呪いのラジラジ人形
「これは呪いのラジラジ人形だ!」
部長が深刻そうな声で、そう叫んだ。
「の……、呪いのラジラジ人形?」
あまりに聞きなれない言葉に、僕はそう聞き返すしかなかった。
「そうだ。略してのろラジ人形だ」
「のろラジ人形……とは?」
あまり気が進まなかったか聞いてみることにした。
「テキトーに聞かせてもらえますか?」
「ウム……」
忍び込んだ夜の廃病院は薬臭かった。我々が入って来た扉の向かいの窓が割れており、カビだらけの黄色いカーテンが風に揺れている。
スチール机の上に、まるで我々を待ち構えていたかのように立っていたその人形は、美少女フィギュアだった。
30年ぐらい前のセンスのデザインで、ビキニの少女が手に剣を持ち、意味不明なポーズをとっている。
少女の表情は得意げに笑ったまま固まっており、ちょっと間抜けな天然ボケキャラにも見えた。
「30年前……流行ったんだよ」
部長が聞いたこともない昔話を始めた。
「これは『竜戦士美少女ビキニさん』のフィギュアなんだが、こいつにまつわる怪談がね、流行ったんだ」
僕は『聞いたこともないキャラだ』とツッコミを入れるのは自粛して、黙って続きを聞いた。
「30年ちょっと前にね、この人形をこよなく愛していた青年が死んだんだ。死因は不明。一人暮らしの部屋で、うつ伏せになって死んでいたそうだ。その時にね、この人形が、彼の背中に立っていたそうだ」
僕は『どうやって!?』とツッコミを入れるのを我慢したが、それぐらいは聞いてもよかったかもしれない。
月影がサッと窓に差した。見知らぬ少女が少し開いた窓から外に出て行ったような気がしたが、ここは四階だ。
「警察がやって来た時、この人形はラジオになっていたらしい。ガーガーピーピーと音を発し、警察の人達をうるさがらせたそうだよ」
僕は『怖がらせたん違うんかいっ』とツッコミを入れたかったが、部長がいかにもそれを待っている風だったので、やめた。
「そのラジオが受信したんだ。たった一言だけだったそうだ」
そう言って、部長が黙った。仕方なく僕は聞いた。
「なんて?」
「『アニョハセヨ』」
「ああ、よく入りますよね。韓国語の放送……」
「いや、それが……な」
「なんです?」
「ここからがホラーなんだ」
「どんな風に?」
そろそろ僕はイライラし始めていた。
「それは……」
部長は机の上の人形を、恐れるように見た。
「コイツに聞いてくれ」
「はあいっ!」
人形が突然、喋り出した。
「わたし、竜戦士美少女ビキニさん! よろしくねっ!」
ザーザーとノイズ混じりの、劣化したカセットテープみたいな籠もった音質だった。つまり喋るオモチャの音質だ。
これは喋る人形なのだろう。しかし部長は何もしていない。コイツは勝手に喋り出した。
部屋の隅で髪の長い女がじっとこちらを見ているのに気づいて、急いでそっちを見たが、そこにはなぜか壁に『おしっこするな』と貼紙がしてあるだけだった。
「わたし、呪われてるの」
人形が言った。自分で言うなやと僕がツッコもうとするより早く、そいつは続けた。
「だから今からあなた達二人を殺す! ヒー! ヒー! ヒー!」
「笑うなやっ!」
僕がツッコミ・チョップを食らわしてやると、人形が吹っ飛んだ。
壁に激突し、カッチャーン!と軽やかな破砕音を立てて、バラバラになった。
「なんてことを!」
部長が頭を抱えて怯える。
「さっき私が君に話した嘘話をちゃんと完成させてから世に流し、この子をこれから新しい都市伝説にしようと企んでたのに!」
「こんなの怖くないですよ、ちっとも」
僕は反論した。
「そんなのより……部長、言ってたじゃないですか! 僕と二人で天下を取ろうって! そんな少女人形が僕らの間に入り込む隙間はないですっ!」
「しかしなあ……」
部長は困り顔だ。
「ゲイの幽霊部長といったんもめんでどんな都市伝説が作れるって言うんだね?」
「ラジラジ人形とかよりはましでしょう」
僕は窓から入って来る風にひらひら飛ばされそうになるのをこらえながら、力説した。
「そうだ! この廃病院で夜な夜な幽霊部長の貴方といったんもめんの僕が愛し合っている音声をラジオの電波で発信しましょう! ラジコでも聴けるようにして!」
「そんなの誰得なのかなあ……」
そこへ扉が開き、ユーチューバーらしき男女の二人組が入って来た。
そいつらが僕らに聞く。
「あの〜、この部屋に呪いのラジラジ人形があると聞いて来たんですが……」
「ほらっ!」
部長が僕を叱りつけた。
「来たでしょ!? 人間が、新たな都市伝説を求めて! 壊しちゃって、もう!」
その時、バラバラに壊れたその人形が、言ったのだった。
「『アニョハセヨ〜』」