第121話 ―――恐れていた事態―――
当然ながら、シェミールの店員二人は一瞬でパンダ社長の虜となった。
フラフラと近寄って行き、抱きついたまま微動だにしない状態だ。
ここからじゃ見えないけど、人様にお見せ出来ない顔になってると推測される。
「ところでライガーさんは、社長を連れてどこに行ってたの?」
店員二人を『やれやれ・・・』って表情で見ていたライガーさんが振り向いた。
「パンダ馬車の訓練だ。いや、パンダが引いているのだから馬車ではないな。パンダ車と呼べばいいのか?」
「いやそれパンダ工房の社長ですよ!?」
「社長だからこそ、誰よりも働かねば皆に示しがつかないだろう!」
「たしかに!!」
なるほど、パンダ車かーーーーーーーーーーー!
めっちゃ遅そうだけど、アトラクション感覚で乗りたがる人はいっぱいいるかもしれないね。
すごい宣伝になるし良いアイデアだと思う。
流石はライガーさんだ!
「そのための専用馬車も作ったんだぞ?いや馬車じゃねえな。む、そういやずっと馬車って呼んでいたから、後ろの部分の名称がわからん!荷台・・・じゃねえよな。客が乗るのだから客車か?」
そういやあの部分って何て言うんだろ?
今まで気にしたことなかったから、正直さっぱりわからん。
「客車で良いんじゃない?でもパンダちゃんって足が遅いから、遠くまで移動したりは出来ないよね?」
「そうだな。大体の制限時間を決めて、中央区を往復する感じで考えている」
「なにそれ!絶対乗りたいんだけど!!」
「いや、従業員を乗せていたら宣伝効果が薄いだろ!パンダ車に乗った人との世間話でウチの馬車の素晴らしさを話して、興味を抱かせる作戦なんだよ」
「あ、そういうことだったのね!じゃあパンダの訓練の時に乗ってもいい?」
「それなら構わんぞ。どちらにしても人が沢山乗っている重い状態で、ちゃんと車を引けるのか試す必要があったからな」
「あーーーっ!それなら私も乗りたいです!!」
「わたしもーーー!」
「私も乗りたーーーい!」
ラン姉ちゃん達がこうまで乗りたがるということは、パンダ車が街中を走っていたら誰もが乗りたがるんじゃない?この作戦は絶対上手く行くよ!
結局ここにいる全員がパンダ車の試乗をすることになり、そのまま外に出てパンダアトラクションを楽しんだのでした。
・・・この後、街がとんでもないことになるとも知らずに。
************************************************************
それから時は過ぎ、約3週間後。
冒険者であるレオナねえの口から、恐れていた事態になったと伝えられた。
―――――魔物によるスタンピードの発生である。
街の周辺に増え始めた魔物は冒険者達が地道に処理していたのだけど、北方面から魔物の大群が接近中で、何もしなければ2日後にはこの街が飲み込まれるらしい。
「もうこうなったからには、冒険者総動員で街を守り切るしかねえ!魔物の大群は北から押し寄せて来ているから、オルガレイダス伯爵の兵達の大半は北門の守りを固めるハズだ。北区は貴族街だからほぼ確実だろう」
「私達は西門の守りでいいのよね?」
「家が西区にあるのに東門になんて行きたくないよ!」
「とりあえずは西門の守りで問題無いと思う。だが東門や南門がヤバくなったら、そっちの応援に行かざるを得ない事態になる可能性はあるぞ!」
「そうなった時はしょうがないわ」
「でもその時、西門も危なかったら私は行かないからね!!」
「わかってるって!アタシだって最優先で守るのはこの家がある西区だ!」
目の前で会話をしているのは、レオナねえ・アイリスお姉ちゃん・ナナお姉ちゃんの三人なんだけど、仲の良い三人が言い争いになるほど緊迫した状態なのか・・・。
ちなみに『オルガレイダス伯爵』ってのはこの街を治めている貴族のことで、街の名前は『オルガライド』といい、伯爵の名前に近い感じなのだ。
あれ?そういや街の名前を出したのって初めてじゃない!?
・・・まあいいや。
スラム以外の治安はかなり良いと思うから、結構優れた貴族なんじゃないかな?
だったらスラムも何とかしろや!って思うけどさ。
とにかく嫌な知らせを受けたお母さんは無言のままだ。
まだお昼過ぎだから、クリスお姉ちゃんとティアナ姉ちゃんは帰って来てません。
「ん~~~、南門は此処と同じく南区の住民達が率先して守るだろうけど、東門って大丈夫なのかな?東区ってほとんどスラムの住人ばかりじゃない」
「私もそう思う。一番心配なのは東門だよ!」
「まあな~。魔物に抜かれる可能性があるとしたら東門か・・・」
そうなのか・・・。
スラムにはヤバイ組織がいくつかあるから、彼らが動くと思うんだけどな~。
悪そうなお兄さんとかってかなりの実力者だと思うんだけど、冒険者達にはクズの集まりって感じで見下されてるのかもしれんな。
「レオナねえに質問!伯爵の兵士さん達って強いの?」
真剣に話し合っていた三人がショタを見た。
「一人一人の力は冒険者より弱いけど、城に詰めている兵士が2000人近くいるハズだ。領地全体ならば3000人だっけかな?しかし召集をかけても2日じゃ間に合わないだろうから、2000人で街を守る感じになると思うぜ?」
この街って結構凄いんだね!でも伯爵で総勢3000の兵ってのは多いのかな?
世界の総人口がまずわからんのよね。
でもとりあえず2000の兵士が守るのならば北門は何とかなるか。しかし魔物が相手ならば冒険者の方が強そうな気もするし、異世界はさっぱりわからんっスわ。
「クーヤは母さん達と一緒に家を守っていてくれ!その間にアタシらが魔物を全滅させてくるからな!」
「あい!」
なるほど。たしかにクーヤちゃんは返事だけは良いですね!!
・・・さてと、こっちもボチボチ動くとしましょうかね。
魔物のスタンピードだろうが何だろうが、絶対に誰も死なせやしないよ!