人間も信用するな」

 おまえが持っておけと言ってデスクは『焦点』を鍛冶にくれた。かばんには何冊も入っているようだ。会社への報告用にまとめて買ったか、店に出ているのを買い占めたかのどちらかだ。鍛冶に一冊与えたのは、『焦点』を買いに外に出るのを防ぐためだろうと鍛冶は推量した。


 早苗が最期に撮った写真は、それからもどこのメディアにも載らない。


(「四十八 連載」に続く)

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